5-21 それぞれの思惑
剣の勇者がクリムゾンジャイアントと戦った町から程なく離れた森の中。
シルフはそこで、双子と会って居た。
銀色の髪の、パッと見では見分けのつかないまったく同じ顔の2人の少女。
2人共星の輝きのような美貌を持っているが、少女らしい輝きはなく、2人共闇に溶けるような地味な色の服装で、どこか影のある雰囲気をしている。
その腰には、少女に似つかわしく無い細剣が帯びられている。右の娘には白い剣。左の娘には黒い剣。
色違いの同じ剣。
鞘に収まって居ても、刀身から青白いオーラが立ち昇っている。
「今回は、随分早かったな?」
「元々私達は」「近くに居ましたから」
シルフの顔が少しだけ歪む。
2人が近くに居た理由は分かっている。
恐らく―――自分の見張りだ。
目の前の双子は、自分が七色教会を裏切るのではないかと危惧しているのだ。
七色教の連中……いや、少なくてもこの双子に指示を出している教父はシルフの事を信用していないらしい。
一応表向きは七色教に従順な振りはしていたが、この双子の目と鼻は誤魔化せなかったらしい。
だが、コチラが“警戒されている事”に気付いたと分かれば、行動を制限されかねない。あくまで従順な犬を演じ続ける事にした。
「もしかして、剣の勇者の戦いも見てたのか? 俺は隠れていて見て居ないが……」
「ええ」
「はい」
「あれは人間の域を」「超越した強さ」「野放しにすれば」「教父の障害となりえる存在」「排除する事も」「視野に入れる必要があります」
シルフは内心で笑う。
今までは「剣の勇者を観察して報告しろ」程度の事だったのに、終に排除を口にするところまで来たらしい。
七色教会の教父にとっては、教会の手を離れて居る勇者の存在は邪魔で仕方ないというのは前々から知っていたが。
本来は神の教えを説くのが役目だと言うのに、どこをどう間違って、世界を救う可能性が最も高い今代の剣の勇者を「排除する」なんて事になるのか。
心の中で笑うと同時に呆れる。
「ですが、あれは勇者」
「そう、あれは勇者」
「人を守る為の戦いをする者」
「人の道を創る為の戦いをする者」
剣の勇者とクリムゾンジャイアントの戦いを双子は見て居た。
その際、剣の勇者はしきりに周りの住民の様子を気にするように辺りを見回していた。
クリムゾンジャイアントは強敵だ。
傍目には剣の勇者はあっさり勝利したように見えるが、攻防の中で危なく見える場面もあった。
剣の勇者とクリムゾンジャイアントの力は、かなり拮抗していたと双子は見抜いていた。にも関わらず、自分の危険が増す事も覚悟の上で剣の勇者は住民を守ろうとしていた。
双子だって阿呆ではない。
そして、普通の人間達と同じように、魔族の手から世界と人類が解放される日を夢見て居る。
その為の最短の道を示しているのが、剣の勇者だと理解している。
そんな2人の迷いを読んだように、シルフが双子に問い掛ける。
「じゃあ、止めるか?」
「いいえ」
「いいえ」
揃って即答だった。
本当は迷いなんて無かったんじゃないかとシルフが思ってしまう程の即答。
「教父が求めているのです」
「教父の言葉は絶対です」
訊くまでも無い質問だった。
この双子は教父の忠実な犬だ。例え一時何かに迷う時があろうとも、教父に「やれ」と言われれば、世界を支配する魔王だろうが、世界を救う救世主だろうが、迷わず剣を向ける。そう言う2人なのだ。
そんな双子の姿を憐れみと呆れの目で見る。が、変に勘ぐられても困ると冷静さを取り戻し無表情の顔と視線を作る。
「では、作戦は今まで通り……と言う事で良いな?」
「問題ありません」
「問題ありません」
「それと……コレは作戦とは関係ないが、あの町の住人達が町から離れた。助けてやる事は可能か?」
「救いを求めるのならば」「七色教は何人も見捨てはしません」
双子がどんな方法で助けるつもりかは知らないが、少なくても「七色教」の名を出した以上は下手な真似はしない。
(剣の勇者との約束は、一応果たせそうだ……)
シルフは外に出さないように安堵の息を吐いた。
* * *
エルギス帝国帝都ルクレール。
その象徴たるルクレール城―――かつては、国を治める皇帝の城だったが、10年前の敗北より、この城の主は魔王の1人であるバグリース=ガパーシャ・ライン・Hである。
青と緑の羽に覆われた、人サイズの鳥にしか見えない魔族。
その鳥こそが、魔王バグリースであった。
煌びやかな私室で、宝石や黄金の散りばめられた成金趣味の豪奢な椅子に腰かけ、出先から戻って来た部下達の報告を聞いて居た。
目の前の部下達には、バグリースのペットであるクリムゾンジャイアントの世話を申しつけてあった。
魔物が大量発生する西の大陸ならいざ知らず、東の大陸では見る事も珍しい凶悪で強大な魔物、それがクリムゾンジャイアント。
その堂々とした異形の姿を一目で気に入り、バグリースはペットにした。
とは言っても、話はそう簡単では無かった。
魔物にとっては、魔族も人と同じく食料でしかないからだ。
だからこそ、最初に上下関係を力で分からせた。
2度と自身に歯向かう意思なぞ持たせないよう、何度も何度も半殺しにした。半殺しにしては治癒魔法で回復させ、途端にまたボロボロのボロ雑巾になるまで痛めつける。
そんな事を30回程繰り返して、恐怖と主従関係を嫌という程刷り込み、その後魔族を襲わないように調教し、たまに殴り合いに付き合ったりじゃれ合ったりして、それなりに可愛がっていた―――のだが。
「殺られた……だと?」
バグリースの問い返しに、魔族達は頭を下げたままビクッと肩を震わせる。
「余のクリムゾンジャイアントが、剣の勇者に殺された、と?」
同じ事を2度問われ、魔族達は体を小刻みに震わせる。
恐怖だった。
魔王の中でも、取り分けバグリースは完璧主義者な面が強い。故に、失敗をした者は問答無用で切るし、必要ならばどれだけの部下の首も落とす。そう言う魔王だ。
「も、申し訳ございません!!」
床に頭を擦りつける勢いで謝る。
だが、どれだけ謝罪の言葉を並べても魔王の気配が揺らぐ事は無い。
怒り―――とは違う。
伝わって来るのは若干の不快感と、それを上回る警戒心。
クリムゾンジャイアントが殺された事に不快感は感じているが、それ以上にそれをやってのけた剣の勇者への警戒心が上回っていると言う事だろう。
「謝罪は良い。それよりも、剣の勇者の戦いでどのような手を使ったのか説明してみたまえ」
「はっ! スピード、パワーはクリムゾンジャイアントと同等かそれ以上でした。それと魔法剣のような技を使うようです」
「魔力量は相当な物です。クリムゾンジャイアントの火球を水で押し流したりしていましたし」
「あっ、それとかなり攻撃能力の高い天術も保有しているようです。肉体だけを消滅させる白い炎の天術から、下級の攻撃天術も使っていました」
「何より、剣の勇者は転移術式の使い手のようです」
「ふむ……」
転移術式云々については特に驚きは無い。
元々剣の勇者の情報収集は怠って居ない。魔王が討たれて解放された国に部下を走らせて色々情報は集めさせている。
その報告の中に「転移術式を使用する」と言う言葉を何度か聞いた。
頭の中で情報を纏める。
単純な身体能力はクリムゾンジャイアント並みかそれ以上。
魔力量は上限が見えて居ないが、少なくてもペットの火球を消せる程度の魔力量は有る。と言う事は、新参の魔王と同等くらいには見積もっておいた方が良いだろう。
豊富な天術は有る程度耐性効果のある装備や魔法で固めればどうとでもなる。それに、事前情報では剣の勇者は魔法も使うと言う報告もあった。こちらへの警戒も必要だ。
魔法剣紛いの力と言うのも気になる。
そして転移術式の使い手。
「なるほど、確かに人間としては恐るべきスペックじゃないか」
本当は人間ではなく半魔である事は予想しているが、そんな事は一々言わない。
アドレアスとバジェットを屠った剣の勇者の力は本物だ。
戦えばバグリースの勝利は確実。だが、完璧主義者の彼はそれで満足しない。
「色々準備が必要だねぇ」
それに今後の動きも考えなければならない
剣の勇者を始末するのは決定事項だ。だが、どうにも腑に落ちない。
バジェットを倒したのが剣の勇者である事は確実。だが、ツヴァルグ王国内での奴は、その正体をひた隠しにしていたではないか。
バグリースは、自分の命を狙いに来るのならば、バジェット同様に闇と影に紛れるようにして近付いて来るのかと予想していたのだが……まるでバグリースを挑発するように姿を見せているのがどうにも怪しい。
ふと、近頃国内を賑わせている魔道具泥棒の噂を思い出す。
――― 泥棒の正体は、勇者の1人。
もし仮にその噂が本当で、その泥棒勇者と剣の勇者が合流していたとしたら?
近頃は泥棒騒ぎが大人しいのも、その考えに至った理由の1つだ。
勇者2人が合流し、何か行動を起こす準備に忙しかったから……だとしたら。
(狙いは、この城にある魔道具か?)
それであるのなら、わざわざ姿を見せてクリムゾンジャイアントを倒して見せたのも、部下の魔族を全滅させずに逃がしたのも頷ける。
勇者たちの狙いは、バグリースを挑発してこの城から誘い出す為だ。
「ふむふむ、だとすれば、余が自ら出向かずとも、奴……いや、“奴等”の方から会いに来てくれそうじゃないか?」
出迎えの準備が必要だ。
盛大な出迎え。
勇者の最後を飾るに相応しい、煌びやかで、残酷で、絶望的な出迎えの準備が。
「お前達、余は慈悲深い。もう1度チャンスをやる」
「はっ、あ、ありがとうございます!!!」
「今から言う物を大至急集めて来い」
命令を出し終えると、椅子に背を預けながら、嘴をカタカタと鳴らしてバグリースは笑う。
「さあ、かかって来い勇者共―――!!」
部屋の中には、いつまでも笑い声だけが響いて居た。




