6-21 槍の勇者は村人と向き合う
バルトの肩に乗り、村の手前に到着。
バルトの顔が緊張で強張っている。
人間恐怖症―――いや、この村人達への恐怖心は、やっぱり、そう簡単に消える物じゃねえよなぁ……。いっそ、バルトが力で言う事を聞かせるジャイア●タイプの人間だったら、もっと生きやすくて、もっと楽だったのかもしれない。
でも、それでもコイツは自分の優しさを投げようとはしない。自分がいくら痛い思いをしても、いくら泣かされようと、それでも自分を虐げる者達だって助け、護ろうとする。
本当に、救いようの無い馬鹿野郎である。
だが、そんな馬鹿野郎が、ちゃんと幸せになれるのが良い世の中ってもんだ。
と言う訳で、
「(ヨシ、じゃあ村を爆破するか!)」」
「なんで、そんな、話、なってる、ですか?」
いや、だって1番簡単な解決方法かな……と。
村ごと【エクスプロード】で爆破して、村人全員跡形もなく消し飛ばせば、バルトが怯える必要もなくなって、この森に留まる理由も少なくなって外に連れ出しやすくなるし……後、俺がスッキリするし……まあ、それは良いか。
俺の半分冗談な意見は即座に弟子に却下され、改めて村に向かって歩く。
村の入り口辺りに差しかかると、目ざとくバルトの姿を見つけて家々から飛び出してくる村人達。
集まるや否や、バルトを村の中に入れないように立ち塞がる。
「ΘαΛΔΝ☆!!」「ΛΛΔ◆Ν!!」「☆±ΝвΠ!!」
相変わらず猿山の猿のようにキーキー喚く。
そして、相変わらず何言ってんのか、まったく分からない俺。
小声で「ミィ」と鳴いてバルトに訊いてみる。
「(なんて?)」
「白い魔物、村、近く、居る。早く、なんとか、しろ、言ってます」
………何、この人達?
どんだけバルト頼りなの?
自分等がバルトに囲われてる“虫”だって気付いてないのかしら?
バルトの方に自覚はないだろうが、外の俺に言わせれば、この霧の森は巨大な虫籠だ。
霧の檻の中で、虫達が飼い主に向かって威嚇し、餌を貰い、また威嚇し、安全の保障された檻の中で飼い主に、「もっと快適にしろ」「もっと餌を寄越せ」と叫び続ける虫。
飼い主のバルトは虫達の言う通りにしようと頑張るが、それを虫達が「もっと」「もっと」と煽る。
……俺に言わせれば、ここで飼われている虫達は害虫以外の何者でもねえけど。
俺が「やっぱ村ごと爆破した方が良くない?」とか考えている間に、バルトが俺に分からない言語で村人達に、優しく諭すように何かを言っている。
多分、「魔物は討伐されて、もう安全です」とか、そんな内容だろう。
「ΝΝΘвΔ±Φ☆」
……ダメだ、本当に何言ってるか分かんねえ。
レティが居ればなぁ……とも思うが、虫達との会話なんて、聞いてもストレスしか溜まらなそうだし、別に良いか。
バルトの言葉に対し、虫達が更に熱を上げて騒ぐ。
……何言ってんのか分からないけど、バルトに文句言ってるのは分かる。
ダメだ、いい加減イライラして来た。
バルトが一生懸命語っているが、虫共はそれに耳を傾ける様子も無く、自分勝手に喚き散らしてバルトの心をガリガリと削っている。
アホらしい。
【ナパーム】
上空でドンッと小規模な爆発が起こり、爆風が突風となって村全体に広がり、村を覆う霧が一瞬晴れて、すぐさま再び霧の幕に覆われる。
「師匠……!」
「(気にするな、連中を黙らす為のただの威嚇だ)」
突然の爆発に驚いて虫達が黙る。
「沸騰した相手にコチラの言葉を聞かせるには、大人しく聞いてる振りをしながら黙らせるに限る」と、そんな事を俺に力説した会社の先輩の顔を思い出して苦笑する。あの人旦那としょっちゅう喧嘩してたらしいけど、ちゃんと円満に暮らせてるのかしら?
バルトの言葉を聞かせるなら、このタイミングしかねえだろう。
「(バルト、言いたい事言え。全部)」
バルトの視線が少しだけ俺を見る。
ジッと見られて、「言ってやれ」と視線で返す。
そんな俺に後押しされたのか、「フゥ」と大きく深呼吸してから、バルトは背筋を伸ばして、ゆっくりと、静かに、声を荒げる事もなく、村人達に語る。
バルトが何を語ったのかは、言葉を理解出来ない俺には分からない。
けど、コイツの事だから、きっと真摯に、真剣に、心の中にある事を有りのまま、正直に吐き出したんだと思う。
バルトの話は10分程続いた。
語るたって、若干長めじゃないか。
演説が仕事の連中でもなけりゃ、10分間1人で語り続ける事なんて無いだろう。
それだけ、心の中に色々溜まってたって事なんだろう。
村人への恐怖心とか、相反して村人を護りたい気持ちとか、1人の孤独とか、差別される痛みとか……まあ、色々。
村人も、バルトの言葉を黙って聞いている。
先程までの、飼い主に向かって喚き立てていた虫の姿は何処にも無い。
最初の方は「何を語ってるんだ!」「ふざけるな、聞く価値なんてない!」みたいな顔をしていた奴等も居たが、話が進むにつれて、1人、また1人とその数は減って行った。
今では1人残らず、下を向いて、どこかここに立っているのを恐れているみたいに。
きっと、村の連中の頭の中で、今までバルトにしてきた仕打ちや、態度、投げつけた言葉、そんな事が過ぎってるんじゃねえかな?
真正面から、直球、どストレートな言葉をぶつけられて、ようやく気付いたんだろう。
自分達がどれだけ愚かな存在だったのか。
自分達がどれだけバルトに護られていたか。
自分達の安心が誰によって齎されていたか。
――― 自分達がどれだけバルトに大切にされていたか。
バルトが心の中に有った物を全部吐き出して、小さく息を吐く。
どこか安心したようなスッキリした顔。前のように、村人達の視線に怯える事も無く、背筋を伸ばして、静かな佇まいで立っている。
その横顔を、肩の上で見てクスッと笑う。
だって、もうコイツは「大丈夫」だから。
思っていた事、伝えられなかった事、全部外に出して、バルトの中でどんな変化があったかは俺の知る所では無い。
けど、それで色々覚悟が決まったらしいってのは、横顔を見ていれば分かる。
億の額が動く仕事を任された部長が、こんな感じの、覚悟を決めた“恰好良い”男の顔をしていたのを思い出す。
バルトの言葉を聞き終わった村人達が、視線をかわす。
何度か視線のやり取りが行われた後、代表らしい男が口を開く。
「ΔΝαΣΛ」
先程までのような、バルトを切りつける刃の如き話し方ではない。理性的な、人間と話す為の静かな口調。
その言葉にバルトも静かな口調で返す。
今までのような、どこか怯えや、オドオドした恐怖心の見え隠れした喋り方ではない。自身の意思を相手にちゃんと伝えようとする堂々とした喋り方。
何度か言葉のやり取りがあって―――。
「師匠、行く、ましょう」
「(話、もう良いんか?)」
「はい」
迷いの無いハッキリとした答えだった。
言うと、村人に小さく会釈してから(俺が滑り落ちないように手で押さえて)、村に背を向けて歩き出す。
「(村の連中、なんだって?)」
「僕、ここ、出て行く、言った。村、人達、も、森、から、出る、言った」
まあ、そうなるわな?
バルトが居なくなれば、精霊が霧を薄く戻すだろうし、魔物の相手だって自分たちでする事になる。結果この森の安全性は格段に下がる。
それに、食料の確保だって今までの比じゃないくらい厳しくなるだろう。
だとすれば、ここを出るってのは英断だと思う。
「(まあ、大丈夫なんじゃん? この国の魔王は潰してあるし、町を支配してた魔族は七色教の連中がどうにかしたらしいって話だし)」
バルトの返事が無くて「うん?」と顔を向けると、その顔に浮かんでいたのは驚き、そしてそれを軽く上回るキラッキラした尊敬の眼差し。
「(……何?)」
「師匠、魔王、倒した、ですか?」
「(え? ああ、うん)」
おっと、思わず口が滑った。
まあ、これはバラしても良い話しかな?
どうせバレちゃいけない魔族や魔王には、“次”が生まれないから俺が殺った事はバレてるだろうしな。
「(一応、倒したのは俺じゃなくて“剣の勇者”な?)」
「師匠、剣の勇者、様、と、知り合い、ですか?」
「(ああ、そこから説明しなきゃなんねえのか……)」
仕方なく、トコトコと歩くバルトに、コッチの事情を話すのであった。
……まあ、流石に異世界云々やら、元人間やらの話は省いたが。




