5-7 猫は姫を面倒臭がる
「ミ」
よっと。
ヒョイッと軽いジャンプで、2階にあるレティの部屋のバルコニーに着地する。
いつの間にか、一足飛びで2階まで飛べるようになってんな俺……。まあ、魔族の頭を猫パンチで吹っ飛ばせるようになった時点で、これぐらいの能力はあったんですけどね。
今の俺の身体能力なら、“新参組”の魔王となら普通に殴り合える気がする。実際にやるには大分怖いけども……。
そもそも、魔王相手にただの拳骨勝負になんてなる訳ねえしな? 絶対にヤバい能力振り回してくんだよアイツ等。
少し遠い目をしながら、今までの魔王連中との戦いを思い出す。
そこで、ふと思った。
もしかして……アドバンスの使って居た幻のダメージを現実に反映させる“亡霊の魔眼”? とか言う魔眼。
それに、ガジェットの範囲内の対象の能力を封じる“六条結界”。
これって、もしかしてどっちも“魔王スキル”だったんじゃねえかな? であれば、異常な程強力な能力だったのも頷ける。
両方共、その魔王の象徴とも言うべき能力であり、戦いの起点となって居た能力だった。
と、すると―――だ。
俺の魔王スキルも、そう言う戦いの象徴的な能力が生まれるんじゃねえかな? まあ、もしかしたら、全然見当違いの方向性の能力が生まれるって可能性も有り得るけども……。
ま、良いや。どんなスキルが生まれるのかは、生まれてみれば分からあな。
思考を切って窓から部屋の中を覗き込む。
謁見の間から戻って居たレティが椅子に座って居た……けども、なんだろう? 若干……いや、大分雰囲気が変な気がする。
なんつーの? 「浮気をしていた男が部屋に帰って来たら、彼女が浮気の証拠を机に置いて、無言で座って居た」みたいな感じ?
いや、まあ、浮気も何も、俺彼女居た事すらねえから、この例えが合ってんのかも分かんないけど……。
とりあえず、窓の方は見て無いから【仮想体】出しても大丈夫そうだな?
籠手だけ付けた透明人間に窓を開けさせ、レティに気付かれる前にサッと【仮想体】と籠手を収集箱に引っ込める。
よし、バレて無いバレて無い。
開けた窓の隙間からスルッと中に入り、礼儀正しく体で押して窓を閉める。
「(ただいまー)」
言うと、座ったまま微動だにしなかったレティがチラッと俺を見るや、頬を膨らませながらプイッとそっぽを向く。
え? 何? 怒ってんの? 激怒プンプン丸なの?
この反応から察するに、どうやら俺に怒っているようだが……俺、何かしましたっけ?
今朝方は機嫌も良かったっぽいのに、俺が留守してる間に何があったのさ?
トコトコと座っているレティの足元まで歩く。
「(レティ?)」
「…………」
顔を覗き込みながら話しかけても、またプイッとそっぽ向かれる。
何? 何なの本当?
この年の女の子は扱いが難しいと聞くが、女性経験が乏しい……と言うか、ほぼ無いに等しい(若干泣く)俺には、この状態の女の子の相手をするのは難易度が激高い……。ぶっちゃけ見なかった事にして外に逃げたいくらい高い。
いやぁ、でも、声かけちゃったしな……。
「(レティ、何かあった?)」
挫けずに再び声をかけてみる。
頑張れ俺。既にかなり頑張ってるけど、もっと頑張れ俺!
「………」
「(レティ?)」
「……なんで私が怒っているのか、分からないんです?」
いや、分かんないから訊いてんだけど……。
いっその事、今さっき貰ったばかりの【妖精の耳】で何考えてんのか聞こうかとも思ったが……流石にそれはマナー違反。っつか、やったら人としてのモラルを疑われるのでやらないが。
「(分かんない。何怒ってんの?)」
すると、頬を膨らませて俺を睨む。
なんで睨むのこの子。
そんな怒り方してもぶっちゃけ可愛いだけよ貴女? もうちょっと怒り方の勉強しなさい。
「私、言いましたよね? 部屋を出る時に待ってて下さいって言いましたよね!」
あー……言ってた気がする。それ聞いた3秒後には外に出てたけど。
「それなのに、なんで私が戻って来たら居なくなってるんです!」
「(なんでと言われましても……猫ってふらっと居なくなる物ですし)」
まあ、俺が色んな所をチョロチョロするのは猫である事とは一切関係無いけども。
「都合の良い時だけ猫にならないで下さい!」
そう言われると、何にも反論できねえな……。
まあ、グダグダ言い訳するより、ちゃんと謝るべきか。人として……っつか、大人として。
昔から両親に「礼と謝罪の言えない大人にだけはなるな」って言われ続けましたし。
「(ごめん、どうしても外に出なきゃ行けない用事があって)」
「用事と私とどっちが大事なんです!」
なんかお姫様が「仕事と私どっちが大事なの!」的な面倒臭い事を言い始めたんですけど、いったい私はどうすれば良いでしょうか? とか、何たら知恵袋に訊いたら答えてくれないかしら? ダメかしら? ダメですね。
「(どっちも大事だけど……)」
「どっちかにして下さい!」
えー……面倒臭……。
世の旦那さんはこう言う時どうやって切り抜けてるのかしら、本当に。
「(レティかな)」
「だったら何で行ったんです!」
「(……えっと……じゃあ、用事の方)」
「私より用事の方が大事なんて!」
何これ?
どっちを選んでも不正解って理不尽過ぎない?
「もう、もう! ブラウンなんて知りません!」
「(知らないと言われても……どうして欲しいのさ……)」
「そう言う事は自分で考えるんです!」
言うと、三度プイッとそっぽを向く。
考えろと言われてもなぁ……女性経験の無い俺には答えが分からないんですけども……。
しかし先人に習う事は出来る。
古人曰く「女性関係で困った時は、とりあえずプレゼントでご機嫌を取れ」だ。
えーっと、何かプレゼントに出来そうな物って有ったかな?
目を瞑って収集箱のリストをペラペラと捲る。
近頃はそこそこのアイテム量になって来たので、リストを一通り確認するだけでも一苦労です。
……んー……俺が集めてるのは、基本的に武器防具ばっかりだから、女性にあげるような物って少ないな……。
えーっと…、これとかどうでしょうかね?
目ぼしい物をレティに気付かれないように収集箱から取り出し、パクッと口に咥える。
それを咥えたまま机の上にヒョイッと軽いジャンプで上がる
「(じゃあ、お詫びにコレあげる)」
咥えて居た物をコトンッと机の上に落とし、丸っこい手で差し出す様にレティの方にそれを押し出す。
そっぽを向いていたレティだが、俺が何を置いたのかは気になったようで、チラッと横目で机の上を見る。
机の上に置かれているのは―――指輪。
「ぇっ……指輪、です?」
この指輪はアレだ。
ガジェットの参謀をしていた蝙蝠野郎が持っていた奴だ。
『【耐魔の指輪 Lv.11】
カテゴリー:装飾品
サイズ:小
レアリティ:D
所持数:1/10』
装備していると、そこそこの魔力系の攻撃への耐性が得られるって奴。
猫の体じゃ指輪は装備出来ないし、【仮想体】は防御能力を上げる必要性が無いし、この指輪は即行でタンスの肥やし行きだった。
ですので、別にレティにあげちゃっても構わない訳です。
「これを私に?」
「(うん)」
言うと、恐る恐ると言った手付きで指輪を手に取る。
宝物を見つめるように、若干頬を上気させながら手の中の指輪を見つめるレティ。
良かった、気に入ってくれたみたい。
「この指輪、どうしたんです?」
「(人から貰った)」
ドロップアイテムは広義の意味で“貰った物”なので嘘じゃないです。
「持ち主の方に返してくれって言われませんか?」
「(大丈夫)」
野郎がゾンビになって冥府から這い上がって来ない限りは。
「じゃ、じゃあ、本当に貰っちゃいますよ?」
「(どうぞ)」
すると、レティは何を思ったのか左手の薬指に指輪をはめる。
いや、いやいやいや、その指はダメじゃない? 猫から貰った指輪をその指にはめるのはダメじゃない?
いや、まあ、落ち付け俺。
指輪の意味が元居た世界と同じとは限らないじゃん? はめる指だって、特に意味なんて無い可能性だって十分にありますし、ええ。
レティのほっそりとした白くて長い指にリングがはめられる。
指輪が大きくてブカブカだった―――のだが、指にはめた途端にシュルシュルと縮んでレティの指にピッタリのサイズになる。
え!? 何今の!?
「あ、これ、魔法の指輪だったんです?」
「(……どゆ事?)」
「魔法の道具は、所持者に合わせてある程度サイズを調整してくれると聞きました。この指輪もそうだったんですね」
マジで!?
そんな便利機能あったの!?
俺、今まで装備品のサイズに合わせて【仮想体】を創ってたから、全然そんなの知らんかったわ……。
俺が勝手にビックリしていると、自分の指に収まった指輪を見つめて「えへへ」とレティが嬉しそうに笑う。
そして、俺を両手で包むように抱き上げて、頬を寄せて来る。
「これからは、特別な関係なんです」
頬を赤らめながら言う。
特別?
元々猫と人間だから、関係は特別じゃん?




