5-15 エンカウンター
暫く、2人と1匹の旅が続いた。
まあ、正確には1人と1匹だけども……。
俺は正体バレないように頑張った。凄く頑張った。頑張ったで賞が有ったら、間違いなく俺が受賞している。
その頑張りのお陰で、俺の正体を疑われる事無く目的の町に到着した。
相変わらず、町の中はウンザリする程に人間達が虐げられて痩せ細り、魔族達は自分達が神であるかの如く尊大に振舞っている。
「情報通りなら、この町の近くに居るらしいんだが……」
町には入らず、外の木陰からコッソリと中を窺う俺とシルフさん。
だが、町の中に例の“魔王の使い”らしき奴の姿が無い。
いっその事、魔族共をシバキ倒して吐かせれば良いんじゃん? とも思わなくも無い。どうせ、魔王の使いが居たら俺がぶち殺して騒ぎになるんだし、ここで騒ぎ起こしても良い様な気がしないでもない。
ただ―――それは、この町の近くに居たらって話しだ。
下手に剣の勇者が騒ぎを起こしたら、魔王の使いがこの町に近寄らなくなるって可能性がある。
騒ぎを起こすのなら、野郎の居場所が特定されてからだ。
暫くは待ちかな……と思った瞬間、
――― クンっと鼻の奥を突き刺す様な“嫌な臭い”。
何か居る!?
どこだ?
遠い……いや、近い?
なんだこれ? 臭いが安定しない……?
今までこんな事無かったのに。
猫の鼻は敏感だ。
鼻の精度は自慢できる。
だが、鼻が利かなかった事が1度だけある。
――― アビスとエンカウントした時だ。
まさか、奴が居るのか?
いや、奴の臭いは嫌という程覚えて居る。嗅ぎ間違えるなんて有り得ない。
って事は、もしかして、他の2人が来ているのか?
だとしたらヤベェぞコレ……!?
帰還組の魔王相手でも尻ごみしてる状況なのに、最古の血なんてどうやっても戦えない。
もし本当に最古の血の誰かが来ているのなら、絶対に見つかる訳には行かない。
【仮想体】がシルフさんの手を引いて、自分の近くに引き寄せる。
「な、なんだよ……?」
それ以上喋らせないように、「シッ」と口元に指を当てるジェスチャーで黙らせる。
シルフさんが何か言いたそうな顔をして居たが、【仮想体】の突然の行動に、何かしらの異常事態を感じ取って大人しく黙る。
【隠形】を発動。
レベル4の効果で、シルフさんにもその効果を付与。
これで俺達の気配と音が周囲から遮断される。
2分程そこで身動き1つしないでジッとしていると、街道を何かが歩いて来る。それに複数の声……?
「おい、コイツ本当に大丈夫かよ? 物凄い涎垂らしてるぜ?」
「俺達まで喰われないよな……?」
「問題無い。魔王様が躾をなさったんだぞ? あの完璧である事を何より愛する魔王様が」
「そ、そうだな。それなら安心だな」
声の正体は魔族だった。
複数の魔族。
身に着けて居る装備が整っている。話しの内容と合わせて、この国の魔王の配下である事は間違いない。
だが、コイツ等は問題じゃない。
ぶっちゃけ全員雑魚だ。俺なら低級魔法の1撃で殺せるレベルの雑魚。
問題なのは……コイツ等の後ろをノシノシと歩いて来る巨体。
体長4mを超す……
――― 魔物
全身の皮膚が燃え盛る業火のように真っ赤だった。
丸太のように太い足に、人に良く似た胴体と、はち切れんばかりに発達した筋肉を纏う腕。
そしてその頭は、まるで恐竜だった。
鰐と言っても良い。
裂けた口から覗く、剣のような無数の牙。
顔の上に乗っかった、2つのガラス玉のような血走った瞳がギョロギョロと辺りを見回している。
異形……としか形容できない化物。
奴らとの距離は10m程。
この距離なら、俺にとっては無いも同然―――なのに、異形の臭いが定まらない。距離感や敵の強さを嗅ぎ取る事が出来ない。
臭いの正体は野郎か……。
流石にアレが最古の血ってオチは無いよな?
最悪の展開で無かった事に胸をなでおろす。
が、あの異形が何かヤバい感じがするってのは間違いじゃない。なんでって、シルフさんが【仮想体】の籠手をギュウッと掴んだまま顔を青くしているからな。
いつも飄々としているこの人がこんな顔をするのは、大変に宜しくない。
1度、異形の恐竜がクンクンっと鼻を澄ます動作をし、次の瞬間ギロっと俺達の方を見る。
……チッ、鼻が良いのかアイツ。
【隠形】では臭いは隠せないからな。
しゃーねぇ、魔眼使うか。
【欺瞞と虚構】
俺とシルフさんの存在を幻の幕で覆い隠す。
魔眼は有効なようで、恐竜は「あれ?」と首を傾げて何事も無かったように、先を歩く魔族達の後を追う。
魔族と魔物が町に入って行くのを見送って、俺とシルフさんは同時に安堵の息を吐き出す。
「はぁぁぁぁ~……」
「みゃぁぁぁぁ~……」
ありゃあ、何だべや……。
ヤバそうな雰囲気バリバリだったぞ……?
アレが、例の“魔王の使い”か? だとすると、部下だかペットだか、野郎の事をシルフさんが曖昧に言った理由が分かった。
っつか、今から俺は、あんな怪物と戦うってか?
怪獣退治は猫の仕事じゃないと思うんだが……。
そう言うのは変身ヒーローの仕事じゃない? まあ、正体隠して戦ってるって点は俺も似たような物だけど……どう考えても俺はヒーローじゃねえし。
まあ、良いや。
魔王に挑むのに比べれば、恐竜に挑むくらいどうって事無い。…………どうって事無いか? いや、結構どうって事有るんじゃない? だってアレ、超怖いし……。
いやいや、ビビってる場合かよ。
ともかく一当てしてみるか? 勝てるようだったら倒すし、ダメなら逃げる。
【仮想体】が魔族と魔物の後を追おうと立ち上がりかけると、その腕をシルフさんが引っ張って止める。
「待て、止めろ! 作戦変更だ、アイツに関わるのはやめよう……」
……え? なんで急に?
いや……聞き返すまでも無い。
シルフさんの顔色が未だに悪い。【仮想体】の腕を掴む手が微かに震えている。
この人は、あの恐竜にビビって居る。
「あの魔物はクリムゾンジャイアントだ……!」
クリムゾンジャイアント……?
微妙に恰好良い名前じゃないの。
「クソ……まさか、あんな化け物を飼ってたなんて……完全に予想外過ぎる」
あの魔物知り合いですか?
「コッチの大陸じゃ珍しいけど、西の大陸じゃたまに出るんだよアイツ……。とにかく何でもかんでも食べるうえ、特に人間を好んで食べる化物なんだ。まあ、俺の国に出た時は、大きな被害が出る前にアビスがやって来て、1撃で殴り殺すんだが……」
雑食だけど、好物は人間って……むっさ達悪……。
俺が人間なら絶対関わりになりたくないわ。ぶっちゃけ猫で良かったと心底思ってしまった俺だ。
「アレはダメだ。人間が手を出せるレベルの敵じゃない! 魔王を釣り出すのは、他の方法を考えよう……!」
そんなヤバいヤバい言われたら俺だって進んで関わろうとは思わない。
「押すな押すな」が「押してくれ」の意味の芸人じゃねえんだから、ヤバいと分かってる物に突っ込むなんて阿呆のする事だ。
俺だっていい加減分別ある大人だし、リスクマネジメントはするべきだろ、うん。
……ふと、気が付く。
人間が好物の化物が、人の暮らす町の中に入って行ったら何が起こるか?
決まっている―――。
「キャああああぁぁぁッ!!」
町の中からあがる悲鳴。
ああ、クソッ! マジかよ!?
この国の人間は、本当の意味で魔族の奴隷だ。
だから、魔族にしてみれば人間なんて、魔王のペットの餌と同列の存在価値だって事じゃねえか!!
俺は面倒臭い事も、厄介事にも関わりたくない。
だけど―――、今動かなければ人の生死に関わるって時に、何もしない程人間性も善性も捨てたつもりはない!!
【仮想体】がシルフさんの手を振り払って町に向かって走り出す。
「おいッ、馬鹿ッ!! 俺は絶対に手伝わないからな!!」
黄金の鎧の肩でそんな声を聞きながら、心の中で「最初から期待してねえよ」と返し、走る速度を上げた。




