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5-23 ダンスホールは死の香り

 城への侵入はアッサリした物だった。

 流石に正面突破する訳にも行かず、庭園を通って空いてる窓からコソッと侵入した……のだが、何となく警備が薄い気がする。

 まあ、城主不在で、あれだけの戦力を引っ張って行ったなら、人手不足で警備が薄くなるのも当たり前か。

 城に入ると、俺達は二手に分かれて移動を始めたのだが、分かれる時にビッチさんが妙に真剣な顔で俺に言った言葉が頭の中で引っ掛かって居た。


「ヤバいと思ったら、俺の事は気にせず逃げろ」


 今までにない程の真剣な言葉に、思わず【仮想体】共々頷いてしまった

 とは言え、「ヤバいと思ったら」って、そんな危険を感じるような事は何も無かった。

 そもそも、ビッチさんと離れるや否や【仮想体】を消して猫1匹で移動しているので、見回りをしている魔族に見つかるような危険性は少ない。

 【隠形】と魔眼の合わせ技を見破れるような奴は流石に見回りの中には居ない。

 安全かつ(すみ)やかに廊下を走り抜け、(はな)れに在るらしいダンスホールを目指す。


 数えて7回魔族と擦れ違った後、ようやくダンスホールの入口に到着。

 豪奢な作りの……小市民の目にはあまり宜しく無い輝かんばかりのドーム状の建物。

 ダンスホールなんて、社交ダンスをやってる人でもない限り、普通は入る機会なんてねえよなぁ……。

 流石に都合良く空いてる窓なんて無いか……って言うか、そもそも窓がねえし……。

 仕方ない、真正面から「御免下さい」するか。

 クンクンっと鼻を澄ませる。

 よし、トラップ系の魔法の気配はねえな。

 【魔王】の特性に蓄積された経験値はこう言う時は信用出来る。

 次に【バードアイ】を中に飛ばす。

 中には……誰も居ねえな、ヨシ!

 誰も居ないなら【仮想体】出しっぱでも良いか。

 改めてオリハルコンの鎧一式と旭日の剣を持たせて扉を開けさせる。

 滑り込むように素早く中に入って両開きの扉を閉める。


 ふぇぇ……天井むっさ高……。

 魔族連中がここを使って居る様子は無く、施設として整備されている様子は無いが、掃除はされているらしく埃は積もって居ない。

 さってさて、ビッチさんの話によるとここの何処(どこ)かに隠し部屋だか隠し通路だかが有るらしいんだが……何処かしらっと。

 とりあえず【仮想体】の肩に乗っかって壁沿いに歩き、何かボタンのような物や仕掛けになりそうな物を探してみる―――が、一周(ひとまわ)りしても何も見つからない。

 うーん……? どう言うこっちゃ?

 壁じゃなくて、床や天井に仕掛けが有るのかなぁ?

 まあ、隠し部屋の定番は地下室だし、床の可能性は有り得るか。

 ヒョイッと【仮想体】から降りて、金色の鎧と一緒にダンスホールの床を眺めながらウロウロと歩く。

 そして……


 やっぱり、何もねえじゃねえかッ!!!!!


 何、どう言う事? ビッチさんが持ってた情報が間違ってた? もしくはビッチさんが俺に嘘の情報を渡した?

 ともかく、このダンスホールは完全に“白”だ。何も隠してる物も場所も無い。

 そもそも、人が多く出入りするような場所に隠し部屋を作るって点で、俺は始めっから疑問が有ったんだよ、もぉ!

 諦めてダンスホールから出ようと、たった1つの扉に足を向けようとした時、


――― ヤバい臭いが近付いて来た。


 鼻を澄ます必要も無い程の強い臭い。

 全身の毛穴が開いて汗が噴き出す。

 知らず呼吸が浅くなって息苦しさで喉の奥が痛くなる。

 知ってる。

 この臭いは何度も嗅いで来た。

 “魔王”の発する、最高にヤバい臭いだ。

 その時、バンっと勢い良く扉が開かれ、大量の魔族がダンスホールに雪崩れ込んで来る。

 俺を奥へと追いやり、入口を固めるように並ぶ、鎧兜と武器で完全武装の魔族達。

 その隊列の真ん中が割れ、一際目立つ青い鎧に身を包んだ……青と緑の羽の……鳥? が、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら、俺を―――と言うか【仮想体】を見据えながらダンスホールに入って来る。

 臭いの発生源は、この鳥か!

 って事は、この鳥が―――


「ようこそ剣の勇者君、君が来るのを今か今かと待っていたよ? ああ、そうだ自己紹介をしよう。余が、この国を支配する魔王、バグリース=ガパーシャ・ライン・Hである」


 ですよねぇ! やっぱり、この鳥が魔王ですよねぇ!!

 おいっ、ちょっと待て! 魔王は“剣の勇者”を倒しに馬車に乗ってこの城から離れたんちゃうんかい!!

 そこで―――あの馬車を見た時の違和感に気付く。

 ああ、クソ、そうか! あの時に感じた違和感は、この臭いだ。あの馬車からは、魔王のヤバい臭いがしなかった。

 もっと早く気付くべきだった。あの馬車は、ただのブラフだって事に……!


 ヤバい、ヤバいって―――!!


 今回は対魔王の準備なんて、全然してねえぞ!?

 だって、戦う予定なんて無かったじゃん!!

 魔王バグなんたらの前情報は、コイツが10年前の戦争で生き残った帰還組であるッて事。それと、クリムゾンジャイアントを従える程の強者だって事。

 戦う為の情報としては少な過ぎる。

 ガジェットの時とは状況が違う。コッチが先手を取ってアドバンテージを握れる状況じゃない。完全に後手に回って居る。


「どうしたのかね? 余の大いなる力に恐れ(おのの)き声も出んのか? そうでないのならば、余の前で名乗る事を許すぞ?」


 名乗りたくても名乗れません。

 喋れねえし、名乗るべきちゃんとした名前もねえし……。まあ、レティのくれた“ブラウン”って名前が有るけど、これを名乗ると俺の正体バレの可能性があるので絶対名乗らんけど……。


「ふむ、名乗るつもりは無い……か。名も無き勇者として散るのも、また良かろう」


 ともかく、コイツとの戦闘は回避だ。

 ダンスホールには何も無いから、ここにも用は無い。さっさと逃げさせて貰うぜ?


転移魔法(テレポート)


 転移でここから離脱―――しようとした途端。

 収集箱から取り出した【転移魔法(テレポート)】がバシュンッと小さな音をたてて無効化された。


「ミ?」


 は?

 なんだ、今の? 発動の失敗……じゃねえ!? ちゃんと体がゴリッと疲れてるって事は、発動に必要なMPが消費されたって事だ。

 って事は、どう言う事だ?

 発動した瞬間に、魔法の効果が無効にされた?

 内心焦る俺の思考を受けて、【仮想体】も焦ったように両手を不自然に動かしたりしている。

 それを見て、バグなんたら……ええっと、昆虫(バグ)が嘴をカタカタと鳴らしながら笑う。


「今、発動しようとしたのは転移術式かな? 悪いが、君がそれを使う事は想定済みだ。余の城の中は、全て【転移無効(アンチポータル)】の力で包ませて貰った。魔王を前に勇者が転移で逃げるなど、興醒めだろう?」


 嘘だろ……。

 くっそ! マジかよ。転移で逃げられなかったばかりか、その分のMPを無駄に支払って自分の首を絞める結果になってしまった。

 今の俺に使える転移は1日1回。例え、転移を無効にする効果を外せたとしても、もう転移は使えない。

 だとすれば、逃げ道は魔王の後ろの扉だけ……。


「【転移無効(アンチポータル)】の力を持つ者が居なかったので、急遽その力を持つ魔道具を部下に用意させたのだが……部下が死に物狂いで探して来た甲斐はあったようだな? もっとも、その優秀な部下達は既にこの世には居ないがね」


 効果抜群どころか、コッチは既に詰む寸前だ馬鹿野郎……!!

 そもそも、なんでこんな状況になってんだっつうの!!

 魔王は城からでてたんじゃねえのかよ……?

 もしかして、コッチの策が読まれてたってか? いや、そうじゃなきゃ、こんなにスムーズに俺を詰みに持って行ける訳ねえ。明らかにコレは準備されていた流れだ。

 ふと、城に忍び込む前に見せたビッチさんの真剣な顔が浮かぶ。そして、その時言われたセリフも。


『ヤバいと思ったら、俺の事は気にせず逃げろ』


 アレは、もしかしてこの状況を始めから想定して居たからじゃねえのか?

 それに、ここ、ダンスホール。

 逃げ道が1つしか無い閉ざされた空間。

 ここに俺を来るように言ったのは誰だった?

 だが、ここにはお宝も、隠し部屋も、何も無かった。

 つまり―――偽の情報。

 ああ、クッソが! そう言う事かよ……!

 答えは1つだった。


――― あの野郎、嵌めやがったなッ!!?


 始めから、魔王が城に居ようが居まいが、どっちでも良かったんだ。

 俺を撒き餌としてダンスホールに行かせ、魔王がそこに喰いついたら城の警備は手薄になる。そうなればあの野郎は自由に動き回って泥棒し放題だ。

 あのニューハーフ……!! 次に会ったら、絶対(ぜってぇ)ぶち殺す!!


「さあ、遊ぼうか?」


 バグが言う。


 問題なのは、あのクソッ垂れと次に会うまで、俺が生きて居られるかどうかって事だ。


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