5-17 強き者
こちとら、格上との戦闘経験値ならかなりの物だ。
硬い敵と言えば、つい最近倒したばかりのガジェットの事が思い浮かぶが、コイツがアレよりヤバい相手だとは思わない。なんたって、コイツは所詮ただの魔物であって、凶悪な魔王スキルを振り回して来るような事もねえからな。
俺が目の前の恐竜頭と魔王を比べて居ると、それを読んだかの如く生き残った(残した)魔族達が勝ち誇って叫ぶ。
「ハハハッ、お前は終わりだぞ剣の勇者!」
「そうだ、なんたってクリムゾンジャイアントは貴様等人間が大好物!」
「そのうえ、聞いて驚け! クリムゾンジャイアントは、過去に魔王を食った記録さえ残っている程の凶悪な強さなんだ!」
マジか。
魔物に食われる馬鹿な魔王が過去に居た事に驚く。
多分だが、その魔王は魔王になりたての卵だったんじゃねえの? だとすれば、魔王スキルも当然持ってないし、能力値だって強めの魔族に毛が生えた程度だったろうし。
だが、まあ、ご忠告どうも。
少なくても、この恐竜頭はそれなりに強いって事は分かった。
「しかも、だ! コイツは我等の王バグリース様が直々に可愛がって育てた優良種だ! そこらを歩いて居る雑種と一緒にするなよ!!」
魔王のお気に入りのペットって訳ね。
優良種って事は個体値が高いって事? まあ、言うところの血統書付きとか思っとけば良いや。
でも、魔王が可愛がってたって事は、コイツをぶち殺せば魔王が顔真っ赤にして城から出て来てくれそうじゃん? コッチとしては望むところだ。
後の問題は、コイツを俺が倒せるかどうかって事だが……まあ、多分なんとかなる。
一当てする前までは若干ビビって居たが、実際に剣を向けた感触ではそこまでビビる相手ではない。
防御力が高いのは厄介だが、そんな物ガジェットの時に嫌という程味わったし。
パワーは有るっぽいけど、アビスの2割のパンチに比べればどうという事はない。
スピードは図体のでかさに反して早いし、機敏に動くらしいが、やっぱりアビスの2割の“見えない速度”に比べれば子供騙しだ。
「はははっ、勇者の奴本気で戦うみたいだぜぇ!」
「美味しく食われてクリムゾンジャイアントのおやつになりなあ!!」
ならねえよボケぇ。
っつか、魔族や住人が居なければデッドエンドハートで瞬殺出来んのに……。人が見て居る所で使うと情報が漏れて“初見殺し”の効果が薄くなるからな……。
そうじゃなくても、魔族も人間もぶっちゃけ邪魔だっつーのに……。
おれのそんな思考を受けて、【仮想体】が周囲の住民達を見る。
クリムゾンジャイアントが口を大きく開ける。
また、そのまま突っ込んで来るのかと思ったら、口の奥でチカッと赤い光が見えた。
次の瞬間、巨大な口から吐き出される、
――― 火球。
うぉッ!? そんな攻撃もしてくんの!?
避けようとして、猫と【仮想体】の背後には住人達……流石に避けるのはまずいよねぇ……。
直撃食らったら熱そうだなぁ……。
【仮想体】はともかく、子猫の体じゃ普通に即死しそうだし。
反属性で打ち消せねえかな?
【スプラッシュ】
金ぴかの腕から放たれる水。
この天術を収集した時は、巨大な水鉄砲みたいな天術だった。俺が放ってもそんな感じの物になるんだろうなぁ、と思っていたのだが……
――― 濁流だった。
ダムの堰を切ったような、巨大な水のうねりが【仮想体】の腕から流れ出る。
だが、水は周囲に広がる事無く、真っ赤な恐竜頭に向かって一直線に流れる。
生み出された膨大な量の水が、クリムゾンジャイアントの口から放たれた火球を呑み込み、押し流し、消し去る。
巨大な流れはそれだけでは止まらず、クリムゾンジャイアントの巨体すら流れに呑みこんで、背後にあった大木にその体を叩き付ける。
「ごギャッ!!」
大木を圧し折る程の衝撃。
それと共に、【仮想体】の腕から流れ出て居た水が止まり、生み出された水が周囲に広がって、町の半分程を水溜りにする。
……なんか、予想以上に水がたっぷり出たわ。
【仮想体】の足元にも水の膜が張り、濡れるのが怖くて降りられないし。
改めて【魔王】の力凄ぇな。
ま、それはともかく―――。
折れた大木に寄りかかるようにダウンしていたクリムゾンジャイアントが、ビクビクっと微かに体を痙攣させながら立ち上がる。
恐竜の目がギロっと俺を睨む。
今までとは違う。餌を見る目ではない、“敵”を見る目だ。
怒った? ねえ、怒った?
いや、怒ったって事は、少なからずダメージを食らったって事だよな?
でも、直接的には木に叩きつけられただけだぞ? それで、あんな硬いボディがダメージ負うか?
じゃあ、ダメージを受けたのは別の要素か?
……水か!
弱点属性発見じゃない!? 初じゃない!?
これは、もうネチネチ攻めるしかなくない!?
例え卑怯と言われようと、相手の弱いところをドンドコ攻めるのは、戦いの定石でしょう!
って訳で、早速【属性変化】!
『【属性変化】により、付与属性を“水”に変更します』
旭日の剣の刀身が青く塗り替えられ、纏って居た光子の色が白から青に切り替わる。
準備完了。
んじゃ、チャチャッと攻めてみますか!
【仮想体】がグッと姿勢を低くして足に力を込める。
GO!
黄金の鎧が踏み出す。
途端、踏み切った足元で水の膜が破裂したように、下の地面と共に跳ね上がる。
文字通りの“一足飛び”。
地面スレスレを、弾丸のような速度で飛ぶ。
一歩の踏み込みで、約10mの距離を踏み越える。
住民も、魔族も、誰もが人間離れした速度に目を剥く。
重苦しい黄金の鎧を纏った剣の勇者。
重い体を、重い鎧を、重力の鎖を、全て振り切ったような―――眩い程の、禍々しい程の力。
1秒後にはクリムゾンジャイアントが目の前だ。
バシャンッと大きな音をたてて右足で着地し、左足を踏み足にして目の前の巨体に剣を振る。
俺の攻撃を察知して、巨体が右拳を振り被る。
抜き打ちの速さ勝負なら、負けねえよ!!
【仮想体】の足から腰に、腰から肩に、肩から腕に力を巡らせる感覚。
俺自身がその感覚を知らなくても、代々受け継がれて来た【魔王】の戦いの閃きが教えてくれる。
迷わず―――振り抜け! 俺の剣は、奴の拳より速い!!
感覚に従う。
剣に全身の力を込めて、ただ振る。
速く、ただ速く。
旭日の剣が赤い巨体の胴体を捉える。
先程まで弾かれていたが、剣先が纏っている青いオーラに後押しされるように硬い表皮にめり込む。
血と共に、剣の纏って居たオーラが水飛沫となって舞う。
だが、浅い―――!
まだコッチの攻撃力を、コイツの防御力が上回ってるのか……!?
剣先が1cm程食い込んだが、それ以上は剣が入って行かずに弾かれる。
相手を怯ませるダメージにはならず、カウンターの右拳が迫る。
焦らない。
冷徹な程冷えた思考。
静かに息を止めて【アクセルブレス】を発動、自身を加速。
ゆっくり動く周囲の中で、【仮想体】が拳をギリギリで避ける動作に持って行く。
息を吐いて加速を停止。
ビュンッと拳が空を切り、空振った拳が風を巻く。
仕留めにかかる。
攻撃力が足りない? だったら上げろ!
【エレメントブースト】を発動。
“水”のエレメントを指定。属性値を5倍に!
旭日の剣の纏って居た青いオーラが膨れ上がる。
次は、防ぎ切れねえぜ!
トンっと【仮想体】の肩から後ろに飛び降りる。
そして、相手の攻撃を避けて体勢の崩れている黄金の鎧と旭日の剣を丸ごと収集箱に戻す。
即座にクリムゾンジャイアントの頭の上に【仮想体】を創り、剣の勇者装備一式を着せる。
「転移術式!?」「まさか、人間がッ!?」
魔族達の驚きの声を無視して、クリムゾンジャイアントの首に向かって、巨大な青いオーラを纏う旭日の剣を振り上げる。
テメェに恨みは無いが、人間食って喜んでる時点で生かして置く理由も無い。
「ミャミィ」
――― 地獄に落ちろ。
全力で【仮想体】は剣を振り下ろした。




