5-22 ルクレール城
まだ陽の昇らない、早朝とも呼べない深夜。
俺とビッチさんの2人は、帝都ルクレールを目指して森の木々と闇の中に紛れて走って居た。まあ、実際に走って居るのは俺じゃ無くて【仮想体】ですけどね……。
【仮想体】の全力疾走は相当速い。今の【仮想体】の身体能力なら、時速100km以上の速度が出せる……筈だ、多分。試した事はないが。
流石に他人と足並み揃える時にそんな速度は出せない―――のだが、この人……死ぬ程足早くない?
俺……ってか、【仮想体】は全力では無いにしても、そこそこの速度で走って居るのに、ビッチさんは汗1つ流さずに平気な顔で先導役として前を走って居る。
人としては、明らかに規格外。
勇者の力。
それもただの勇者では無い。召喚された際の神の加護を受けた事で、普通の勇者よりも圧倒的に高いアドバンテージを持っている勇者だ。
戦闘は専門じゃないとか言ってたくせに、この速度が有ればそこらの魔族なんて秒殺だろう。
後ろ姿を眺めながらそんな事を考えていると、前を走って居たビッチさんが、片手を俺の方に向けて、もう片方の手で唇に指を当てる。
その意味するところは、「静かに止まれ」って事だ。
指示に従い、速度をゆるめながら、【隠形】で【仮想体】とビッチさんの音と気配を周囲から隠す。
立ち止まるや否や、ビッチさんが黄金の鎧を掴んで下に引っ張ってしゃがませる。
「あれ、見てみろ」
顎でクイッと街道の方を見るように促してくる。
街道の方を見ると、100人近い魔族がぞろぞろと完全武装で歩いて居た。
その魔族達に守られるように進む、やたらと豪奢な作りの馬車。
「お前を殺す為に出張って来た魔王の軍勢だ」
………そう、なのか?
なんだろう?
自分でも理由の分からない疑問。
いつもだったら、アレが「魔王の軍だ」と言われれば、「そう言う物なのか」と納得して呑み込むのだが、何かが引っ掛かった……様な気がする。
「あの、やたらと豪華な馬車の中に魔王バグリースが居る」
うん、多分そうなんだろうな。
引っ掛かった何かを掴めぬまま、頷いてしまう。
「予定通りに魔王が城を離れてくれたな? 連中が町に着いたら、お前が居ない事がすぐにバレて引き返して来るかもしれん。少し急ぐぞ」
魔族の目に止まらぬように、森の奥へと身を隠しながら、今までより2割増しの速度で目的の城を目指す。
結局、俺が何に引っ掛かったのかは分からぬまま、城へと突き進む事になった。
* * *
俺とビッチさんの懸命なマラソンの甲斐があって、陽が昇る前にルクレール城に辿り着いた。
ガジェットの城に比べて、やたらと外観からして綺麗だ。
庭園も丁寧に世話をされているのか、綺麗な花達が花弁を閉じて陽が昇るのを今か今かと待っている。
まあ、城を綺麗にしているのは、多分奴隷になってる人間達だな。
魔族連中はヘドロ塗れの汚部屋でも気にせず暮らせるくらい清潔感が欠如しているし、こんな小奇麗にしている訳が無い。
「さて、いよいよ城に侵入する訳だが―――」
1度言葉を切って、【仮想体】の顔をジッと見る。
「本当に良いのか? 城に忍び込むのはあくまで俺の個人的な事情だ。お前が無理に付き合う必要は無い。魔王を城から引き摺り出す事に協力してくれただけでも、コッチとしては十分過ぎるしな?」
ここまで来て、それ言います?
確かに、俺には直接的にこの城に忍び込む理由は無い。
だが、魔王を倒すたびに俺の居場所が魔王のみならず魔族にも知られる以上、強くなるペースを上げるに越した事は無い。
本来なら魔王を倒してから、神器やらレアなアイテムやらを根こそぎ奪うところだが、今回は魔王を倒せない可能性が高いので、そのタスクは省略する。
アイテム収集は俺が強くなる為の最短の道だ。
魔王から貰える物は貰う。奪えるのなら奪う。それだけの事だ。
「問題無い」と思考で返す。
「……分かった。ただ、ここから先は別行動だ」
あれ? そうなの?
「お前の思考は読み辛いから、お前が何を目的として城に入ろうとしているのかは分からないが、俺と同じように何かを探す為に入ろうとしているのは分かる」
はい、仰る通り。
まあ、何かを探してるって言うか、レアな物なら何でも欲しいんだけどね?
「ここから先は、魔王バグリースが帰って来るまでの時間との勝負だ。固まって探すより、お互い別々に探した方が効率的だろ?」
そらそーね、うん。
「目的地は2つ。1つは当然宝物庫、もう1つはダンスホールの奥に隠し部屋が有るって話だ。多分宝物庫に比べれば、使われていないらしいダンスホールの方は警戒が薄い、お前はそっちに向かえ」
え? 良いの?
アンタの事だから、絶対危ない方に俺を向かわせると思ったのに……。ちょっと以外で驚いてしまった。
「リスクの高い方を担当するのは、誘った側の責任って奴だ。一応な?」
このビッチさんに、そんな殊勝な心が残って居たなんて……。
俺はこの人を誤解していたのかもしれない。
もっと自己中で、責任なんて窓からぶん投げて「え? そんなのありましたっけ?」と当然のように言うような人だと思っていた。
魔王の城。
城主の魔王が不在であっても、その危険度は半端じゃない。
そこに侵入する際に敢えてリスクを負うってのは、相当な覚悟と勇気が必要だ。
俺が心の中で感心していると、ビッチさんの瞳に微かに……ほんの微かに憐みと悲しみが浮かぶ。
………?
それが何を意味するのかは俺には分からなかった。
しかし、その答えを考えている間に、ビッチさんの瞳はいつもの何を考えてるのか分からない糸目に戻った。
「そうだ。お前にスキルを1つ渡しておく」
言うと、短剣の神器を抜き、俺……【仮想体】にも旭日の剣を抜くように促す。
言われるままに剣を抜く。
なんでそんなに素直に言う事聞くのって? だってスキル欲しいもん。
ビッチさんの短剣と、【仮想体】の持つ旭日の剣の刀身をコンッと当てる。
「“共鳴”」
キィンっと耳鳴りのような音が響き、神器の放っているオーラの一部が溶けあうように色が混ざる。
『派生スキル【空間機動】が譲渡されました』
アザーッス。
俺も「何か返した方が良いか?」とも考えたが、やり方も分からないし、下手に俺の手の内見せるのもアレじゃない? と思って結局止めた。
『【空間機動】
空間に足場を作成・設置する事が出来ます。ただし、作成・設置した足場は自分以外は触れる事が出来ません。
足場を連続で作成・設置すると消費魔力が乗算されます。地面に足を付ける事で乗算された値がリセットされます』
お、お、これは、とても良い物じゃない?
空中で自由に動けるって事でしょ? 自力で空飛んでるような奴等には敵わないだろうけど、制空権を奪えるなら遠距離攻撃持ってる奴なら相当強いでしょ?
「もしかしたら、後で渡せなくなるかもしれないから、仕事手伝って貰った報酬って事で」
あら、律義。
こう言うギブアンドテイクがしっかりしてる人は良い。仕事相手としても、友人としても信用出来る。
……まあ、人格の好き嫌いはまったく別の話しだけど……。
けど、「後で渡せなくなるかも」って、若干死亡フラグ臭くない? 大丈夫? これがお別れとかってオチにならない?
「さて―――」
短剣を背腰の鞘に戻すと、ビッチさんが城門を睨む。
「それじゃ、行くぞ」
そして、俺達は城へと侵入した。
いや……侵入してしまった。




