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6-16 彼は不幸である

 新たな槍の勇者こと、バルトの人生は―――人が聞けば、「不幸の連続だな」と同情してしまう程酷い物だった。

 魔族の父と人間の母の間に生まれた彼は、半分人間で半分が魔族。言うところの半魔であった。

 生まれた時から両の目は紅く、周りの者達からは恐れられ、蔑まれて生を受けた。

 両親が愛し合って生まれた子であったのならば幾分か救いがあったのかもしれないが、現実は残酷で、魔族の父が力付くで母を犯して生まれたのが彼だった。

 父である魔族は生まれた彼の姿を見る事もなく―――そもそも子供が出来た事すら知らず、いずこかへと姿を消した。

 母は、彼を嫌った。

 どこまでもどこまでも嫌った。

 彼が立ち上がれなくなるまで暴力を振るうなんて日常茶飯事。

 母親にしてみれば、自分を犯した魔族の姿をバルトに重ねて、その恨みをぶつけているのだが、子供であるバルトにはそんな事情は分からず、来る日も来る日も暴力に耐えた。

 ある日には、食事も水も与えられずに5日程放置された事もある。

 ある日には、魔物の闊歩する森の中に放置された事もある。

 ある日には、雨で増水した川に突き落とされた事もある。


 それでも―――バルトは母を愛していた。

 自分に対する理不尽は「きっと自分が悪いんだ」と、痛みと苦しみに耐えた。

 自分を痛めつけた後、少しだけ母は安堵した顔をする。

 だから、きっと、この理不尽が母の愛情表現なのだ……と。


 そして、ある日、彼の居た町は魔物に襲われた。


 あまりにも呆気なく滅ぼされた。

 母と共に逃げていたバルトにも、魔物が迫った。

 そして、母は……


――― 魔物にバルトを差し出して逃げた。


 その時のバルトの胸に去来したのは、絶望でも、悲哀でもなく、使命感だった。

 自分がここで魔物を抑えなければ、きっと魔物は母を襲いに行く。

 そんな思いを胸に、彼は剣を握った。


 戦った。

 戦った。

 噛まれ、裂かれ、返り血を浴び、倒し、倒れそうになる。それでも彼は立ち続けた。

 死に物狂いで襲い来る魔物を倒し続けた。

 普通の子供だったのなら、すぐさま殺されていただろう。

 だが、彼は半魔だ。

 常人とは比較出来ない程の肉体能力と魔力を持つ、戦う為に生まれて来たような存在だった。

 どれだけの血を流し、血を流させたのかは分からない。

 何匹、何十匹の魔物を倒したのかも分からない。

 時間感覚はとうの昔に消えて、何時間戦い続けたのかも分からない。


 ふと気付けば、自分は返り血で真っ赤に染まり、周りには血の海に沈んだ魔物達が山になっていた。


 襲って来る魔物はもう居ない。

 倒し切ったのか、それともバルトを恐れて逃げ出したのか―――どうでも良かった。

 バルトは、痛む全身を引き摺るように母の後を追う。

 自分は母を護ったんだ―――そんな誇らしさを(いだ)きながら。

 きっと、母は生まれて初めて自分の事を褒めてくれる。そんな淡い期待を持っていた。

 そして、彼は母を見つける。


 無残に殺され、全身の肉を食い散らかされた母の死体を。


 単純な話だった。

 町を襲った魔物の他にも、魔物はそこら中に居る。草原にも、森にも、海にも、山にも。

 母は、そんな魔物に出会い、食い殺された。

 ただ、それだけの、単純な話だった。


 バルトは泣いた。

 どれだけの母の暴力にも、町の人間達から受ける理不尽にも涙1つ見せなかった彼が、涙が枯れる程泣いた。

 泣いて、泣いて、泣き疲れて、冷たくなった母の隣で死体のように眠った。


 起きた彼の前には、死んだ母親がいて、残酷な現実を突き付ける。

 バルトは、もう泣かなかった。

 母と、死んだ町の人間を1人1人埋葬し、一ヶ月後―――彼は、1人、旅立った。


 その後も、行く先々で人を救っては半魔だと迫害をうけ、安住の地を求めて根無し草となって歩き続け、気付けば8年もの時間が過ぎ―――いつの間にか、バルトは戦士になっていた。


 そして、ようやく見つけた静かに暮らせる場所。

 エルギス帝国にある、クウェル森林。

 彼の唯一の友である精霊が多く住む、山々に囲まれた広大な森。

 そこで静かに暮らして数ヶ月が経った頃、自分と同じハクラ王国の人間達が国から逃げて森に迷い込んだ。

 そんな彼等をバルトは受け入れ、森の中で匿う事にした。

 しかし―――村人となった者達はバルトを忌み嫌った。

 何か騒ぎが起きれば「貴様のせいだ!」と罵られ、食料が足りなくなれば「さっさと肉を調達しろ!」と命令され、何も無くても「魔族の血の入った化物め!」と怒られる。

 理不尽だった。

 彼を取り巻く全てが理不尽だった。

 それでも、彼は思う。


 自分が、皆を護らなければ―――と。


 それは、護れなかった母への罪滅ぼしか、それとも「いつかは自分を受け入れてくれる」と言う期待か……バルトにも、自分の行動の理由は分からない。

 それでも、彼は今日も村を護る為に歩く。



*  *  *



 師である子猫と別れたバルトは、霧の中を慣れた足付きで歩く。

 普段は霧を精霊に晴らして貰いながら少しづつ進むのだが、下手に霧を晴らすと魔物が狙って来るような気がして、今日は霧の中を歩いて居る。

 と言っても、長年森の中を歩き回っているバルトにしてみれば、霧が有ろうが無かろうが、森は自分の庭も同然だ。歩く事に不便する事は一切無い。

 歩きながら、村人達の言っていた「白い魔物」の影を探す。


「魔物、何処、居る、でしょうか?」


 霧の中迷う事無く歩きながら、周囲を飛び回る光―――精霊に聞く。

 しかし、精霊からの返事は「分からない」だった。

 この霧は精霊達が発生させている物である。

 霧は精霊達にとっての目であり、耳である。にも、関わらず、精霊の目と耳で捉える事が出来ない魔物。


 魔物が霧を越えて来るのは初めてではない。

 森の中にも彷徨っている魔物も居る。

 大抵はバルトが1人で処理し、その肉は村人達の腹に収まる事になる。

 今までに、勝てなかった魔物は居ない。

 この霧の中では―――精霊の加護の強いこの森の中では、その友であるバルトに敵はなかった。

 しかし、嫌な予感がした。

 霧の奥から、何かが自分を観察しているような……そんな嫌な感覚。


 今回は師と仰ぐ、異常なまでに強い小さな猫がいる。だが、その力を借りるつもりはなかった。

 あくまで師である子猫は“外”の存在だ。

 霧の中―――森の中の面倒事は自身が片付けなければならない。


 師から貰った、勇者の武器の1つ―――槍の神器、(ともしび)の槍をグッと握りしめながら、村から200m程離れた場所を歩く。

 その時、霧の中から、黒い毛並みの狼が飛び出して来た。


「―――ッ!!」


 大口を開けて、バルトに襲いかかる狼。

 しかも、その後ろから更に、2匹、3匹と数が湧き出て来る。

 1匹目の突進を躱しながら槍の腹で狼の体を殴打し、続いて襲いかかる2匹目を蹴ってから、体勢を崩しながら、3匹目の口の中に槍の穂先を突っ込んで串刺しにする。


「フッ……ふぅ!」


 突然の襲撃に荒くなっていた息を整える。

 残った2匹の黒い毛の狼達は、バルトの隙を窺うように周囲を歩く。

 槍で殴打した狼もダメージを受けた様子も無く軽い足取りだ。


(黒い狼……白い魔物の手下……かな?)


 警戒。

 槍を構え、正面だけを見据える。

 背後の警戒は、友である精霊達がしてくれる。

 狼達は1匹やられて及び腰になったのか、それとも何かを待っているのか、無理に攻めて来る気配が無い。

 こう言う“睨み合い”になる事は(たま)にある。そして大抵は、睨み合いを続けると自分に不利な状況になる事をバルトは知っている。

 魔物の増援が来たり、雨が降りだして精霊の感知力が下がったり……。

 だから、前に出た。

 体勢を低くし、槍を腰だめに真っ直ぐ構え―――突っ込む!


――― 突進槍(ランスチャージ)


 前に居た狼が逃げる間もなく胴体を貫かれ、同時に背後に居た狼がその隙を逃さず動く。

 だが―――それは想定内。

 狼の動きの全ては、細かく精霊達が教えてくれる。

 後ろを見ずに右にステップ。

 背後から突っ込んで来た狼の爪が空を切る―――と、同時に突き出された深紅の槍が、狼の顔を貫く。

 無事に倒せてホッと息を吐こうとした時―――ノソッと大きな影が霧の中から姿を現した。


 白い毛並み、4mを超す体躯、どこか氷を思わせる美しさ、己の強さを主張するかのような巨大な――――殺気。


 バルトの膝が震える。

 魔物を記した本の中で見た事がある。

 寒い地方を好み、東の大陸では滅多に現れる事の無い強大で凶暴な、特級の魔物。


――― フェンリル


 その力は、魔王にも匹敵すると言われ、過去に魔王を食ったと言う記録が幾つも残っている。


「そん……な……」


 バルトには、あまりにも、重過ぎる相手であった。



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