5-24 アウトレイジ
やられた……。
あのニューハーフを全面的に信用していた訳ではないが、まさか俺を使い捨てにして来るとは予想外過ぎた。
腐っても一応周りから“剣の勇者”と思われている俺を、こんなアッサリ切り捨てて来るなんて、思い切りが良いと言うか……大胆不敵と言うか……。
まあ、何にしても俺が野郎に利用された事は疑う余地は無い。
次に会ったら、絶対どてっ腹に全力の“猫パンチ(極)”を叩き込んでやる……!
いや、とりあえずあのクソビッチニューハーフの事は一旦忘れろ。
今の俺が考えるべきは、どうやってここを切り抜けるかって事だ!
ダンスホールの出口は1つ。
その前には凶悪な魔王バグ。
そして、取り巻きの魔族が30人程。
対して俺は、【転移魔法】の発動失敗でMPの残量がかなり怪しい。
状況は最悪と言って良い。
だが、それでも生き残る最善手を見つけるしかない。
まずは、周りの雑魚だ。
逃げるには、魔王と一騎打ちの方が圧倒的にやりやすい。
取り巻き連中もそこそこ良い武具で固めているんだろうが、そんなもん関係無い。
雑魚散らしの俺の初手なんて決まっている。
【審判の雷】
出て来て早々悪いが、さっさと退場しろや!!
外の様子は分からないが、いつもの流れ通りなら、空から巨大な白い雷がこの城に降り注いでいる筈。
とかボンヤリ思っている間に、ダンスホールが真っ白な光に包まれる。
お、来た来た。
「ぉギャッ!?」「なん―――!?」「ァがっ!?」
真っ白な景色の向こうで魔族の皆様が悲鳴をあげながら消滅している。
【魔族】の特性レベルがモリモリ上がっているのを確認しながら、この光に紛れて【仮想体】の肩に飛び乗り、出口に向かって全力ダッシュさせる。
バグ野郎がダメージを負うか、目が眩んでくれて居れば大成功!
走り始めて2歩目、不意にゾクッとした悪寒を感じて【仮想体】の足を止める。
途端、前方から、レーザーのように
――― 白い雷が襲いかかって来た。
なんだッ―――!?
咄嗟に最適解の防御を選ぶ。
【魔滅の盾】
自分に向けられた魔法、天術の全てを魔力の支払いと引き換えに打ち消す天術。
【仮想体】に当たる直前で白い雷が無効化されて消える。
疲労感。
MPをゴッソリ持って行かれた感覚。
【魔滅の盾】で魔法や天術を打ち消すには、発動された物と同じだけのMPを支払わなければならない。
これだけのMPを払わせられる、白い雷を放つ物は1つしか知らない。
今、俺が放った【審判の雷】だ。
なんだ、何が起こった?
ダンスホールを満たしていた白い雷の眩い光が収まり、そこには持ち主が居なくなった約30人分の魔族の武具。
そして―――無傷の魔王。
「今のが【審判の雷】か? 成程成程、10年前に見た物とは別物と考えるべきだなコレは。もっとも、どちらにしろ余には届かんがね?」
効いて無い……!?
あの青い鎧が無茶苦茶防御力高いのか? いや、【審判の雷】なら、鎧を擦り抜けてダメージを負わせられた筈だ。
コイツが無傷なのは、コイツ自身の魔力防御がクソ高いか、何かしらのトリックが有るか……。
先程の俺に向かって放たれた【審判の雷】と言い、どうにもコイツは不気味だ。
つっても、迷ってる場合じゃねえか。
どの道、逃げ道は野郎の後ろにしか無いんだ。どうにかして抜けて行くしかない。
金鎧の肩から飛び降り、同時に【仮想体】を魔王に向かって突っ込ませる。
悪いが、“剣の勇者”って言う隠れ蓑を最大限に利用させて貰う。
奴が剣の勇者だと思っている【仮想体】を突っ込ませて近接戦をさせる。気が逸れているうちに、俺は外へと脱出。
完璧なプランでしょ。
だったのに―――…
【仮想体】が魔王の5m手前で突然足を止める。
……?
俺は足を止めるような命令は出していない。
それなのに、【仮想体】が動かない。
まさか……ガジェットの六条結界みたいな効果か!?
だが、違った。
バシッと何かに弾かれるような感覚と共に、【仮想体】が俺の中に帰って来た。
あれ? と首を傾げていると。
「む? この鎧、まさか……」
立ち止まって居たオリハルコンの鎧が、独りでに動いて兜を取る。
何で動いてんだ!!? “中身”の【仮想体】は入ってねえんだぞ!?
兜を取った黄金の鎧、その内側のがらんどうを見て、「やはりか」とバグが納得したような、それで居て呆れたように呟く。
「鎧の中身が空っぽと言う事は、コイツはただの人形で―――」
ジロッと鳥の目が猫と捉え、「逃がさん」とでも言うように鳥の爪のような指で俺を指さす。
「そちらが本体だったか。コレは気付かずに失礼したな猫君?」
嘘だろ……!? 即行で正体バレた!!?
ヤバい、ヤバいって! マジでどうする!?
俺の正体を知られた以上、コイツを生かして置けば魔王の間に俺の事が広まって、話を聞いた最古の血が俺を殺しに来るぞ!
ダメだ、もう逃げる訳には行かなくなった。
コイツをここで仕留めなきゃ、それこそ俺は終わりだ。
「まさか猫が勇者だったとは」
嘴を鳴らして、楽しそうに、蔑むように大笑いする。
「コレは誰も気付かんだろう。アドレアスも、バジェットも、君に仕留められたのだろう? 正体に気付かなかったら、それは殺られるだろうさ?」
今の俺に殺れるのか? コイツの首を。
今まで勝って来たアドバンス、ガジェットの2人とは格が違う。10年前に魔王になったばかりの新米ではない。10年前の戦争を勝って生き残り、力を研鑚し続けた怪物。
いや、やれるかどうかじゃねえ! やるしかねえんだよ!
「もっとも、余にはそんなチャチな手品は通用せんがな?」
バグがヒュッと俺に向かって、ボールを投げるような動作で手を振る。
すると―――旭日の剣を持った黄金の鎧が、持っていた兜を放り出し、俺に向かって突進して来た。
【仮想体】が入って無いのに、ただの空っぽの鎧の筈なのに、異常なくらい滑らかな動き。
舐めんな! どんなトリック使ってるのか知らねえが、俺のコレクションを奪おうなんざ甘い!
旭日の剣とオリハルコンの鎧を、いつもの手順で収集箱に戻そうとした……のだが、今までに見た事ないログが瞼の裏に流れる。
『魔王スキル【支配者】の効果を受けて居るアイテムは収集箱に入れる事が出来ません』
は?
一瞬頭が真っ白になる。
だが、突っ込んで来る黄金の鎧の姿が強制的に思考を引っ張り戻す。
魔王スキルって!? マジかよ!?
信じられない事に―――信じたくないが、コイツの魔王スキルは、アイテムへの干渉が出来て、その上俺の【収集家】の支配力を上回っている!
まずい、洒落にならんって!!
頭の中で四の五の言ってる間に、兜の無い金色の鎧が目の前まで迫る。
上段から、容赦も躊躇いも無い振り下ろし。
息を止める。
【アクセルブレス】の加速によって、周囲の景色がスローになる。
振り下ろされる旭日の剣の軌道から素早く逃れた―――と思ったら、その回避路を塞ぐようにバグが走り込んで来た。
コッチは加速してるってのに、普通に走って来ている。それはつまり、コイツの速度がスロー再生しなきゃ対応出来ないくらい速いって事だ。しかも、重そうな鎧を着ててこの速度なのかよ!?
その速度のまま、低空ジャンプからの蹴り。
避け―――られない!?
対応しろ!
【仮想体】を出す。鎧を選ぶ余裕は無い。武器―――いや、盾だ!
天映の盾。
ガジェットから奪った盾の神器。
見えない体が盾でバグの飛び蹴りを受ける。
けど……アホかこのパワー!? 【仮想体】のパワーで踏ん張っても、吹っ飛ばされねえようにするのがやっとだぞ!!?
あ、いかん、息が続かん!
プハッと息を吐いた途端に世界が元通りの速度になる。
途端、黄金の鎧が握って居た旭日の剣が手からスルリと抜けだし、俺を狙って突っ込んで来る。
俺は何とか体勢を立て直したから避けられる。
しかし、バグの蹴りを受けて動けない【仮想体】は直撃するだろう。まあ、【仮想体】は攻撃受けても―――いや、ダメだ! 逃がせッ!!
【仮想体】と天映の盾を収集箱に戻す。
蹴りを受け止めて居た盾が消え、バグがトンっと地面に着地。
旭日の剣を避けて、素早く距離を取り直す。
「ほお……ただの猫と見縊って居た訳ではないが、これは中々」
クッソ、そうだよ。【仮想体】はほぼ無敵だが、収集箱から出したアイテムで攻撃されるとダメージ判定が入ってしまう。
旭日の剣は元より、オリハルコンの鎧で殴られても判定が入る。
気を付けねえとな……。
この状況で【仮想体】を使えなくなったら、本当にそこで詰みだ。
「それに、アイテムを自在に操るのか……これは面白いじゃないか」
言うと、バグは出口の方へ歩いて行き、指揮者がタクトを振り上げるように腕を振る。
すると、
――― 持ち主の居なくなった魔族達の武器が独りでに浮き上がった。
浮き上がった武器の数は17。
剣、槍、斧が空中で、俺に狙いを定めてピタリと止まる。
「似たような能力を持つ者同士、仲良く遊ぼうじゃないか」




