6-22 猫は槍の勇者を急かす
「師匠、剣の勇者、だった、です!!」
「(それは、もう良いっつうに……)」
俺の事情をそれとなくバルトに話した。
まあ、話したっても、俺が旭日の剣を奪って使ってて、魔王を3人ブチ転がしてるって事を色々ぼかしながら話しただけですけども。
ぶっちゃけ、最初のエンカウントで旭日の剣使ってたから、気付いてる物だと思ってたんだが―――「霧の中で良く見えなかった」と返された。
まあ……そうですよね? 精霊の加護があるって言っても、霧の中が見通せる訳じゃないですよね、はい……
で、俺が剣の勇者で、魔王を3人討取っていると知るや、今までキラキラしていた尊敬の目が、5割増しになって輝いて俺を見て来る。
そら、もう、自分の師匠は「正義の使者なんだ!」と言わんばかりの目だ。
小学生が憧れの芸能人にあったら、こんな目と顔すんのかなぁ……とかボンヤリ考える。
そして、そんな視線を向けられても……困るんだが……。
俺、別に本物の勇者じゃねえし、どっちかと言えば悪側だし……。
「(そいでバルト、お前本当に森を出て良いのか?)」
「はい! 僕、師匠、一緒、行きます!」
言うと、持っていた灯の槍を見つめて神妙な顔をする。
「僕、弱い。師匠、みたい、に、強い、ならない、と、一杯、人、護れない。勇者、だから、強い、必要、です!」
決意に満ちた目で肩の俺を見て来る。
色々ふっ切った“男”の目。そして、それ以上に世界と、人々を救おうとする覚悟を持った“勇者”の目。
「(分かった。そんじゃあ、一緒に行くか)」
「はい!」
まあ、「一緒に行くか」とか恰好良く言ったけど、どうせ魔王倒しに行く時には単独行動でシバきに行くんですけどね。
今の勇者様達は、どうにも頼りないし。連れて行ったらどう考えたって危ない。
俺は何となく“嫌な感じ”で一般人と勇者を見分ける事が出来るが、俺が出来るって事は他の魔王にも出来るって事だ。
魔王の領地で勇者が見つかれば、魔族連中が排除に動き出すのは必然。
騒ぎになったら魔王に近付くのも難しくなるし、俺としてはそう言う面倒は避けたい。……まあ、そうなったらなったで、力技で突破するんだが。
ともかく、無用な危険に勇者達を巻き込むつもりは無いって事です。
そんな事を考えていると、丁度良いタイミングでバルト宅―――ボロ小屋に辿り着く。
「(外に出たら、ここに戻って来るのも難しくなる。持って行ける物は持っとけ)」
「はい」
返事を聞くと、小屋の前でバルトの肩からヒョイッと降りて、お座りして礼儀正しく待つ姿勢。
「少し、待つ、下さい」
小走りで小屋の中に入って行くバルトを「別に急がなくて良いぞ」と見送り、霧に包まれた土の上でノンビリする。
俺がボーっとしていると、精霊達が寄って来て、俺の髭に触れたり背中に乗ってきたり……。
多分「遊んで遊んで」と言っている……と思う。バルトじゃねえから精霊達の言葉なんて俺には分からんしな……。
あ、そう言えば、精霊達ってどうするんだろう?
聞いた話じゃ、バルトは何やら“精霊魔法”なる新技を身に着けたらしい。
精霊の力を借りて撃ち出す魔法――――らしいのだが、詳細は分からない。だって、その精霊魔法を試しに【仮想体】に撃って貰ったが、収集出来なかったし……。
『収集カテゴリーが収集箱内に存在しない為、“精霊魔法”は収集する事が出来ません』
って事らしい。
つまり精霊“魔法”って名前ではあるが、魔法とは別物って訳だ。
まあ、収集出来たところで、精霊が無条件に懐くバルト以外じゃ使えないんだけど。
その話抜きにしても、精霊の力はバルトには無くてはならない物だ。
今や私生活から戦闘に至るまで精霊の力を借りてるらしいからな。
一応、訊いておくか。
「(バルトー、精霊達ってどうすんだー? 連れてくのかー? それとも置いて行くんかー?)」
俺が精霊達に「ええい、邪魔じゃい」と体を振って散らしながら訊くと、小屋からヒョコッとバルトが顔を出して答えた。
「連れる、行きます。でも、全員、無理、だから、少しだけ、です」
「(分かったー)」
散らした精霊がフワフワと飛んで来て、また俺にちょっかいを出し始める。って言うか、数増えてる……。
どうにもバルトを助けてから、俺も微妙に「友達認定」されたらしく、精霊が微妙に仲良しになってる気がする……。
まあ、ともかく―――精霊全部連れていければ良いんだろうけど……この霧の中ならそこまで気にならないが、外だとどう考えても目立つからな……。
大量の光る粒を連れて歩くバルトを想像して「無いな」と思った。
いや、待てよ?
って事は、この森にも精霊が結構な数残るって事じゃないか?
「(なーバルトー。この“迷いの霧”って、精霊達に頼んでおけば、これからも維持して貰えんの?)」
「はい、精霊、大丈夫、言ってます」
「(じゃあ、頼んでくれねえ?)」
「分かる、ました!」
元気よく返事をして、小屋の中に引っ込む。
本当にアイツは子供みたいに無邪気で無垢な野郎だな……。
俺の頭を過ぎったのは―――魔神の事だ。
バルトや村人が居なくなって霧が薄くなれば、当然この森への出入りは楽になる。って事は、何かの偶然で魔神を見つける奴が現れる可能性があるって事だ。
それは、まずい。
その見つけた馬鹿が要らん事して、何かの拍子に封印が解けでもしたら、それこそ笑えない事態になるのが目に見えている。
黒水晶の封印の中で眠る、あの姿を思い出す。
俺と同じ見た目。
何も知らない者が見れば、ただの小さな、小さな子猫。
だが、眠っていて、封印で身動き出来ないにも関わらず、あの圧倒的な力、圧力、気配。それらを思い出すだけで寒気にも似た震えが来る。
アレは―――奴は、絶対に目覚めさせてはダメだ。
確信して言える。
魔神が目を覚ませば、この世界の姿は一変する。
そう思わせるだけの力を、存在感を、奴は持っている。
そんな相手だからこそ、危険回避の策は打てるだけ打っておくに限る。
暫くバルトを待って精霊と戯れつつ、鬱陶しいくらいに集まって来る精霊に「ウミャァ」と威嚇していると、ふと―――妙な気配を感じた。
――― なんだ?
無意識に、ピリッとした緊張感が体を強張らせる。
直感する。気配と共に、微妙に感覚を刺激して来る“誰かの視線”。
誰だ?
精霊達に怯えてる様子は無い。
怖い相手ではない……いや、精霊達が感じてないだけか?
気配と視線は何となく感じるのに、どこに相手が居るのかが掴めない。
【全は一、一は全】を使うか? アクティブセンサーなら相手の居場所が掴めるかも……いや、でも、もし相手が敵じゃなかったら、無意味に刺激する事になるよな?
俺が対処に困っていると、フッと気配が消える。
居なくなった……?
いや、まだ居るな。
本当に微妙にだけど、微かな“何かが居る感じ”が残っている。
俺が相手に気付いた事に、相手が気付いて気配を隠蔽したんだろう。
……ダメだ、これ以上気配を探れない……。
少なくても、並みの相手じゃないのは確定。
狙いは誰だ? 普通に考えれば半魔で神器を持ってる槍の勇者のバルト……だけど、さっきの視線……もしかして、俺が見られてた……?
なんだろう? 上手く言えないが、
――― 嫌な予感がする。
すぐにでも此処を離れたい衝動に駆られる。
まさか、眠っていた魔神が起き出した……なんて展開は流石に無いだろうが、ここは奴が眠る森だ。“何か”が起こる可能性は十分に有り得る。
「(バルトー、急げ)」
出来るだけ自然に言う。
変な言動をすれば、姿を見せない何かが襲いかかって来るような、言いようの無い不安が膨れ上がって行く。
「はい、師匠、用意、出来た、です!」
「(んじゃ、さっさと行くぞ)」
とりあえずクルガの町で良いか。どうせアザリアはまだあの町に居るだろうし。
ヒョイッとバルトの肩に乗り、静かに【全は一、一は全】を発動。
そして、見えない何かから逃げるように、即座に【転移魔法】を発動。
バルトと共に光の中に姿が消える。
誰も居なくなったボロ小屋の前に、子猫の感じた気配の主達が姿を見せる。
しかし、その姿は、あまりにも―――……。




