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5-8 猫は姫と約束をする

「え……? 遠出するんです……?」

「(うん)」


 俺を抱っこしたまま放そうとしないレティに、本題を切り出した。

 本題ってのはアレだ。

 短剣の勇者ことシルフさんの頼みにより、御隣の元エルギス帝国の魔王の所に忍び込むって話。

 まあ、魔王の云々や勇者の云々を話す気はまったく無いけども。


「ど、どこまで行くんです?」


 帝国まで―――と言いそうになって、下手に行き先を言わない方が良いんじゃないかと、口から出かかった言葉を腹の中に戻す。

 一応騒ぎにならないように帝国で動くつもりだが、何か騒ぎがあって「剣の勇者が何かやった」って話になった時、レティが心配するかもしれないし、それ以上に俺と剣の勇者が線で繋がると面倒だ。

 まあ、レティは俺と剣の勇者が友達だと思ってるから、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化しが効くけど、変に疑われかねない情報を渡す必要も無い。


「(この国をぶらっと回って散歩でもしてこようかな、と)」

「ぶらっとって、いつもぶらっとしてるじゃないですか……」


 うん、まあ、そうね……。


「この町の中を散歩するだけじゃダメなんです……?」

「(たまには野生に返って冒険したいのよ)」

「野生に返るって、こんなに小さいのに……危ないですよ? 御旗の騎士様が魔族を退治して下さいましたけど、魔物はいっぱい居るんですから」

「(大丈夫。隠れるのは得意だから)」


 そもそも魔物が俺の気配にビビって近寄って来ないし。

 まあ、小さいのはそうなんですけどね?

 実際、レティの小さい手の中に収まるくらいのサイズですし……。この体は一向に大きくならねえなぁ本当に。


「でも……」

「(心配無いよ、外歩きは慣れてるから。ほら、最初に会った時も1人で森の中歩いてたでしょ?)」

「……です」


 「1人じゃなくて1匹じゃ……」とツッコミを入れたそうな顔をしているが、それを口に出す雰囲気ではないのは察してくれたらしい。

 上手い事説得できたかなぁ?

 こう言う時こそ元営業職の腕の見せ所なんだろうけど、取引相手じゃない女の子相手じゃ切れ味がボロボロです……。

 俺が若干落ち込んで居ると、レティが何か決意したような顔をする。

 すんごぃ嫌な予感……。


「私も連れて行って下さい!」

「(いや、ダメでしょ……)」


 隣の国まで行くとか、魔王の城に侵入するとか、そう言う事情を全部横に置いたとして、子豚の時だったら何とか理由をつけて外に出れたかもしれないが、王族に戻ったレティはどう考えたって自由に外に出れる訳無い。

 しかし、そんな事情はレティだって理解している筈だ。それでも尚俺と一緒に来たいと言っている。

 ……まあ、レティは物心つく前に子豚にされて、それ以降はまともに人と接する事も出来なかったから、俺はレティにとって始めての「ちゃんとした友達」なんだと思う。

 猫の俺が“ちゃんとした”かどうかは別として……。

 だから、単純に友達と離れたくないって事だろう、きっと。

 俺と左手薬指の指輪を見比べて居るのもきっと友愛な意味であって、それ以上の深い意味なんてない、きっと、うん、多分。


「(レティが居なくなったら、王様も王妃様も寂しがるんじゃない? 折角人間の姿に戻れたのに)」

「……そう、ですけど」


 王様達だけじゃなくて、離れて寂しいのはレティだってそうだろう。

 城の修繕が終わるまでの1カ月は言ってみれば王族としてのお休み期間と言って良い。まあ、当然政務仕事はしている訳だが、城に戻ればその比ではない。

 だから、レティが普通の親子のように王様達に甘えられる唯一の時間と言える。王様も王妃様もそれを分かってるからか、私室では普通にレティを甘えさせてるし。


「(遠出するって言ったって、別に戻って来ない訳じゃねえよ)」


 用事が終われば一旦帰って来るつもりだし、俺なら【転移魔法(テレポート)】があるから戻って来るのも一瞬だし。


「本当なんです? 絶対なんです?」

「(本当に、絶対に)」

「本当の本当なんです?」

「(念押さなくても大丈夫だよ……)」

「念を押してもブラウンは約束破るじゃないですか……」


 そこは否定できない。


「(今回は大丈夫だよ)」


 ……多分。

 最悪の展開として、俺が魔王とエンカウントする事になって殺されるって事も有り得るっちゃ有り得るし……。

 まあ、極力そんな展開にならないように気をつけるが、世の中どんな落とし穴があるか分かったもんじゃない……ので、本当は絶対とか言いたくねえんだけど。

 そうじゃなくても元営業職としては“絶対”って単語はあんまり好きじゃないし……。


「じゃあ、じゃあ、危ない場所には近付かないし、危ない事もしないって約束して下さい」

「(………うん)」

「……今、間があったんです?」


 いや、だって、ねえ?

 行く前から、危ない場所に行く事も、危ない事するのも決定事項ですし。

 すると、目に涙を溜めながらレティが……


「やっぱり私も行くんです!」

「(いや、だからダメだって……)」

「だって、だって! 絶対危ない事しに行くんです!」


 はい、しに行きます。

 って言うか、だからこそ連れて行けねえんだっつうの……。


 結局、この後説得に2時間を要して、俺の方が泣きそうになった。

 そして最後に涙目になりながら


「絶対帰って来るって約束なんです!」


 と約束させられたのだった。




*  *  *



 ジャハルから遠く離れた森の中―――。

 神器“風絶の短剣”の持ち主にして、今代の短剣の勇者であるシルフはそこに居た。

 暇そうに木に寄りかかり、時々欠伸を噛み殺している姿は、町中で誰かと待ち合わせをしているごく普通の女性の姿に見える。ここが、魔物の闊歩する森の中だと言う事実を除けば……だが。

 無防備にそんな姿を晒して居れば、獲物と思って魔物が襲って来るのは必然。

 木陰からグルルと唸りながら牛のようなサイズの狼型の魔物が顔を出す。


「またかよ……」


 面倒臭そうに相手を見ると、その視線を受けて魔物が突っ込んで来る。

 シルフが溜息を1つ吐いてから指先を魔物に向ける。

 途端、指先で白い光が灯る。

 天術を発動する時の魔力光だった。


「【烈風(ゲイル)】」


 呟くように唱えられた天術。

 指先の魔力光がパチンっと弾け、森の木々を薙ぎ倒すかと思われる程の風が森の中を吹き抜けて魔物を襲う。

 魔物は、吹き飛ばされないように足を止めてその場で踏ん張る。

 しかし―――それは悪手。

 立ち止まったと同時に、風に乗った折れた木々や石が殺到して、魔物の体を打ち抜き、突き刺さり、吹き飛ばす。

 吹き飛んだ巨体がドンッと木の幹にぶち当たり、ピクピクと逃げようと2秒程もがいて動かなくなった。

 

「いい加減にして欲しいもんだ……」


 もう1度溜息を吐いて辺りを見回す。

 シルフの周囲には、魔物の死体がいくつも転がって居た。

 始めのうちは神器を抜いて相手をしていたが、6匹目辺りからは面倒臭くなって天術で処理している。


 何故彼女は、魔物に襲われながらもこんな場所に留まっているのか?

 それは、人を待っているからだ。

 その相手とは―――


「相変わらず、素晴らしい手並みですね」

「相変わらず、美しい手並みですね」


 音も無く、まるで影の中から現れたように2人の少女がシルフの背後―――背を預けている木の裏側に立っていた。


「来るのが遅い!」


 シルフが「よっ」と木から背を離して振り返ると、そこには同じ顔が並んでいた。


「ごめんなさい」

「すいません」


 銀色の髪の双子。

 服装も顔も、何もかもが一緒。

 唯一髪の分け方が左右対称な為、そこだけが2人を区別出来る場所だった。


「剣の勇者に会ったのでしょう?」

「剣の勇者に会いに行ったのでしょう?」

「ああ」

「どうでした?」

「どんな方でした?」

「強かったですか?」

「優しかったですか?」


 示し合わせたように代わる代わる口を開く双子にウンザリしながら、一応報告だけはしておく。


「噂通りだった……と言っておく。この国を支配していた魔王バジェットを倒したのも、やはり剣の勇者だった」

「やはり」「そうですか」


 双子が同時に納得して頷く。


「戦うところは見て無いが、どうにも得体が知れない奴だったな……? 【追跡(チェイス)】で追いかけた時も、反応が木の上の方からだったのに、実際に居たのは下だったし……」

「追跡外し、ですか?」

「足跡隠蔽、ですか?」

「分からん。それに、【妖精の耳】を使っても思考が聞こえ辛いのも気になる……」

共鳴(リンケージ)は」「使わなかったのですか?」

「使ったよ? スキルを渡す時に奴の能力を覗こうとしたけど、無理だった」


 神器を合わせたあの時、シルフは剣の勇者の所持スキルを覗こうとした。そして、あわよくば引き換えに何か有用なスキルでも貰ってやろうとしていた―――だが、その時シルフが見たのは……


――― 箱だった。


 宝物をしまう宝箱のようであり、子供の玩具を仕舞う玩具箱のようであり……大きくもあり、小さくもあり。

 分かった事は、その謎の箱は剣の勇者本人にしか開けられず、下手に触れれば―――箱の中から何か、形容できないような“ヤバい何か”が飛び出してくるであろう事。

 箱が見えたのは、ただの幻だったのかもしれない。

 だが、あの箱を思い出すだけで寒気がする。

 そんな青褪めたシルフを見て、双子は顔を見合わせて黙る。

 声には出していないが、視線だけでこの2人は会話をしている。

 同じ顔が見つめ合っていると、鏡でも見てるんじゃないかと変な気分になるが、シルフもいい加減見慣れた物だ。

 5秒程見つめ合った後、何か結論が出たらしく同時に頷いてシルフに向き直る。


「分かりました」

「理解しました」

「それで、どうすれば良いんだ?」

「継続です」

「計画通りです」

「分かった。それなら、このまま奴と一緒に魔王の所に行く」

「はい」「はい」


 話が終わったとばかりに、双子は同時にペコっとお辞儀をする。


「では、全ては教父(ファザー)の為に」「では、全ては教父(ファザー)の為に」


 言い終わると、来た時と同様に闇に溶けるように双子は姿を消す。

 2人が居なくなった事を確認するとシルフは吐き捨てるように言った。


「ハンッ、教父の懐刀……ね? 悪いけど、コッチは教会に良い様に使われるつもりはねえんだよ」



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