序 歯車は逆回転する
彼女達の生まれた村は、とても貧しかった。
そして、何より彼女達にとって不幸だったのは、村の風習で“双子”の子供は不幸の象徴とされていた事だった。
神話の中で、闇を司る神の使徒が双子の子供だった事がその風習の生まれた原因とされているが、真実は定かではない。
そんな事情から、母親が彼女達を村から離れた廃村に捨てたのは必然であった。
当時、捨てられた彼女達は5歳。
ようやく喋り、歩き回る事も出来るようになった幼子。
それでも、姉である白は、泣きじゃくる妹の黒と共に外に歩き出した。
子供ながらも、本能でここに留まって居ても死を待つだけだと理解したからだ。
しかし―――世界は非情と理不尽で出来ている。
歩き出してものの数分で、彼女達は魔物と出会った。出会ってしまった。
天術を使う者であれば―――或いは武器の心得のある者ならば、1人でも問題無く倒す事の出来る最低辺の魔物だった。
だが、彼女達はただの子供。
魔物を前にすれば怯える事しか出来ない無力で、無能な存在。
助かる方法は無い。
逃げたとしても、子供の足で魔物を振り切れる筈も無い。
どちらかが犠牲になったとしても、魔物は決してもう1人も逃がしてくれないだろう。
死を悟った。
子供でも分かる。
魔物が襲いかかる―――だが、神などと言う者が存在するのなら、それは彼女達を見捨てはしなかった。
彼女達の後方から炎が走り、飛びかかろうとしていた魔物の体を焼いた。
天術―――それも、炎が双子を傷付けないように、避けるように放たれた高等術式。
「大丈夫でしたか?」
大柄な男だった。
恰幅が良く、商人と言われれば納得するような姿。
しかし、その男が纏って居たのは金の刺繍の入った純白のローブ。“七色教”の中でも数人しか纏う事を許されない権威を示すローブ。
それが、双子と教父カヴェルとの出会いであった。
双子が捨て子と知ると、カヴェルは2人を自分の滞在していた教会へと連れ帰った。
生まれて5年、御世辞にもまともな生活を送る事を許されなかった双子は恐縮するが、それをカヴェルは優しく笑う。
「七色教は助けを求める者の為の家です。貴女達を追い出す様な酷い人は居ません。ですから、もう大丈夫ですよ」
子供の目線に合わせて膝を折り、男は言い聞かせるように言った。
それからの生活は穏やかな物だった。
魔王の支配と言う大きな鎖があるとは言え、東の大陸最大宗派である七色教には魔王達も、それに容易に手を出す事は出来ず、教会の人間達は外の人間に比べれば格段にのびのびしていた。
そんな教会に匿われるように庇護を受けて居た双子が、父代わりのカヴェルと同様に神に仕えるようになったのは、当たり前の出来事だったのかもしれない。
双子にとっては、カヴェルと同じように教会の中で過ごす日々は宝物のようにキラキラしていた。
ある日はこうだ。
外は散歩するには丁度良い陽気。だが、双子にはまだまだ一杯やる事がある。掃除に畑の手入れ、他のシスターや神父達と同じように過ごさなければならない。
子供ではあるが、普通の子供のように振る舞う事は許されない。
そんな双子を見つけて、カヴェルは言うのだ。
「御出掛したいのですか?」
「でも」「私達は……」
「そうですね、こんな日はお昼のパンでも持って、近くの湖まで散歩しましょうか」
「教父」「怠けるのは」「神様が見ています」
「いいえ、神はこう言っています『こんな絶対神たる太陽が恵みをくれる日に、教会に閉じ籠るなんて許されない』とね」
そう言って、悪戯っ子のように笑う。
2人は喜んだ。
喜ぶ双子を見て、カヴェルも嬉しそうに笑う。
彼と彼女達は、親子だった。
血の繋がりは無くても、親であるカヴェルは子供達に愛情を注いでいて、双子はその愛情を感じてカヴェルと実の父よりも父であると思っていた。
教会の中で3人は良く笑っていた。
そんな親子の姿を見て、シスターや神父達も優しく見守って笑っていた。
いつまでも、そんな静かで、穏やかで、優しい日々が続くのだと思っていた。
しかし―――現実は非情と理不尽で出来ている。
双子が15歳になったある日、教会に収められていた神器を神事に出された時、双子は初めて双剣の神器【冷雹の双剣】に触れ、そして―――勇者になった。
彼女達は喜んだ。
これで、もっと“お父さん”の力になれるのだと……。
だが、それからカヴェルの様子が変わった。
いつも通りに笑っているのに、どこか人を嘲笑うような……怖い笑い方。
勇者の召喚を強行するようになり、色んな魔道具を集め始めた。
いつも、どこか怖い顔をした信徒を連れ歩くようなった。
双子とはまともに話す事が無くなった。
何処かに出かけては、“嫌な気配”の信徒を大量に連れて来る。
そして、優しい日々を紡いでいた歯車は、逆向きに回り出すのだった――――…。




