5-26 戦いから学んで
『スキル:【ダブルハート】を発動。
スキルを再使用出来るまで239:59:59』
そんな瞼の裏に流れるログを見ながら目を覚ました。
目覚めたのは、黄金の手の中ではなく、冷たい床の上だった。どうやら、俺の頭を潰して殺したと確信し、さっさと死体を投げ捨てたらしい。
……良かった。掴まれたまま生き返ったら、その瞬間にもう1度殺されてジ・エンドだった。
俺の死を確認し、ダンスホールから引き上げようとしていたバグが、俺が立ち上がった気配を感じてバッと振り返る。
そして―――驚愕。
「まさか……不死身か貴様!?」
不死身だったなら、どれ程今の境遇が楽になる事か……蘇る事が出来るのは1回こっきりだ。
次は無い。
「いや……これは、まさか【ダブルハート】か……? だとすれば、魔王……!? 14人目……いや、違う、有り得ない。そうかッ、貴様はアドレアスとバジェットを倒し、その力を何かしらの能力で奪ったのか!? そうか、そうか! いや、だとすれば、“次”が生まれないのは、旭日の剣ではなく貴様の力か!!?」
色々察してくれてどうも。
クッソ、コッチの秘密が全部バレてるじぇねえか……!!
逃げたいけど逃げられねえ。
どうする、どうする!?
無理な突っ込みしたせいで、【ダブルハート】を使っちまった。もう後が無い。
コッチは野郎に1ダメージも与えてねえってのに、どうすりゃいいんだコイツ!?
「剣の勇者にして、魔王の力を持つ猫……か。これは実に面白い。余のペットにならんか? 命は保証してやるぞ?」
それは、命以外の部分は保証されねえって事じゃん?
そもそも、コイツの下に付いたって、結局最古の血連中に俺の事を知られたら終わりだし。
結末の死が決定しているのなら、この場を一時逃れしても意味が無い。
だったら、一か八かコイツと戦って勝つ可能性に賭けるしかない。
俺が黙って睨んで居ると、それを拒否と判断したらしい。
「嫌か? ならば仕方あるまい。君には、ここで死んで貰おうか? 勇者と魔王の混ざり者など、恭順せぬなら生かして置く理由も無い」
空中の武器達が、一斉に俺に狙いを定める。
飛び退く。
俺が一瞬前まで立っていた床に槍が突き刺さる。
立ち止まる事無く、バグから離れながら、野郎を中心に円を描くように走る。
俺の背後で飛んで来た武器が、銃弾のように俺の軌跡を追って床に穴を開ける。
ただ逃げ回るだけでは意味が無い。
何度か反撃に鉄の槍や剣を投射で飛ばすが、その全てが奴の鉄の剣で叩き折られる。
クソッ、何で一方的にコッチの武器だけが圧し折られるんだ!? 野郎と俺の何が違うんだ? 武器レベルか? いや、でもレベルが100や200違うってんならともかく、魔王自身じゃ無く、元々は部下の魔族の持ち物だぞ? そこまで極端なレベル差はないだろう。
って事はなんだ? もっと別の要素か?
野郎の魔王スキルの支配下に有るから? だとしたら絶望的だ。俺には魔王スキルを破る手立てが無い。
………いや、ちょっと待てよ?
そう言えば、アビスと戦った時に何か変な事言ってたな?
オリハルコンの鎧を素手でぶち抜かれた時……
――― 『貴様は武具の使い方が雑だな? せめて魔力を通すくらいはしろ! その程度の事もしないから、容易く砕ける!』
魔力を通す?
武器に、直接魔力を?
やり方の感覚は分かる。属性付与をするように、魔力を武器に“流す”。
お誂え向きに、鉄の剣が俺目掛けて飛んでくる。
収集箱の中で、コチラも鉄の剣を用意する。弓を引き絞るように、投射の威力を限界まで乗せる。
収集箱内で、鉄の剣に魔力を流す。が、途中でバキンッと折れて“鉄の剣”の表示が“破損した武器”に切り替わる。
魔力の付与には限界があるのか? それを越えると武器が耐え切れずに折れるってか?
限界超えないギリギリを見極めろ。
さっきの7割―――いや、6割。
ヨシ! 今度は折れない。
即座に向かって来る鉄の剣に、叩き付けるように投射で魔力を流した剣を放つ。
剣と剣が刃を交わらせる。
ギィンッと甲高い音をたて、2本の剣が弾かれて左右に吹き飛ぶ。
先程まで一方的に砕かれていた俺の剣が、折れる事も、欠ける事もなく相手の剣と打ち合って吹き飛んだ。
って事は、耐久力と破壊力が五分五分になったって事だ。
バグが「ほう」と感心した顔をしているが、どこか馬鹿にしたようにも見える。ぶっちゃけ鳥の表情の変化なんて良く分からん。
だが、そうか。
魔力の有無でこんなに武器の性能に差があるのか。今まで気付きもしなかった。
いや、考えもしなかった。
そもそも、この世界で生まれた訳じゃない俺は―――いや、まあ、猫としてはこの世界で生まれたのかもしれんけど―――魔力って物に馴染みが無い。だから、それがどう言う物なのか、ちゃんと理解出来て居ないんだと思う。
ボンヤリと、“特殊な力を発動する為の精神エネルギー”とか思ってるけど、もしかしたら、もっと拡張性の高い物なのかも。
「武器の使い方が変わったな?」
世間話のような口調で言いながらも攻撃は続く。
剣と槍と斧が雨霰と飛んでくる。
俺が1度死んだ事でスキルが解除されて戻って居た【仮想体】を出して天映の盾と深淵のマントだけを装備。
迫る武器を盾とマントで捌いて猫自身を護る。
同時に、【仮想体】を避ける軌道で俺を狙って来る武器を、適当な武器を投射して弾く。
受けに回ったらさっきと何も変わらねえ。
だが、下手に突っ込めばさっきの二の舞。
攻めるにしても、守るにしても、俺と野郎の能力差が有り過ぎる……。この差を縮める一手は無い物か?
何か、何か無いか?
考えろ、何か俺の手持ちで、何か出来る手は無いか?
奴の攻撃を先読み出来れば―――先読み? 読む? 何を? 奴の行動を。行動の先に有る物は何だ?
思考だ!
【妖精の耳】と発動。
頭の中にバグの思考が流れ込む。
『中々しぶといな? だが、もう一押しすれば終わるな』
ヨシ、用意周到に俺を待ち構えて居たようだが、流石に思考を遮断するような事までは対策して無い!
野郎の無駄な思考は削ぎ落す。
必要なのは、攻撃に関する考えだけ。
どこを狙うのか?
何が狙うのか?
どの程度のパワーか?
スピードは?
魔力をどれだけ込める?
読め。読め!
敵の思考を読んで、攻撃を先読みしろ!
読みが早ければ早い程、俺が対応する余裕が生まれる。
飛んでくる武器の軌道を、バグの思考から先読みする。
左、右、右、上、真っ直ぐ。
攻撃の来る方向が予め分かって居れば、【仮想体】の盾とマントで大体は捌ける!
ヨシ、こっからだ!! と言いたいが、これでようやくスタート地点。
問題は、攻撃を受けてからどう攻撃に転じるか、だ。




