5-16 クリムゾンジャイアント
町の中―――。
逃げ惑う痩せ細った人々と、それを追い立てて笑いながら捕まえて居る魔族達。
そして、町のど真ん中で、その異形の腕で掴んだ女性を今にも食べようとしている赤い化物。
クリムゾンジャイアントって言ってたっけ?
ティラノサウルスのような頭が、大口を開けてスナック菓子でも摘まむように女性の体を口に放り込もうとしている。
走って間に合うか?
いや、無理だ。距離があり過ぎる。
魔法……は出来れば見せたくない。じゃあ、天術……いや、どっちにしろ俺が撃ったら、威力があり過ぎて捕まってる女性も巻き添えにしちまう。
瞬間、走りながら周囲を見回す。
突然町の中に走り込んで来た黄金の鎧に、一部の気付いた人間が逃げながら「あっ!」と喜びと困惑の混じった声をあげ、魔族達が「待ってました」とばかりにニヤッと笑っている。
あ、魔族で良いや。
手近な魔族に突っ込んで行き、相手が「え?」と驚いた一瞬の隙を突いて、その体をクリムゾンジャイアントの大きな口の中に向かってシュートする。
ゴリュッと蹴りを入れた魔族の腹の中で何かが潰れた感触があった気がするが、多分気のせいなので無視する。口からとんでも無い量の血を吐いてる気がするが、きっとアレは直前にトマトケチャップを大量に食べて居ただけだろう、うん、間違いない。
シュートされた魔族の体は狙い違わず、手の中の女性よりも早く大きな口の中に収まる。
グッジョブ俺! このシュート力があったら、サッカーチームでエースになれるかもね!
どうでも良い事を考えながら、旭日の剣を抜きながらクリムゾンジャイアントに向かって突っ込む。
一方口の中に魔族を突っ込まれた恐竜は、魔族は喰わない主義なのか、それともそう言う風に躾けられて居るのか、口の中の魔族を何とか吐き出そうと頑張って居る。
人間は涎垂らしながら食う気満々だったくせに、魔族は食えませんってか?
テメェが雑食なの知ってるかんな!
【仮想体】がクリムゾンジャイアントの顎の下に潜り込み、無防備になっている大きな顎に向かって旭日の剣を振り上げる。
好き嫌いせずに、ちゃんと食え!!!
ギィンッと刃が弾かれる感触。
外殻かったい!!? この野郎、魔物の癖にガジェットくらい体硬くねえか!?
が、刃が通らない剣を力技で振り抜いて、巨大な顎を打ち上げる。
「ミッ」
オラァッ!!
跳ね上げられた顎がガチンっと上の歯にぶつかり、体が半分口の外に出て居た魔族がギロチンカッターされて両断され、下半身が血を撒き散らしながら地面に落ちる。
ご愁傷様魔族さん。
まあ、やったの俺だけど。
蹴った時点で【魔族】の特性レベルが上がってたから、その時点で死んでたんですけどね……ええ、まあ、分かってましたけど。普通に蹴り殺してましたよ、ええ。別に今更魔族を2、3匹殺しても気にしないけど。
ま、そんな事はともかく。
クリムゾンジャイアントは、口の中に残った魔族の上半身と、そこから噴き出した血を吐き出そうと慌てて女性を手放してゲぇゲぇする。
よし、棚ぼたラッキー、助ける手間が省けた。
さてさて、冷静になって周囲を見回すと、さっきまで人間を嬉々として追いかけて居た魔族達が、俺を取り囲むように集まって居た。
「ははっ、本当に剣の勇者がこの国に入り込んで居たとはな?」「ラッキー! コイツを仕留めれば俺も名前持ちの仲間入りだぜ!」「馬鹿が、それは俺だろ?」「なあなあ、勇者の肉って食ってみたくね?」「お前……クリムゾンジャイアントの飼育係だからって毒されてねえか?」
好き勝手言っている。
いつもなら【審判の雷】の一撃で全殺しするところだが、今回に限ってはその手は使えない。
シルフさんの作戦通りに行くのなら、俺が―――剣の勇者がここに居る事を魔王に知らせに行って貰わなければならない。って事は、最低でも1人、出来れば3人くらいは生かしておく必要がある。
でかい範囲攻撃は使えねえな。
魔族を必要以上にぶち殺してしまう可能性があるし、町や住人に被害を出す可能性もある。
はい、そんな御困りの貴方。
そんな貴方に今日紹介するのはコチラ。
チャララーン(BGM)
【審判の炎】
ヘイ、ジョン! なんとこの天術を使えば、人間に被害も無く魔族を殺せちまうんだZE!
なんてこったアンディ、こんな凄い天術が有るなんて……でも、どうせ御高いんだろ?
HAHAHAHA、今なら旭日の剣のお陰で消費MP半分なんだジョン!
なんてこった、その上効果範囲を自分で調節出来るなんて最高じゃないか!
頭の中で、意味も無く深夜のテレビシッピング風な事を繰り広げてから天術を放つ。
【審判の炎】
効果範囲は3割くらいに抑えておく。
黄金の鎧から放たれる白く燃える炎。
魔族達が逃げる事も、防御する事も無く、詠唱も、魔法名の発声も無く放たれた白い炎に「え?」と言う顔を向ける。
はい、どーん。
「えぎゃぁああああッ!!?」「や、あづぁあああ!?」
悲鳴をあげている間に2人の体が塵も残さず燃え尽き、装備していた武具だけが地面に乾いた音をたてて落ちる。
3割だと微妙に範囲狭いな……2mくらいかな?
これなら限界まで範囲広げても大丈夫そうじゃん?
もう1発放つ。
しかし、流石に2発目を黙って受けてくれる程馬鹿では無いらしく、慌てて白い炎の射線から逃げる。
当たらなければどうと言う事は無い! 的な避け方なんだろうけど、今度は範囲全開だから逃げられないと思うの。
白い炎がチカッと爆発したように燃え上がり、周囲8m程に居た魔族6人を呑み込んで焼く。
「ギャッ!?」「ぎぇ……ッ」「やめ―――!?」
フルの範囲でもこんなもんか……。
これくらいなら、あんまり制限しないでも大丈夫そうだな。
魔族の残りは8人か……。そろそろ殺し過ぎないように気を付けねえとだな。
とりあえず、適当に天術を撒いとけ。
【サンダー】
【スラッシュ】
【ファイア】
雷に撃たれて1人。
逃げようとして、飛ぶ斬撃で切られて2人。
反撃しようと突っ込んで来て炎に焼かれて1人。
丁度良い感じに減ったんじゃね? 魔族の頭数減らしはこれくらいで良いかな?
「な、何だコイツ……詠唱してねえじゃねえか!?」「それ以前になんだこの威力!? 明らかにおかしいぞ!?」「……こ、こんなの……まるで、魔王様じゃねえか……!?」「く、クソ……強いとは聞いて居たが、ここまでなんて聞いてねえぞ!?」
おやおや、ビックリしてるところ悪いけど、コッチは全然本気出してねえから。
そのままビビりな体勢になるのかと思ったが、すぐさま魔族達は揃って「ひっひっひ」と笑い始めた。
え? 何? ビビり過ぎてパニックにでもなったのかしら?
「剣の勇者、お前の力は認めてやる。だがなぁ! ここに現れたのは、間違いだったな!!」
は?
「クリムゾンジャイアント! その鎧野郎を食い殺せ!!」
言うや否や、今まで口の中の魔族の血を吐きだす事に一生懸命だった恐竜顔の魔物が俺に向かって突っ込んで来る。
やっぱ、そうなりますよねえ。ま、コッチもこの展開を望んで割って入ったんですけどね!
突っ込んで来たクリムゾンジャイアントに向かって天術を放つ。
【スラッシュ】
飛ぶ斬撃が真っ直ぐ突っ込んで来た恐竜の顔にヒットする―――が、ガキンッと硬い物同士が当たった音をたてただけだった。
チッ、やっぱ硬いなこの野郎。物理ダメージが全然通りゃしねえ!
【スラッシュ】は防御されても、それ相応の衝撃があった筈なのに、突っ込んで来る速度が落ちないし、走る足もブレねえし……。
口を大きく開けて、突進の速度のまま【仮想体】諸共俺を呑み込もうとする。
しかし、そんな見え見えの攻撃を受けて食われてやる必要は無い。
ギリギリで横にステップして巨体を避け、擦れ違い様にガラ空きの胴体に旭日の剣を振る。
胴体を両断してやるつもりのフルスイングだったのに、胴体の表皮でギィンと防がれる。刃の通った後に微妙な傷が残ったが、血が出る程でもない。
……マジで硬いな畜生が!
一旦距離を取る。
はぁ……結局は、俺がコイツに勝てるかどうかの一点に尽きる。
まあ、負けるつもりはないけどな。
さてさて、このクソ硬い敵をどう切り崩すかね。




