5-25 相性問題は深刻です
俺を狙うように。
バグを護るように。
空中で17本の武器が浮いている。
使い手の姿は無く、武器だけが空を舞う姿を俺は良く知っている。
武器だけを持たせた【仮想体】の姿と同じ。
それを17……!?
「そのまま死ぬか?」
言われてハッとなった時には、空中に居た槍の1つが俺の目の前まで迫って居た。
チッ―――!?
咄嗟に【アクセルブレス】を発動、ゆっくりになった槍の軌道を避ける。が、同時に後ろから剣と斧が回転しながら襲って来る。その更に後ろには、槍と剣の群れ。
ヤバい……物量で攻められると逃げ道が無くなる!
下手に回避したらダメだ、受けろ!
【仮想体】を出し、即座に鎧を着せる。鎧を選んでいる余裕が無かったので、1番に目に入った鉄の鎧と鉄の剣を持たせる。
迫って居た槍の腹を鉄の剣で斬る―――が、キンッと高い音をたてて刃が通らない。
硬い……!
が、腹を叩いた衝撃で明後日の方向に飛んで行く。
即座に次の回転している剣と斧。
斧の方はともかく、剣の方はコチラと同じただの鉄の剣だ。
【仮想体】に天映の盾を持たせ、斧は盾で弾いて横に飛ばす。
鉄の剣を振るって、剣の方も迎撃―――と思っていたのに、バキンッと音をたてて、一方的にコチラの剣が圧し折られた。
なんでッ―――!?
回転する剣の勢いは止まらず、【仮想体】にその刃が届く。
流石に鎧までは抜けねえだろう―――なんて、都合の良い事を思ったのが間違いで、まるで紙を裂くように、鉄の鎧に刃が通り抜ける
ちょっと待て……! 野郎が使ってるの、これ、本当に鉄の剣か!?
明らかに攻撃力と鋭利さが鉄の剣のレベルじゃない!
だが、コチラの鉄の剣と鎧をダメにしたお陰で勢いが若干死んだ。
加速を解いて横っ跳びで避け、次に備える。
しかし、次の攻撃は飛んで来ない。
「ふむ、武具を操るだけではなく、何かしらの収納能力も持っているのか? 実に面白い」
襲って来ていた武器達がバグの元へと戻って行く。
仕切り直し。
俺も折れた鉄の剣と、真っ二つに裂かれた鉄の鎧を収集箱に戻す。
鉄の剣1本で、こんな簡単に崩されるとは……。
ヤバい、こりゃ、マジでヤバい!
単純な肉体能力は奴が圧倒的に上回ってる。その上、“アイテムを使う”と言う点に関しては、完全に奴の方が上位能力だ。
――― 俺にとっては、これ以上ない位の相性の悪い相手。
クッソが……。
何か倒せる手を考えねえと、マジでヤバいぞ……!
デッドエンドハートを使うか? いや、ダメだ。1度殺せても、それで対策されたら手が出せなくなる。それに、俺の正体だけでなく必殺技の情報まで握られたら、いよいよ逃げる事が出来なくなる。
いや、焦るな。
コッチにはまだ魔眼が有る。
行けるか?
【欺瞞と虚構】
幻で相手の五感を騙す魔眼。
音も無く、気配も無く、匂いも無く、前兆無く発動される力。それが魔眼。
バグの視界から俺の姿を抜きとる。
「む……?」
バグが「おや?」と表情を少しだけ崩す。
魔眼は効いたか?
そろっと右に一歩踏み出すと、俺の動きを追って、空中の武器が右に動く。狙いが俺から逸れて無い……って事は、魔眼が効いてねえって事だ。
「右目の輝きを見た時から、もしやとは思っていたが、君は魔眼も使えるのか? 何の能力かは知らぬが、幻惑系の力だったのは災難だったな? 余の姿を見れば分かる通り、鳥の如き力を持つ余の瞳は、いかなる“まやかし”にも惑わされる事は無い」
なんだそりゃ!!?
ようは、種族特性として“幻惑無効”が付いてるってか!?
ふざっけんなよ……!!
どんだけ俺メタなんだよコイツ!?
「面白い、実に面白いな君は? 勇者にしておくのが惜しいくらいだ」
勇者じゃねえけどな。
「そして―――殺すのが惜しいくらいだ」
空中で静止していた武器達が、俺に殺到した。
【仮想体】を創り、今度はミスリルの鎧を着せる。武器は―――と選んでいた時、横合いから突っ込んで来た兜の無い黄金の鎧が、【仮想体】を掴んでその場に引き倒す。
はぁ―――!?
「脇が甘い、と言っておこう」
俺を護る盾が無くなる。
クッソが!! 相性悪い上に野郎の方が戦い方が巧い! まあ、それは単純に潜って来た修羅場の数と、戦闘経験値の差だろう。
とか、呑気に感心してる場合じゃねえっつうの!!
宙を舞う武器が襲って来る。
押さえこまれて居る【仮想体】を、着ているミスリルの鎧ごと収集箱に戻す。途端に、【仮想体】を押さえていた黄金の鎧がつんのめって転ぶ。
飛んでくる武器の前に、素早く【仮想体】を再び出す。ミスリルの鎧を着せる。武器を選ぼうとした―――しかし、先程鉄の剣で同じ鉄の剣を圧し折られ、鉄の鎧を両断された事が頭を過ぎる。
防御増し増しで行かねえと不安だ。
天映の盾、深淵のマントを身に着けさせる。
武器は―――チッ、選んでる時間はねえな!
文字通り、【仮想体】は盾に徹する。
襲い来る武器達を、盾とマントでマタドールのように上手い事受け流して回避する【仮想体】の後ろに隠れて、そのタイミングを計る。
このまま受け身に回ってはダメだ、物量で圧し殺される!
踏み込め!
絶え間ない攻撃の雨。それが途切れた一瞬の隙に【仮想体】の陰から飛び出す。
飛び出した俺に、空中の武器のうち数本が反応して向かって来る。
それは、想定済み!
息を止めて加速、と同時に向かって来る武器に向かって連続で武器を投射で放つ。
相手の武器を潰すのは、多分無理だ。
バグが操る武器は、理由は知らないが異常に硬い上に破壊力が高い。
レアリティの高い武器は避けて、鉄の剣と槍を襲って来る武器に当てる。
バキンッと俺の放った剣と槍が一方的に破壊される。しかし、それで良い。武器破壊時の衝撃で軌道が若干逸れて、俺に直撃コースからずれる。
破壊された鉄の剣と槍を即座に収集箱に戻し、【自動修復】をかける。レアリティEの武器なら、真っ二つにされて居ても5秒有れば元通りになる。……まあ、地味にMP消費するのが辛いけど……。
加速を維持したまま更に走り、バグに向かって魔法を放つ。
【グラビティ】
「む?」
ズンッとバグと周囲の空間を重くする。
野郎の足の早さは知っている。まずは足を止めて―――避ける間を与えずに、
【エクスプロード】
攻撃魔法を叩き込む!
閃光がバグに向かって空間を走り、爆発を―――。
「今度は詰めが甘い」
閃光がバグの2m手前で停止し、次の瞬間―――俺に向かって来た。
「ミャ!?」
は!?
反射!? そんなの有りかよ!?
「ついでにコチラも返しておこう」
ズンッと上から巨大な何かに押さえつけられたように体が地面に縛られる。
【グラビティ】……!? 持続型の魔法も反射出来んのかよコイツ!?
息を止めて居る事が出来ずに空気が口から逃げて行く。
加速が解除されて、周囲の世界が元通りの速度で動き出す。
と―――
ガランガランッと大きな音をたてて、バグが操って居た武器が2本床を転がる。
――― 2本?
今、反射された魔法も2つ。
魔王スキル【支配者】。
アイテムを操る力。
いや、違う!? “支配”する力か!?
バグの魔王スキルは、恐らく自分の周囲に有る物の一切を支配して操る能力。アイテムだろうが、魔法だろうが、天術だろうが、バグの支配領域に入った時点でその支配権を奪われて奴の力になってしまう。
それなら、奴が【審判の雷】を受けて無傷だった事も、撃ち返された事も頷ける。
だが、万能ではない。
恐らく、今動かしているのが限界数。
17本浮いて居た武器が2本減って15。ついでに旭日の剣を足して16。オリハルコンの鎧は……どう言う扱いだろう? 鎧で一纏めか? いや、多分収集箱と同じ分け方だ。だとすれば、籠手2つ、脛当て2つ、鎧1つ、兜……は動かして無いか。
それプラス、今撃ち返した魔法2つ。
全部で23。
多分、これが奴の支配数。
とか考えてる間に、撃ち返された【エクスプロード】が迫って来る。
【術式解除】
上からの圧力が消える。
【エクスプロード】は、【魔滅の盾】で打ち消……いや、良い、受けろ!!
もう一枚の深淵のマントを出して、爆発を受ける。
ドンッと衝撃がマント越しに伝わって来るが、ダメージと呼ぶ程の痛みや熱さは無い。本当に深淵のマントは優秀な防具だわ、レアリティAは伊達じゃねえ!
エクスプロードの衝撃で地面が抉れ、煙と粉塵がダンスホールを満たす。
目眩まし完了!
深淵のマントを収集箱に引っ込めて、視界の利かない硬い床を走る。
【隠形】で音と気配を断つ。
距離を取っての魔法も武器も通用しないのなら、狙いは1つ。
超至近距離からの投射だ。
ほぼ密着状態から、奴に“支配”の間を与えずに命を貰う。
目は見えなくとも、俺には猫の鼻が有る。奴の放つ嫌な臭いは、こんな煙の中でも見失わない。
後、4m。
3。
2。
―――1!
煙の向こう側に奴の姿を視認するや否や、足に力を込めて跳ぶ。
鎧に包まれた体では、投射が通らない。狙うのは、兜から露出している野郎の顔!
使うのは、俺の手持ちのもう1つの攻撃用神器、灯の槍だ!
「ミィィ!!」
死ねやぁ!!
どうせ【隠形】の効果で俺の声は聞こえないのだから、全力で叫んだ。
神器を投射……しようとした、次の瞬間、
――― 煙を突き破って現れた黄金の腕に掴まれた。
「ミミャ!?」
嘘ッ!?
驚いていると、バグが失望と蔑みの目で俺を見て居た。
「もう1度言っておこう。“詰めが甘い”」
オリハルコンの籠手。
金色の輝く片腕だけが空中に浮いて、俺をガッシと掴んで居る。
ヤバい! 力が強くて、全然抜けられねえ!!?
「君は視界が利かなくても余の場所が分かるようだが、何故余も君の場所が分かるとは思わなんだ? 余の目は、この程度の煙や粉塵で乱されはせんよ」
冗談にしたって笑えない。
この野郎、どんだけハイスペックなんだよ!? これが、“帰還組”の魔王ってか!?
「こんな呆気ない終わりで、正直残念だ」
黄金の籠手から出て居る俺の小さな頭を、摘まむようにバグの鳥の鉤爪のような手が掴む。
「さようなら、剣の勇者」
グシャリと―――
余りにも簡単に、子猫の頭は握り潰されて死んだ。




