5-14 勇者の責務
俺がこの世界に来て始めて出会った2人。
何処の誰なのか、情報何も無くて不明なままだったけど……確かに思い出してみると、確かに宗教家っぽい恰好をしていたような気がしないでもない。
とすると……俺を召喚した奴等と、シルフさんを召喚したのは同じ連中って事か?
同じ奴等が同じ方法で召喚したとなれば、やっぱりこの人も俺と同じで、別の世界から引っ張り込まれた異世界人……?
いや、でも、だとすると、この人も元の世界で死んだのか?
「元々は西の大陸でただの農民してたのにさぁ、急にコッチの大陸に呼び出されて『勇者です』とか言われてもなぁ……?」
え?
西の大陸……?
……あ、この人の言う“コッチ”って東の大陸って意味!?
なんだ、じゃあ異世界人じゃねえじゃん……。
同じ境遇の人間じゃなかった事の残念さと、同じような境遇の人間がもう1人居なかった事への安堵が同時に湧き上がって来る。
「まあ、でも、召喚された勇者は特殊な能力を得られるらしくてな? そのお陰で、俺はこうして無事に勇者をやってられるって訳よ」
特殊な能力……?
スキルの事かな?
だとすると……あれ? もしかして、俺の【収集家】の能力って、ずっと転生職員がくれた物だと思ってたけど、召喚された特典だったのかな?
いや、いやいやいや、「召喚された勇者」って言ってんじゃん。
俺は勇者じゃねえから、その召喚特典を貰う該当者じゃない。……とすると、やっぱり俺の【収集家】は転生職員がくれた物なのか。
……まあ、俺の事はさて置き、だ。
召喚された勇者が何やら力を貰って強くなるってんなら、勇者全員召喚で呼び出せば良くね?
そうすりゃ、魔王相手でも戦えるんじゃない? そして、そのトドメだけ俺が貰って楽出来るんじゃない?
「そう簡単な話しでもねえんだコレが……」
溜息のような言葉を吐きながら、鍋の中に香草と、何かの調味料を適当に入れる。
「召喚の儀式をするには、何か貴重な触媒が大量に必要なうえに、発動の為の必要魔力が膨大らしくてな? 準備するだけでも1年以上かかるって話だ」
肉と野草の適当スープの味をチェックしながら、何か豆? っぽい物を更に放り込む。
「しかも、星の位置が関わってるらしくて、実行出来るのも1年の内数日しか無いらしいしな?」
豆入りスープの味を確かめ「ヨシ」と1人で頷くと、四次●ポケット風革袋から器を取り出して雑に盛る。
「それに、召喚儀式をしたところで、失敗する可能性も高いって話だぞ? 数か月前にも実行されたらしいけど、その時は失敗して小動物が呼び出されたって」
………それ、もしかして俺じゃん?
いや、言わんけども、言わんけども俺じゃない?
何その召喚ガチャ?
SRが勇者でハズレが俺ってか? その通りだよコンチクショウ。
「召喚失敗で呼び出された小動物も可哀想に。いきなり訳の分からない場所に転移させられて、そのうえ適当な場所に放り捨てられたらしいし、今頃は野垂れ死んでるだろうよ」
残念、しぶとく生きてます。
ただ、そうだな?
確かに思い出すと1人……いや、1匹で森の中に放り出された時の絶望感は半端じゃなかった。
そのお礼に、俺を召喚して下さった方々に猫パンチ(極)をプレゼントするのも悪くないかもしれない。多分頭がトマトケチャップになるかも知れないけど、まあ、大丈夫だよ、うん。宗教家なら、きっと神様的な何かが護ってくれるよ、多分、知らねえけど。
「ほれ」
シルフさんが差し出したスープの入った器を受け取る。
あら? 「味に期待するな」とか言ってた割に良い匂いをさせてんじゃねえの?
野草と肉と豆のスープ。
ふと、食べ物も碌に与えられて居ないこの国の痩せ細った人達の姿が脳裏を過ぎる。
……この人は、あの奴隷になった人達を見て「助けたい」って思わないのかな? 勇者としては、やっぱりこの国の現状を心の中で怒ったり嘆いたりしているのだろうか?
率直に訊いてみた。
「思うよ」
まあ、勇者ですもんねぇ。
愚問だったな、と【仮想体】に食事(の真似)をさせようとすると、話には続きがあった。
「ただ、それは1人の人間の善意としてだ。勇者として皆を助けたいってのは、また別の話し」
……どう言う意味?
人として苦しめられる人々を不憫には思うけど、勇者としてそれを行動に移す気は無いって事か?
俺が疑問に思って居ると、何かを諦めたような遠い目をしながら、シルフさんは自分の器の中身をゆっくりと食べ始める。
「俺は、お前や他の勇者とは違う。魔王に本気で挑む気は無いし、魔族とも出来るなら事を構えたくない」
少し驚く。
勇者ってのは、どいつもこいつもアザリアのように正義の道をひた走るような奴ばかりだと思っていた。
俺の思い描く“勇者”ってのは、恐れる事無く敵に立ち向かい、どんな困難でも折れる事無く不屈の闘志で突き破る、無敵のヒーローのような存在だった。
けど……ああ、そうだ。アザリアだってそうだった。
無敵の勇者の皮を捲ってみれば、そこには歳相応にか弱く脆い少女が居た。
勇者だって人間だ。
怖いし、痛がる。
当たり前の事だ。
誰だって、異形の魔族に狙われるのは怖い。その王たる魔王を相手取るなんてそれこそ恐怖しかないだろう。
2度魔王を倒してる俺だって、慣れる気配は一切無く、未だに魔王は怖いし……。
まともな人間なら、そりゃあ避けて通りたいだろうさ。
「逆に訊くが、お前は本当に魔族から世界を取り戻せると思ってるのか?」
知らん。
俺は別に世界平和の為に戦ってる訳じゃないし。
魔王を狩るのは、アビスに狙われる自身を強化するためであって、魔王に従属されている人々を救おうとか、正義の為とか、そんな高尚な思いは一切無い。
全部自分の為にやっている事だ。
だから、「魔族と人間の世界がどうなるか?」なんて、俺の知った事ではない。
そんな俺の思考をどう読んだのかは知らないが、否定の意見である、と判断されたらしい。
「……意外だな? 率先して魔王の討伐しているお前が否定派とは……。まあ、俺も同意見だけどな?」
言いながら、底の浅い小さな器で熱を冷ましていたスープを猫に差し出す。
「俺が西の大陸出身だって話はしたろ?」
うん。
七色教の召喚で東の大陸に来たんでしょ?
「元々俺は、魔王アビス・Aの支配する国の人間だったんだ」
えッ!?
あの化物の支配する国の人だったん……? いや、別にだからどうって話じゃないんだけど、欠片でも野郎と関係のある人だと思うと若干警戒心が湧いて来てしまう。
「あの国は、他の国に比べれば暮らしやすいよ。危険があれば、勝手に魔王が飛んで来て何かが起きる前に処理してくれるし、人間を虐げる魔族が居れば魔王がやってきて『そんな元気が有るなら俺の相手をしろよ』と殴り殺すし」
爺さん先生も、アビスの支配する国は何処よりも平和だって話をしてたっけ……。でも、やっぱり実際にその国に居た人間から話を聞くのはまた違った印象を受ける。
「でも―――だからこそ、俺は魔族の支配から脱するのは無理だと思っている」
話を聞きながらも、口をつけないのは失礼かと思い……って言うか、単純に腹が減って居たので猫用の器の中身をモグモグと食べる。
「ミャっ!?」
あっつ!? まだ、全然余裕で熱い!?
そんな俺をシルフさんが「何やってんだ……」と、少しだけ優しい目で見て来る。
「俺は、生まれてから何度も見て来た。アビスが巨大な魔物を指先で粉々にするのも、暇潰しだと言って拳1つで山を消し飛ばすのも……アレは、本物の化物だよ」
恐怖で濁った目。
分かる。
その気持ちは痛い程分かる。
むしろ、その化物の力を直接向けられた俺の方がよく分かっている。
「魔族の手から世界を取り戻すって事は、残りの魔王11人を全部倒さなきゃならないって事だ。東の大陸の残り8人を運良く倒せたとしよう。けど―――西の大陸の3人の魔王、“最古の血”は倒せない、絶対に」
まあ、そうだろうな。
勇者は確かに普通の人間に比べれば格段に優れた能力を持っている。
勇者が全員で何人居るのかは知れないが、仮にその全てが揃ったとしよう。そしてその力を結集したとしよう。
それで、アビスに勝てるか?
断じて否。
断言しても良い。確実に勇者達が文字通り一蹴されて終わる。
ちょっと力の強い虫が10匹だか20匹揃ったところで、相手が戦車では勝ち目が無い。
って事は、どう頑張ったって勇者が世界を救う事は出来ないって事だ。
「まあ、そう言う事だ。結末の決まってる戦いに手を出すなんて時間の無駄だ。下手に手を出して目を付けられるのもな」
諦めて居る。
この世界の未来を。
勇者と言う肩書を諦めている。
………まあ、それは外野である俺が四の五の言う事じゃないから良いや。この人に文句を言うのも、勇気づけるのも、それは同じ勇者同士でやるべき事だ。
俺は……どうだろう?
戦車の足元に噛み付ける、犬くらいにはなれただろうか?
最終的には、その戦車だって殺せるようにならなきゃならない事を思えば、犬で満足してる場合じゃねえんだけどさ……。




