6-24 猫は勇者を面倒くさがる
買い物かご一杯の食材を入れて、店の買い出しだろうか? 肉と野菜が多い……今日の店の飯は期待できそう。
飯の話はともかく―――不安だったのか、もう1度聞き直された。
「あれ? 別の猫ちゃんだったかな?」と、あんまり不安な顔をしている物だから、返事くらいはしておこう。
「ミィ」
「あっ、やっぱり猫ちゃんだよね?」
俺だと確認出来たようで、ニコッとヒマワリのような笑顔を見せる。
そして、俺から視線がスライドして、俺を肩に乗せて居るバルトに向く。
「赤い瞳……半魔」
バルトが少しだけ警戒した目をする。
「半魔だから」と、迫害され続けて来た記憶は、そう簡単に消えない。
人への恐怖心を乗り越えたって言っても、一発で全部綺麗さっぱり……なんて、人間の心はそう単純じゃない。
長い時間をかけて刷り込まれた恐怖心は、長い時間をかけて溶かして行くしかない。
「もしかして、勇者様……!?」
ハッとして、ユーリさんの瞳に期待と憧れの入り混じる光が灯る。
顔を確かめるようにズイッと顔を近付ける。
その光に気圧されたのか、それともユーリさんの近さに照れたのか、どもりながらバルトが答えた。
「え……? は、はい、僕、勇者、です、槍の」
コイツ、今“槍の勇者”って名乗る時に若干照れたな。
まあ、初めてだし、そもそも勇者って肩書を名乗るのは照れるか。俺だってそんな肩書を名乗るの嫌過ぎるし。
「え……槍の……」
途端にユーリさんのテンションが凄い勢いで下降して行くのが分かった。
どんな下がりっぷりだよ……。
「は、はい、僕、師匠―――」
おっと。
「(お前の師匠は剣の勇者って事にしとけ、それと、俺の事はその剣の勇者から預かってるって言っとけ)」
「はい! えっと、僕、剣の勇者、様、の、弟子、です。それで、ししょ……猫、は、師匠、預かる、ました」
「勇者様の弟子! じゃあ、勇者様もこの町にお帰りになってるんですか!?」
「え? ええっと、はい」
おい、勝手に剣の勇者がいる事にすなや……はぁ……まあいっか、どうせアザリアに話を通すには剣の勇者が居た方が、色々面倒が無くて良いか。
と言う訳で―――裏通りの人目の無い所を【バードアイ】で適当に探し、オリハルコンの鎧一式と旭日の剣を腰に下げさせる。あ、ついでだから深淵のマントも付けとけ。
さーて、頑張って勇者ムーブさせんとね。
裏通りからぬっと現われる金色の鎧。
ダメだ、本当に完全に不審者だアレ……。旭日の剣って免罪符がなかったら、即行で衛兵にしょっ引かれる奴だ。
俺が不審者(俺)を見ながら、若干泣きそうな気分になっていると、ユーリさんが目ざとく不審者を見つける。
「……勇者様……!」
買い物かごを落とし、涙を流しながら嗚咽を抑えるように両手で口を覆う。
え? 何? なんでそんな感じなん? 10年ぶりの再会みたいな感じされても困るんですけど……。
そして、通りに現れた不審者を見て、住人の皆様も同じような反応してるのはどう言う事なの? 流石に不審者として通報はされないよね? この町で悪い事してないもん。むしろこの町では、ちゃんと“良い人”してた筈だもん! ……多分……きっと……。
俺が不安に悩んでいると、ユーリさんが涙を拭う間もなく駆け出し、黄金の鎧に縋りつくように抱きついた。
……ああ、羨ましや。どうして【仮想体】が受けた感触は俺にフィードバックされないんだろうか? あ、それやったら、ダメージ受けた時に俺が痛いからか。
唖然としているバルトと、若干悔し涙を流しそうな俺を置いてけぼりにしてユーリさんは、泣き声のまま金ぴかの勇者(中身空っぽ)に話す。
「勇者様! どうして……どうして、何も言わずに行ってしまったのですか! 町の皆も、私も、ずっと心配していましたのに!」
「なんで」と言われましても……。
夜逃げの如く急いで出て行ったから、挨拶する暇が無かっただけですが……。それを正直に言うとアレやん? 人間関係絶対にひびが入りますやん?
俺が、何か良い感じの言い訳を考えて居ると。
「いえ……ごめんなさい。私も、皆も本当は分かっています。勇者様の御力を必要とするのは、この町だけじゃない。勇者様の御力は、世界を救う為にこそ使われるべき物ですから、既に救われたこの町に……この国に留まる事は、勇者様の心が御許しにならない事は」
鎧から離れながら、涙を拭いながらユーリさんがまっすぐに兜の奥の瞳(そんな物無いけど)を見つめながら言う。
世界を救う? 誰が? 俺じゃないよね? 俺は好き勝手やってるだけですし。
そもそも町を出たのは、アビスの力にビビって「早く強くならなきゃ!」と急いでいたからだし。
いえ、別に、決して通りを歩いている人達が、尊敬と憧れの目で鎧を見ているからビビっている訳ではないが……。
ついでに、家の弟子がキラッキラした目で猫を見て来るのは気にしないでおく。
「あ、それと、勇者様は七色教に捕まってると聞きましたが、ご無事で何よりです。あっ、いえ、別に勇者様の御力を疑っていた訳ではないですけど!」
慌てて手をブンブン振って否定するユーリさんの頭を軽く撫でて落ち着かせる。
「あ……ゆ、勇者様……」
あら、顔が真っ赤だわ。
ユーリさんって赤面症でしたっけ? 流石に空っぽの鎧の事が……なんて展開は無いよね? だって、どう考えても悲劇な未来しか見えねえし。
ま、それはともかく……。
「(バルト、落とした食材拾ってやんなよ)」
「は、はい! 師匠」
いそいそと買い物かごから逃げ出していた食材を拾い、軽く土を拭ってから買い物かごに戻して行く弟子。
そして、ユーリさんを連れてそこに合流して、一緒に食材を拾う黄金の鎧。
「あっ、勇者様、私が拾いますから……!」
そのセリフは俺じゃなくてバルトに言ってやって……。まあ、「勇者様」って言葉にバルトが含まれてるかもしれないけど……。
あ、実際、勇者様呼びされてバルトが喜んでるし……。
買い物かごを元通りにして、バルトがユーリさんに手渡す。
「ありがとうございます、えっと……」
「(名前)」
「僕、バルト、言います」
「あ、はい、ありがとうございますバルト様」
ニコッと笑いかけられて、バルトが少し戸惑う様な、嬉しい様な、ちょっと複雑な顔をする。
「あの、僕、半魔、です。怖く、ない、ですか?」
おお……自分で訊いちゃいます? 訊いたら怖がられるかもしれないのに、そこ自分で訊いちゃいます?
まあ、これも人間恐怖症が少しは克服されたって事なんだろう、うん。
そんな微妙な顔で訊くバルトに対して、ユーリさんは笑って答えた。
「この町では半魔の方でも関係ありませんよ」
チラッと黄金の鎧を見る。
ああ、そっか。
この町の人間達には、俺―――と言うか剣の勇者が天術と魔法の両方を使うところを見せている。そんな事が出来るのは半魔ぐらいしか居ない訳で。必然的に、剣の勇者=半魔って事になる訳です。
そして、この町の人間にとって剣の勇者は町を解放した救世主であり英雄だ。
だからこそ、この町では半魔を受け入れる下地が出来ているのだろう……多分。
「他の町は知りませんが、この町で半魔を差別する人はいませんよ? それが勇者様の1人だと言うのなら、尚の事です」
「そう、なんです、か?」
バルトが少しだけ目を潤ませる。
……コイツにとっては、ずっと求め続けた“半魔の自分”を受け入れてくれる場所だもんな。今回は野暮なツッコミは入れないでおこう。
それはそれとして―――、アザリアの居場所が知りたいんだが。
「ミャァ」
「どうしたの猫ちゃん? あっ、もしかしてアザリア様の所に行きたいの?」
凄い!?
俺の一鳴きでそこまで察するとか、この人の空気読むスキル凄い!!
「猫ちゃんはアザリア様大好きだもんね?」
………前言撤回。
「ミィ……」
「けど残念だね猫ちゃん。アザリア様は、今この町には居ないよ?」
「ミ、ミャ!?」
な、何ィ!?
嫌な予感はしてたけど、マジで居ないだとぉ!?
どうしよう? 帰って来るまでマッタリ待つか?
「ああ、そうでした!」
アザリアの話が出た事で何か思い出したのか、黄金の鎧に向き直る。そして若干顔が赤い。
この人金ぴかの鎧を見る度に顔赤くしてるけど、大丈夫かしら? 正直、あんまり大丈夫じゃない気がしてる俺です。
「アザリア様達、勇者様を助けに聖教会アヴァレリアに向かったんですけど、どこかでお会いになりませんでしたか?」
は?
何しに行ったのあの人等?
助け出すも何も、もうとっくに脱出してるっつーの。
「それに、七色教の動きが怪しいから、ついでに調べて来るって」
えー……。
俺が敢えて避けて通ってた“宗教家”とのいざこざを、何故に横から焚きつけに行くのか……。
なんか、俺に恨みでもあんのかチキショウ。
……いや、でも、これって逆にチャンスじゃない?
七色教に喧嘩を売るのはアザリア達であって、俺じゃないし。そこに便乗して、あの双子の勇者や教父爺にリベンジするのも悪くない。
いや、むしろ良いかもしれない。
特に教父爺には喧嘩を売りたい。
あの爺なら、【全は一、一は全】の練習にうってつけだろうし……それに個人的に気になっている事もある。
網走? 教会から逃げる時、アクティブセンサーを使って教会内の人間の特性を確認したが、その中に何人か“人間”以外の特性を付けていた。
あまりにも“教会”には似つかわしくない特性。
それは、
――― 【悪魔】だった。




