6-11 猫は赤眼と話す
よっし、確認作業終了!
空っぽになった深淵の匣を収集箱に放り込む。
「ミャミャ」
あらよっと。
特に掛け声とか要らないけど、一応大きい物を収集箱に入れる時には無駄に力が入る。……マジで無意味だけどね。
さってと、そろそろ赤眼さん起きてくれませんかねえ?
猫の丸くて小さい手でペシペシと顔を叩く。
さあ、起きなさい。起床時刻だよ。
中々起きないので、ちょっと力を込めてペシペシする。……ペシペシとか言ってるけど、実際はそこそこの大きさの石をぶん投げられたくらいの力なのは秘密だ。
これでも精一杯手加減してますし私。ええ、出来るだけ傷付けないように頑張ってますし、本当に、ええ。
ぶっちゃけ「起きろオラァ!」ってやりたいのを我慢してますし、ええ、まったくもって困った物です。
俺が顔を叩きまくっているのを抗議するように光がふよふよと寄って来る。
なんじゃいお前等! わしのやる事に意見する暇があるなら、この寝坊介を起こす手伝いをせんかいや!!
俺が光の粒達と無言の圧力合戦をしていると、赤眼が目を覚ました。
「ΦвΔ……?」
状況が分からないらしい。
そして俺はコイツが何を言っているのか分からないらしい。
一応抗議してみるか?
「(おい、俺の理解出来る言葉で喋れ!)」
相手は猫の正体に気付いて居るので、普通に猫語(ただの鳴き声)で言ってみる。
そして言った後に、そもそも猫の言葉なんて分かる訳ないじゃん? と気付く。
そうだよ、万能翻訳機能付きのレティか、動物の言葉を理解出来るように頑張ったらしいアビスでもなけりゃ、猫の言葉なんて分かんねえよ。
と、思ったのだが……。
「Λ★Λ……共通語、分かる、ですか?」
おん? 急に分かる言葉になった。
相手が喋る言語を切り替えてくれたのか。でも、かなりたどたどしい……あんまり、共通語? と言うのが得意じゃないのかも。
まあ、俺も急に英語で喋れと言われたら、多分こんな感じになるしな。そこはツッコまないのが社会人の礼儀だ。
って言うか、言語を変えたって事は、俺の言葉が伝わった……のか?
「(ああ、大丈夫だ。その共通語? とやらなら分かる)」
「僕、共通語、得意、ないです。分かる、難しい、です」
「(問題無い。今の喋り方でも十分伝わってるよ)」
すると、赤眼の男は安心したようにふっと笑う。
子供のような無邪気な笑い方だった。
近頃女子の間で流行っている無邪気男子か……顔立ちもそこそこ整ってるし、現代だったらモテただろうなぁ……あ、なんか微妙に腹たって来たわ。
まあ、そんな幼稚な僻みを表に出す程子供じゃないですけどね、フンっ!
「(ってか、俺の言葉、分かるのか?)」
「はい、精霊、言葉、訳、ありがとう、です」
え? 何? 精霊?
精霊が俺の言葉を、この赤眼に分かるように訳してくれてるって事かい?
そもそも精霊ってなんじゃいボケェ。
「(精霊って?)」
訊くと、赤眼が手を猫に差し出す。
すると、周囲を飛んでいた光が男の手の平に集まり、俺に挨拶するように明滅する。
「光が、精霊、です。皆、僕、力、貸す、ありがとう、です」
この光ってるのが精霊で、それがコイツに力を貸してくれてるってか?
「精霊、言う、貴方、僕、治療、ありがとう、です」
「(気にすんな。ぶっ飛ばしたのも俺だしな)」
気にするなって言ったのに、男は何度も頭を下げて「ありがとう」と繰り返す。
随分礼儀正しいと言うか……いや、コイツに似合う言葉は“無垢”かな? 何事も素直に受け入れ、正しい事には御礼を言う。そう言う素直な、子供のような奴。
「貴方、攻撃、ごめんなさい……」
俺への攻撃を謝っている……のは良いんだが、根本的になんでいきなり攻撃して来たんだって話だろ。
その答え如何によっては、俺をコイツを始末しなければならないかもしれないのだから。
「(なんで攻撃して来たんだ?)」
「精霊、貴方、怯える。森、壊す、悪い、人間、思った」
あー……“振り出しに戻る”を抜ける為に、光―――精霊に向かって【エクスプロード】ぶっ放したっけ……森もゴリッと破壊したし、アレのせいか……。
そのせいで精霊が俺に怯えて、そいで俺を排除するようにこの赤眼に頼んだって、そんな感じの事情かしら?
あれ……もしかしなくても悪いの俺じゃない? こっちも状況的に仕方なくやった事だけど、それで敵対関係になっちゃった奴じゃない?
ここは素直に謝っておこう。
「(スマン。悪気があった訳じゃないんだが、森を壊したのは確かに俺だ)」
「森、精霊、結界、張って、ます。人間、魔族、森、奥、入れない、です」
ああ、そいで俺は何度もスタートをグルグルさせられた訳だ。
「精霊、言う、ます。貴方、他、人間、違う。とても、強い、力、持つ、ます」
「(そもそも人間じゃなくて猫だけどな俺……)」
言うと、赤眼がハハっと笑う。
何その輝かんばかりの笑顔。
コイツの事を敵だと疑って居た俺が阿呆に思えるわ。
だが、そうか。
精霊には、俺の【魔王】の力が見えてるのか。
まあ、良いや。
ともかく、俺にとって一番大事なところを訊いて置かなければ。
「(なあ、ところでお前―――勇者なの?)」
「勇者? 違う、ます」
………いや、コイツから感じる嫌な気配は、多分間違いない。
試してみるか?
「(お前の槍、折っちまっただろ? お詫びに代わりの槍をやるよ)」
収集箱から神器の1つ、灯の槍を取り出して赤眼にポイっと放り投げる。
いきなり現れた深紅の槍に驚きつつ、「わっ」と言いながらもちゃんと槍を片手でキャッチする。
………触れた事による神器の拒否反応が無い。
確定、
―――コイツは勇者だ。
「凄い、力強い、槍、です」
ゆったりとした構えから、軽く振って、戻して、振り上げて、振り下ろす。
さっきまでの素人臭い動きと違う。
長年かけて洗練された“槍使い”のモーションだ。
明らかに、能力に何かしらの加算がされている。
考えられる答えは1つ。この赤眼は、槍の神器との相性がアホみたいに良いって事だ。
「(お前、“槍の勇者”だったのか……)」
「槍、勇者?」
「(その“灯の槍”を持ち、世界を救う者―――槍の勇者)」
試しに渡してみた槍の神器だが……相性が良いってんなら、このまま本当にあげちまうか。
今のご時世、勇者が相性の合う神器を出会うなんて奇跡だろうし。
俺の手元から神器が減るのはマイナスだが……まあ、ぶっちゃけ神器もそこらの武器も、【属性変化】と【エレメントブースト】があれば、そこまで極端な差は……まあ、有るっちゃ有るか……。
でも、正直旭日の剣と、天映の盾が有れば、他の神器は無くても全然構わんし俺。
それに、新しい勇者が敵かも知れないとこの森に乗り込んで来たが、予想以上に良い奴っぽいし、コイツになら神器渡しちまっても大丈夫だろう。
俺の事は口止めしておけば良いしな? コイツは口堅そうだし。
まあ、その後は、森から連れ出して、アザリア辺りに預けて“勇者の心得”と覚束ない言語を何とかして貰えば良いだろう。
え? 何? ええ、そうですよ、アザリアに面倒な部分丸投げですけど何か?
「(お前、名前は?)」
「バルト、です」
「(オーケーだバルト、お前は、今この瞬間から、槍の勇者だ)」
俺に言われて、目を潤ませて、色んな感情が混ぜられた表情で自身の手の中にある深紅の槍を見つめ、呟く。
「僕、勇者? 世界、救う。僕、が?」
「(そう、お前が世界を救うの)」
まあ、魔王を倒すのは俺に任せて欲しいけど、主に経験値と、魔王の持ってるレアアイテムの意味で。
すると、何かを決意した赤い瞳が猫をジッと見る。
……何? 俺の中の【魔王】の力を感じ取って襲いかかって来るとかじゃないよね? もしそうなら、容赦なく返り討ちにしてブチ転がすけども。
「宜しく、お願い、ます。師匠!」
うん。
え? 何? 師匠って言った? 苦笑とか、起床とかじゃないよね?
………なんで師匠……?




