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5-11 猫は歩く

 元エルギス帝国

 何日かこの国を歩いてみたが、この国は今まで見た国の中で断トツに“痩せ細っている”。

 この国の人間は、文字通りの奴隷だ。

 まともな食料も与えられず、睡眠時間すら死なないギリギリのラインまで削られ、ただただ魔族に奉仕する為に生きている―――いや、“生かされている”奴隷。

 誰もが、何もかもを諦めた亡者のような死んだ瞳をしていて、自身の墓穴(はかあな)を探すように下を向いて歩く。

 聞こえて来る陽気な笑い声は全て魔族の物で、人間の笑い声は1つも無い。

 皆が皆、今を生きる事に必死で、明日の事なんて考えて居ない。

 魔族の怒りに触れないよう、殺されないよう、道端の石ころのように、地を這う虫けらのように、無言で何も考えず無心で働き続ける人間。

 何も無くても殴られ蹴られ、その度に何も悪くないのに「お許し下さい」と平伏して許しを請い続ける。


 今まで見て来た国は、どこもそれなりに人間に自由を許している風だった。

 そう言う意味では、アドバンスもガジェットもそれなりに寛容な魔王だったのかもしれない。

 だが、この国の魔王は人間に容赦が無い。

 「奴隷ならば奴隷らしく這いつくばれ」とでも言うように、徹底して人間をただの労働力として扱う。

 奴隷としての最低限の尊厳さえ許さない。

 嘲り、暴力を振るい、恐怖と痛みを持って人間性を否定して自分達に従属させる。


 元人間としては、同じ人間が畜生以下の扱いをされている事に怒りや憐みを感じる。感じはするが、それを助けに入りはしない。

 そう言う気持ちが無い訳ではないが、今の俺は一応隠密行動中だ。シルフさんと合流するまでは下手に騒ぎを起こす訳には行かない。

 ………まあ、それもただの言い訳だな。

 本当に助けたいのならば、そんな物お構いなしに突っ込んで行って魔族をぶち殺している。

 ……つまり、まあ、そう言う事だ。

 結局俺は、面倒事や危ない事に首を突っ込みたくないだけのヘタレ野郎だと言う、それだけの話。

 助けに行こうとすると、頭の中でこの国の魔王の影がチラついてどうしても動けないってのが本当の所だ。


「ミィ……」


 はぁ……。

 こう言う時、つくづく自分が“正義の味方”では無い事を実感する。まあ、別にそんな物になりたい訳じゃないけど。

 そう言う役回りは、本職勇者の方達にお任せして、俺は日蔭者らしく暗い場所を小さくなりながら生きて行くさ。


 そんな、若干凹んだ気分のまま歩く事更に数日。

 そろそろ食料の心配しないとなぁ……とか思っていたら、ようやく目的地に到着。

 元エルギス帝国南東に在る、小さな農村。

 住んでいる人は20人にも満たない、村と言うか集落のレベル。

 魔族も常駐するモノ好きは居ないようで、たまに様子を見に来たり、作物を持って行ったりする程度で、ぶっちゃけ放置気味の場所らしい。

 他の場所の支配は徹底している割に、こんな穴が有って良いのか……とは思うが、この国で動く上でこう言う場所があるのはコッチにとっては好都合。


 一応【隠形】で気配と音を消しながら村を歩く。

 魔族の支配が若干緩いお陰か、この国の他の町に比べれば人間達に微妙に元気が有るように見える。

 ただ―――1人残らず痩せ細って居て、まともに食事を取れて居ない事は間違いない。

 こんな辺境でも、やっぱり支配される事はしているって事か……。

 さてさて、ここを集合場所に指定されたのは良いけど、あの狐目の姉ちゃんは何時(いつ)来るのかしら?

 場所は決めたけど、具体的に日程は決めて無いんだよなぁ……。

 そんなアバウトなスケジュール管理で良いのか? 元社会人としては色々心配になる。でも、仕方ないじゃん? コッチだと電車やバスのように、具体的な移動時間が算出出来る訳じゃないし。

 村をグルッと一周り……まあ、周る程の大きさでもねえんだけど……。

 シルフさんの姿はどこにも無い。

 まあ、流石に村の中で(くつろ)いでいる訳はねえから、一応周囲も確認してみたが、やはりその姿はない。


 ………まさかとは思うが、騙されたとかじゃねえよな?


 あの狐目、本当はこの国に来る気無いとかじゃないよな?

 本当は魔王と繋がって居て、今頃俺の居場所を魔王に告げて居るとか……いや、マジだったら笑えねえな……。

 俺個人としても笑えないが、勇者の1人が魔王と繋がっているって状況が笑えない。

 そんな疑念に捕らわれながら、とりあえず1日待ってみるか……と、その村の小さな畑の作物に隠れて過ごした。


 ………


 …………


 ……………


 開けて翌日。

 村人の皆様は、余所(よそ)の町にも負けず劣らず朝から晩まで魔族の為にせっせと働くらしく、陽が昇る前から起き出して畑仕事をせっせと始めて居た。

 ………いや、翌々考えたら、魔族云々関係無く、農家としては陽が昇る前に始めるのは結構普通じゃなかろうか? 父方の実家に行った時も、爺ちゃんや伯父さん達はこれくらいの時間に起きて畑に行ってた気がするし。

 ともかく、畑仕事をするのなら、作物の間に隠れて居る俺は、見つかる前にさっさと動かなければならない。

 軽く伸びをしてから、村人に見つからないように畑から脱出。

 起きてしまったのなら仕方ない。

 とりあえず朝飯食うか、と収集箱(コレクトボックス)の中の食料を確認していると、ふと嫌な気配を感じる。

 無意識に体が警戒状態に移行して、全身の細胞が目を覚ましたように体温が上がって体が微妙に熱くなる。

 この気配……。

 【隠形】で気配と音を断ち、息を止めて【アクセルブレス】を発動。

 スローになった世界の中を一足飛びで木の幹を蹴り、連続三角飛びの要領で茂った枝の中に紛れる。

 木の上で2分程待つと、辺りを警戒しながら見慣れた女性が現れた。

 特徴的な狐目ポニーテール、そしてそれ以上に存在を主張する豊満な体。

 シルフさんだった。


 ………はぁ、良かった。

 この人に騙されたかも、と思ってたけど、俺の杞憂だったらしい。

 まあ、普通に考えれば、警戒しながら移動するシルフさんと、スキルと魔眼を使って存在隠蔽しながらズンズン進む俺じゃ、どう考えたって俺の方が早いもんな……。


 にしても、体が無意識にこの人の気配を“嫌な感じ”と認識しているのはどう言う事だろうか?

 別にこの人は俺の敵ってわけじゃ……いや、待てよ? もしかして【魔王】の特性のせいかな?

 戦闘経験値や戦いのセンスやらが継承され続けた【魔王】の特性の中に存在しているのだとすれば、その戦った“相手”に対しての感情のような物も残って居たっておかしく無い。

 つまり、俺がシルフさんに感じているこの“嫌な気配”は、天敵たる勇者に対して【魔王】の特性が反応しているんじゃなかろうか?

 ……いや、でも、前に会った時は何も感じなかったな?

 アザリアに対しても、そう言うのを感じた事は無いし。

 とすると、俺の方に何かしら変化が有ったのか? 自分では特に何も感じないが。

 前にシルフさんと会ってから、ほとんどは歩いて居るだけだった。

 変化と言えば【隠形】のレベルが上がったくらいだけど……どう考えてもコレは関係無いよな?

 って事は、目に見えない部分の変化って事か?

 【魔王】の特性が俺に馴染んで来た……とか、そんな話かな?

 それとも、魔王スキルが仕上がって来たって事なのか?

 まあ、でもそれならそれで良い。何かしらのデメリットが有る訳じゃないし、初見の勇者も見分ける事が出来るって事だし、むしろ良い事じゃないか?



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