5-18 クレーマーの対処は業務外です
首が飛ぶ。
花火のように空中で真っ赤で生暖かい、大量の血を撒き散らす。
恐竜のような、若干グロテスクで怖めの顔。
だが、胴体から離れれば、所詮ただの肉塊だ。
我ながら見事な頭落とし。
ええ、自画自賛ですよ? それが何か?
糸が切れた人形のように残った胴体から力が抜け、【仮想体】が噴水のように噴き出す血を浴びながら地面に降りる。
そして、先に空中を泳いでいた猫とほぼ同時に着地。
薄く張っていた水がバシャッと跳ねて猫と【仮想体】の足元を濡らす。
………分かってたけど、濡れるのむっちゃ不快……。
地面の水……人だと気にしない程度だろうけど、子猫の俺だと体の下半分グッショリなんですよ……。
誰だよこの町をこんなに水浸しにしたバカは。はい、俺でーす!
……魔王の魔力で天術使えばこうなる事も想像できただろうに俺……。
今度からはもうちょっと考えてから使おうな俺。
「ば、馬鹿な……!? く、クリムゾンジャイアントが、こんなにアッサリやられるなんて……」「これが今代の剣の勇者……か!?」「クッ、コイツ……ヤバいぞ! すぐに魔王様にお知らせしなければ!!」「そ、そうだな!」「急ぐぞ!」
チラチラと【仮想体】が自分達を追って動き出さないか確認しながら、慌てて町から出て行く魔族達。
「ミィ……」
ふぅ……。
これで一応、当初の目的達成っと。
残ったのは、血塗れの【仮想体】と体半分水に浸かって居る子猫の俺、そして怯えているのか、それとも希望を抱いているのか、いまいち判断に困る顔で金色の鎧を見て居る痩せ細った住人達。
……どっちかと言えばビビってる気がする……。
まあ、巨大な人食いの化物を、特に苦戦する事も無く首吹っ飛ばしたからね。その上、その返り血で真っ赤になってるし。
とりあえず返り血は落としておこう。
旭日の剣に付与していた水の属性を解除し、ついている血を軽く血振りして落とし、どこからともなく出した(収集箱から出した)布で水気をとって皮の鞘に戻す。
さて、今度は鎧だな。
【スプラッシュ】
【仮想体】に向けて天術を放つ。
威力を限界まで削ぎ落し、若干勢いの強い水鉄砲くらいにする。
バシャバシャと返り血をさっと流す。
よし、綺麗になった。
こんな手間かけなくても、一旦収集箱に戻せば血は取れるんだけどなぁ……まあ、流石にそれをやると不自然過ぎるから、人前ではやらんけども。
「ゆ、勇者様……」
びしょ濡れになった金ぴか鎧に1人の女性が近付いて来た。
あれは確か、クリムゾンジャイアントに食われかけてた人か。
「ど、どうぞ、お使い下さい」
乾いた布を差し出される。
結構ボロボロの布だが、この国の人間達の扱いを考えれば、多分この布も持ち物の中で1番上等な物を出してくれたのだろうと窺い知れる。
「ありがとう」とは口では言えないので、とりあえずペコっと頭を下げて受け取る。
手早く布で鎧の水気を拭いていると―――
「な、なんて事してくれたんだ!!」
ぁん?
若干ヤンキーっぽい感じで声のした方向を見ると、住民達が羊の群れのように集まってコチラを睨んで居た。
「町を支配する魔族を殺したばかりか、魔王様のペットまで手にかけて! もう、この町は御終いじゃないか!!」
さっきまでは少しは希望を抱いた顔をしていたのに、今の事態に先に何が起こるのか理解して、また絶望の穴に落ちたらしい。
「勇者が、何も事情も知らずに勝手な事をするなよ!!」
「そうだそうだ! そもそも、お前等勇者が10年前に勝って居れば、こんな事になってなかったのに!!」
「お前のせいだ!」
「そうだ、お前等勇者のせいで俺達はこんな目にあってるんだ!!」
「お前のせいで、この町はもう終わりだよ!!」
いや、知らねえよ。
俺、別に勇者じゃねえし。
10年前の戦争に俺が参加してたんなら、まあ、その文句の一部は受け取っても良いが、そっちも俺無関係やし。
この町が終わりなのは……まあ、はい、スンマセン。
でも、言わせて貰えば、俺が飛び込んで恐竜頭を殺して居なければ、アンタ等全員今頃アイツの腹の中よ?
「なんとか言ったらどうなんだ!」
なんも言えねえ。
いや、返す言葉が無いんじゃなくて、喋れねえんだよ俺。
ま、やるべき事はやったし、シルフさんの所に戻るか。
この町は……まあ、一応シルフさんに相談してみるか? このまま放置すると、剣の勇者にペットを殺されて、顔真っ赤にしたこの国の魔王に滅ぼされちゃうし。
罵声を浴びせられながら町を出る。
まあ、でも、別に気にしないし、精神的なダメージも受けない。
……いや、俺の神経が図太い訳じゃなくて、そのほとんどが勇者に向けられたものである為、勇者じゃない俺はノーダメージだってだけの話よ。
むしろ「勇者じゃなくてスンマセンねぇ」って、申し訳ない気持ちになっている。
* * *
町を出て、先程隠れて居た場所に行くと、シルフさんは変わらずその場所で身を小さくしていた。
「終わったよ」と短く報告する。……まあ、報告つっても、俺が考えた事を相手に読んで貰うんだけども……。
「……倒したんだな? あの人食いの化物を?」
うん。
まあ、苦戦する程の相手じゃなかったね?
魔王のように何かヤバい能力を持ってる訳でも、飛び抜けた何かを持ってる訳でもない……ああ、まあ、一応防御力ってか、あの硬さだけは厄介だったけど、それだけだ。
俺は力技であの防御力を抜いてしまったが、他にも対処法は有った。
例えば、あの大きな口の中に魔法や天術をぶち込むとか、弱体化の術を重ね掛けして物理打撃を通せるようにするとか。
あの異形の見た目の恐ろしさにビビって思考を鈍らされなければ、別に怖くない。多分、アザリア辺りでも事前準備ガッチガチにすれば勝てるんじゃない?
「お前……凄いな?」
いや、別に。
普通……ではないけど、そこまで自慢する程の事でも無い。
勇者の能力値アベレージがどれくらいか知らないが、俺の見立てではこの人の能力はアザリアより上だ。
だったら、この人でもクリムゾンジャイアントは倒せた……と思う。
「そっちじゃなくて……いや、そっちもだけどさ……」
少し青白い顔をしながら、どこを見て居るのか定まらないボンヤリとした目で、金色の鎧を纏う【仮想体】を見る。
そっちじゃないなら、どっちやねん。
「アレ……」
町の方を指さす。
未だ、住民達が勇者への恨み事を吐いている。
……なんか、もう既に今まで魔族達に溜まってた鬱憤を勇者への悪口で発散してないあの人達?
「お前、なんで平気なの?」
え? だって俺勇者ちゃうし。とは流石に言えないので、この思考は閉じて隠す。
「俺は正直、アイツ等に『じゃあ、お前等が戦えよ』って言ってやりたいよ……」
そう言って膝を抱えて顔を埋める。
思考を読まなくても分かる。
そう言う事を考えてる自分を自己嫌悪してて、それでもその考えを止めらない事に苛立っている。
勇者としての責務を諦めてるって感じの事を言ってた割に、心の底では勇者でありたいって思ってるのかな? まあ、そこを突っ込んで訊くのはマナー違反だ。
膝から顔を上げずに、どこか妬むような、それでいてどこか羨むような言葉が向けられる。
「お前、本当になんなの? ……強くて、聡明で、優しくて、いざという時は飛び込んでいける無謀さと勇気もある」
……それ別人じゃん?
どれ1つとして俺に当て嵌まって無いんだけど……。っつか、アザリア慰めた時にも同じ事思ってたな俺……。
なんで、勇者達からの評価が異常に高いのかしら?
そんな評価上げるような事してましたっけ俺?
「勇気ある者……心のどこかで、その肩書を馬鹿にしてた。でも、お前を見てると、そんな自分が馬鹿馬鹿しくなる。お前なら、もしかして本当に世界を人間の手に取り戻してくれるんじゃないかって……そんな期待をしてしまう」
それは、多分気のせいです。
だって、俺勇者じゃねえし。ただのハズレガチャの猫ですし。




