6-17 運命との邂逅
「(俺………?)」
目の前に、俺じゃない俺がいた。
黒水晶の中で、気持ち良さそうに丸くなって眠っている子猫。
毛の模様も、体の小ささも、尻尾の長さも、何もかもが、俺の生写しだった。
誰だ?
コイツは誰だ?
なんで、こんな場所で眠っている?
なんで、俺と同じ姿をしている?
なんで、なんで、なんで―――……。
頭の中で、数え切れない程の疑問が湧いては消える。
思わず一歩後ずさると、小石が足に触れてカツンっと小さな音をたてて段の下に転がり落ちる。
その音でビクッとなり、グチャグチャになっていた思考が切れて我に返る。
「ミィ……」
はぁ……。
落ち付け俺。
落ち付け、落ち付け。
目を閉じて、何度も何度も自分に言い聞かせる。
30秒程を要して、ようやく頭が冷えたのが自分でも分かった。
「ミ」
ふぅ。
ランプで照らされた黒い水晶の中を改めて見る。
その中に眠っているのは、誰がどう見ても、何度見直しても―――俺だった。
なんだ、コイツは?
眠っている呼吸が聞こえない。息をしてないのか? だが、死んでいるって感じもしない。
ふと、俺の手持ちの封印術式を思い出す。
『【審判の檻】
カテゴリー:天術
属性:超神聖/封印
威力:-
範囲:D
使用制限:特性【勇者】
効果を受けた対象の時間を停止し、あらゆる事象から隔離する』
封印した対象の“時間を停止し”………。
もしかして、この黒い水晶―――【天罰の檻】? とか言う封印術式も同じような効果なのではないだろうか?
封印した者を世界から、時間から、全てから弾き出してしまう力。
誰にも解けない、途轍もない強力な封印。
……そもそも、なんでこんな場所に封印なんてされてるんだ?
いや、待て!!! ちょっと待てよ俺!!
俺と同じ姿で、封印をされなければならないような奴を、俺は1つだけ知っている。
――― マジンだ!
かつて、アビス達魔王を痛めつけ、無駄な因縁を作りやがったクソ野郎。
そして……俺と同じような力を持つらしい猫。
封印されているのに、黒い水晶から絶え間なく噴き出す圧力。
神の如き、神聖な気配。
何者も、例外無く、目の前に立たれれば頭を垂れ、祈りを捧げたくなる神のような力。
そして、それに混じって漂って来る、魔王の如き魔の力。
今更ながら理解する。
魔王。
魔族の頂点に立つ、魔の王を意味する称号。
ではコイツは?
神の如き力と、相反する魔の力を持つ、魔王を凌駕する存在―――魔神だ。
ようやく分かった。アビスの言っていた“マジン”は“魔神”だったのか……。
……成程、こんなに俺とそっくりなら、そら間違われても仕方ねえわな……。俺自身ですら、違いが見つからねえし。
では、なんでこんな所に魔神がいるのか?
……分からん。
思い付く状況は、誰かがコイツを封印し、誰にも見つからないようにここに隠した……いや、でも待てよ? アクティブセンサーで見た地図には、俺の入って来た小さな穴以外にここに入れるような穴は無かった。
長い時間の封印で、穴が塞がったって可能性は……多分無い、と思う。外に抜けられるような場所に落石したような形跡があれば、アクティブセンサーでチェックした時に、何かしらの情報が記載されていた筈だ。でも、そんな物は1つも無かった。
って事は……どう言う事だ?
魔神を封印した奴も、俺と似たり寄ったりのサイズだった……? それなら、人間や魔族だった可能性は限りなくゼロだ。
じゃあ何だ?
俺の知らない、超常的な力を持った存在が、まだこの世界には眠ってるって事か?
………笑えねえ話だなぁ……。
で、この魔神殿は、どうした物かしら?
案1、叩き起こしてぶん殴る。
案2、丁寧に起こして、アビスを何とかして貰う
案3、放置する。
案3で。
即答でした。
……いや、だって、起こし方分かんないし。俺の手札をどれだけ切っても封印解ける気がしないし。
それに、俺の本能が言っている。
――― コイツは絶対に起こしてはいけない、と。
コイツが目を覚ませば、何かが終わる。
具体的に何が終わるのかは分からないが、俺の中の何かが凄まじい爆音で警笛を鳴らしているのは分かる。
神と魔の入り混じる化物―――。
コイツの力は、強いだの弱いだのと問答するレベルの物じゃないって事は、封印の外からでも伝わって来る。
コイツの力を、強いて言葉にするのなら、月並みではあるが、
――― “厄災”だろう。
振るわれれば世界の存在すら脅かす、“決して振るってはいけない力”。
ああ、だからこそ、コイツはこんな場所に―――決して人の目に触れない場所に封印されているのか……。
日本には素晴らしい言葉がある。
『触らぬ神に祟りなし』ってね。
要らん危険に首を突っ込む物ではない……って事だ。
そう言う訳で、この眠ってる魔神さんは放置する方向で。
まあ、偶に様子見に来るか……?
もし封印解けたら、色々アウトな気がするし……。もし解けそうなら、俺が【審判の檻】かけても良いしな? もっとも、俺の封印術式で魔神を抑え込めるのかって話ではあるけども……。
ともかく、忘れないように頭に刻んでおこう。
ここに、神と魔の入り混じる、厄災が眠っている事を―――…
さて、魔神を放置するのなら、ここに止まる理由は無い。
眠る“獣の王”の正体は分かったし、当面の危険が無い事も分かった。
これならバルトの奴にちゃんとした報告も出来るし、師匠としての面目も保たれるだろう。
【仮想体】の持つランプに照らされながら来た道を辿る。
あれ? そう言えば、台座に置いてあった灰色の剣はなんだったんだろう?
普通に考えれば、封印された魔神か、魔神を封印した奴が置いて行ったって事になるんだが……なんでこんな物置いて行ったんだ?
目を瞑って収集箱のリストを開き、先程手に入れた“虹の器”を選ぶ。
改めて情報を閲覧してみても、何も目新しい部分は無い。
とりあえず、もう少し詳細なデータを出してみる。
『【虹の器 Lv.-】
カテゴリー:素材
サイズ:中
レアリティ:★
所持数:1/1
光:無し
運命を切り開く鍵。
条件を満たす事で真なる力を発揮する。
“虹の光集いて、未来への道を指し示す”』
ええ……何コレ?
“光:無し”とか表示されてっけど、何それ? どう言う事? 意味分かんないんですけど?
説明文の方にも意味不明な文言が出てるし……。
ダメだコレ、今の俺には理解不能。
なんでコレがあの場に置かれていたのか、コレに何の意味があるのか、全然分かんね……。
この“虹の器”たら言うのも、一旦放置でお願いします。
なんか、結局謎だらけだな?
なんで魔神が俺と同じ姿をしてるのかも意味不明だし。
……アビスを始めとした“最古の血”連中にこの事話したら、俺が魔神じゃなかったって事を理解して見逃してくんないかな?
いや、待てよ? もし仮に俺の話を信じてくれたとして……アビスがここに来るだろ? 封印をぶち破るだろ? 最強と魔神が本気の殺し合いを始めるだろ? ………あ、ダメだコレ、世界崩壊するかもしんないわ。
黙ってる方が無難な気がする……。
って事は―――結局アビスの問題は自分で解決するしかねえって事じゃん……。
落ち込みながら、トボトボと出口の穴に向かって歩いて居ると、精霊達がビクビクと明滅しながら飛んで来た。
「(……お前等、この穴怖かったんちゃうんかい……)」
すると、急かす様に俺の背中を押す様に背に張り付いて来る。
「(何? 何? どうしたよ?)」
言葉が通じないどころか、精霊は喋らないから話が通じない……いや、俺の方の言葉は理解してくれてんのか……。
……いや、待て!
精霊達はこの“魔神の洞窟”を怖がってる。実際、今もかなりビビってるように見える。
それなのに、なんでわざわざ中に入って来た?
恐怖を押してでも入って来なきゃならない理由が出来た?
それに―――俺の道案内をしてくれた精霊は3匹なのに、今は8匹いる! 5匹はどこから来た?
バルトの所からだ!!
「(バルトに何かあったのか!?)」
肯定の意味なのか、精霊達が一際光を強くする。
アイツ、白い魔物を気にして村の方に行くって言ってたな? もしかして、その白い魔物にエンカウントしたのか? そいで、その白い魔物が予想以上の強さで危ない状況になってるとかじゃねえだろうな!?
「(急ぐぞ! 案内しろ!!)」
精霊達がヒュンっと風を切るように俺の背中から離れて洞窟の外に出て行く。
それを追って、俺もダッシュで小さな穴の中に飛び込んだ。




