6-9 猫は迷いの森を攻略する
森。
木々に囲まれ、深い霧のせいで一寸先は闇って感じ。
【仮想体】が配膳のトレーのように持っている木の盾にゲットライドしているのだが、先が見えなくて何度か木にぶつかりそうになる。
危な過ぎないこの森?
別に何かに襲われるとかじゃないけど、ただ歩く事が困難だ。
そして―――
気付くと森の入口に立っている。
うーん……?
これで4度目だ。
さっきまで森の中を歩いて居た筈なのに、ふと立ち止まってみると入り口だった―――って感じだ。
なるほど、こりゃあ確かに“迷いの森”だわ。
森の奥に踏み込めない。
1度、【仮想体】にぶん投げて貰った後に【空中機動】でヒョイヒョイッと空中を渡って森の真ん中あたりに降りたのだが、5歩歩いたら入口に戻されていた。
アクティブセンサーを使ってみても何も見えない。
森に入ると俺の鼻も利きが悪い。
どうなってんのこの森?
生えてる木のせいか? それともこの霧のせいか?
この“振りだしに戻る”力がどこから発生しているのかが分からんと、対処のしようがねえな?
まあ、だが、4度も戻されたお陰で、少しだけ見えて来た事もある。
まず魔法や天術ではないって事。どちらかなら、効果を受けた時点で収集出来ている筈だ。
それと―――入口に戻される時は、直前に視界にチラッと光る物が視界の端に映る。
その光の正体は掴めていないが、この森が“迷いの森”である事と無関係とは思えない。
狙ってみるか?
とっ捕まえるか……それが無理ならぶち殺すか。まあ、そもそもアレが生き物なのかも分かんねえけど……。
何にしても、これを攻略しないと前に進めないのだから、色々試してみよう。
5度目のトライ。
木の盾に乗っかったまま【仮想体】を前に向かって歩かせる。
出来るだけ真っ直ぐに。
暫く進むと、視界の奥―――木の陰、霧の中で何かがキラッと光る。
ここ―――だ!!
【拘束術式】
入口に戻されるまでの数秒の間に、霧の向こうの光に向けて発動される天術。
相手を拘束、そして捕らえる為の術式。
しかし―――何も起こらない。
天術の失敗……ではない。
捕らえるべき対象が居なかったからだ。
あの光は、物体的な物じゃないって事だ。
チッ!
心の中で舌打ちする。
入口に戻されるまで残り何秒だ!?
まあ、戻されたとしても、またここまで戻ってくれば良いだけなんだが……何かの意思が俺を馬鹿にしているようで腹立つ。
ちょっと森壊すけど許してね!!
誰にしたのか分からない謝罪を心の中だけで言ってから、今度は魔法を収集箱から取り出す。
【エクスプロード】
光の見えた方向に向かって赤い閃光が走る。
そして、近くの木の幹に触れると同時に―――起爆!
ドンッと凄まじい衝撃が辺りを襲う。
爆発の衝撃が森の中を走り抜け、木々が棒きれのように吹き飛び、霧が爆風に流されて視界が開ける。
「―――ミッ!?」
凄まじい衝撃に、俺も木の盾の上で伏せて耐える。
流石に爆発させるのが近過ぎた。と反省しつつ爆風が通り過ぎるのを目を閉じて待つ。
10秒程で爆発の衝撃と爆風は去り、残った惨状……。
【エクスプロード】の起爆地点から半径5m程の木々が軒並み粉々になって吹き飛び、地面にはクレーターのような円形のへこみが描かれていた。
……これでも森の被害を最小限にしようと手加減したんだがな?
俺もいい加減【魔王】のレベルが20近いし、手加減してもこれくらいの火力は余裕で引き出せちまうのか……今まで以上に気を付けよう。
で、だ。
入口には戻されねえな?
周囲の木々を吹っ飛ばしたからか、ここらの霧が晴れたからか、それとも例の光が見えなくなったからか……。まあ、これで少しは先に進めるかな?
進んでみるか。
【仮想体】が見えない足を動かして、霧の晴れた森を進む。
異変は無い。
入り口にも戻されない。
まるで、俺を導くように、俺の前の道の霧が晴れる。
例の光は見えない。
【エクスプロード】ぶっ放してから、なんだか森の様子が変わった。
上手く言えないが―――森全体が俺を警戒し出したように思える。
俺の進行方向の霧が、誰かが気を利かせて晴らしてくれてるのかは知らんが、微妙に進行方向を指定されている気がする。
少なくとも、俺を真っ直ぐに進ませるつもりは無いらしい。
とは言え、その何かの意思に反して霧の中に踏み居れば、きっと即座にスタート地点にもどされるんだろうけど。
30分程霧の晴れる方向に歩く。
特に変化は無い。
空を見上げても、森の上に厚い霧のカーテンがあって太陽も何も見えやしない。
今ここで放り出されたら、間違いなく遭難するな俺……。今自分がどの辺りを歩いているのかも分かんないし。まあ、そうなったら【転移魔法】か転移門を使って出直しだな。
そんな事を考えながら歩いていると(実際に歩いてるのは仮想体だが……)、目の前が急に開ける。
木々が伐採され、小さな広場のようになっている。
伐採されてるって事は、この木を切った奴が居るって事だ。
そいつが目的の“勇者候補”であるのなら、ちゃんとそいつに近付いてるって事なんだが―――ん?
脳がピリッとする感覚。
――― 殺気だ!?
背後に感じた気配に対して、俺は前方に向かって木の盾から飛び降り、同時に【仮想体】にオリハルコンの鎧一式を身に付けさせ、その手に旭日の剣を握らせる。
同時に―――【仮想体】ではなく猫を狙って放たれる投擲槍!?
俺狙いかよ……!?
まあ、今まで木の盾にライドオンして、1匹でフヨフヨと空中を飛んで来たんだから、そら狙われるのは俺か!!
ってか、誰だ? 魔族か? 人間か? 魔王か? はたまた勇者か? いや、魔物って可能性も捨てきれないか―――!!
考えながら、俺を狙って飛んでくる槍を【仮想体】が旭日の剣で斬って落とす。
真っ二つになった槍が地面に落ちると同時に、霧の中から雷が走る。
――― 【ライトニングボルト】か!
即座に放たれた物を判断する。
飛んでくるのが魔法って事は、人間って可能性は消えたな? ついでに人間にしかなれないらしい勇者って線も。
あえて魔法には何も対応しない。
装備している【魔王】の特性に蓄積された歴代の魔王達の感覚が言っている。
避ける必要すらない―――と。
だから飛んで来た【ライトニングボルト】を無防備に受ける。
いや、正確には受けて居ない。
レーザーのように真っ直ぐ俺に向かって来た雷は、俺に当たる直前でバチンッと弾け飛んで消える。
「□▽〒☆ッ!?」
霧のカーテンの向こうで、魔法を放った奴が驚いている。
……それは良いんだが、何を言っているのかが分からん。
チッ、レティでもなけりゃ万能バイリンガルって訳にゃ行かねえよ。
ま、そこはともかく―――。
驚くのは当たり前でしょう。防御魔法や天術、それにスキルも使って居る様子が無いのに、魔法を無力化されたのだから。
ちなみに、俺は何もしていない。
これはアレだ。
俺が最強と戦った時に、俺が体験した奴だ。
良く分からんけど、能力に差があり過ぎると、垂れ流しにしている魔力が壁になって、相手の魔法や天術を勝手に無効にしちまうって奴だ。
つまり―――俺にとって、霧の向こうの敵は、相手にならないくらい格下の敵って事だ。
相手は、魔王の下に付く事すら出来なかった野良の魔族ってところかね?
そう思い【仮想体】の肩に飛び乗って、霧の向こうの敵に向かって歩き出す。
「Λ§ΔΦ―――!!」
霧の向こうで人影が揺らぐ。
何かしようとしてる? だが霧が邪魔で何をしているのかは分からない。って言うか、言葉が分からない。
俺が少しだけ警戒して足を止めると、それを待っていたかのように相手が術式を展開。
「【拘束術式】!!」
お、天術名は普通に聞こえるんだ?
呑気にそんな事を思って居ると、地面から光る紐が伸びて来て俺と【仮想体】を拘束する。
「±Φ÷!!」
何を言っているのかは分からないが、多分「やった!」とかそんな感じの事を言ってる気がする。
だったらスイマセンね。この程度の拘束力なんて、俺にとっては紙テープに等しいんですよ?
【仮想体】が、何事もなかったようにブチブチと光る紐を引き千切りながら歩き出す。同時に、俺をグルグル巻きにしていた拘束紐を、俺も「よっ」と一気に引き千切る。
「☆Ω◆!!!?」
今のは分かる「何!?」だ。
にしても、魔法と天術が飛んで来たな……? 魔族と人間が一緒に居るのか?
クソ……霧のせいで鼻が利かねえから分かんねえな。
ま、とりあえず有無を言わさず攻撃して来たって事は敵だろうし、適当にボコって“勇者候補”の場所を吐かせるか。




