5-4 短剣の勇者
老執事に案内され、1人の女が謁見の間に現れる。
茶色のセミロングの髪をポニーテールで纏めた、どこかアスリートを思わせる“美しい”より“恰好良い”女性。
透き通るようなマリンブルーの瞳は、狐の目のように細く、何処を見て居るのか良く分からず、得体の知れない不気味さを演出している。
あまり女性らしくない旅装をしているが、そんな恰好でも、その下にある豊満な女性らしいボディラインが主張している……って、これは若干セクハラですか。まあ、思うだけならセーフって事で。
そして―――彼女の背腰に収まる、鮮やかな緑色のオーラを纏う短剣。
今の王様達は既に家畜の姿ではない。
王族としての資格も復権しているし、その御触れも国中に出されている。
つまり、仮の屋敷の仮の謁見の間であろうとも、相手は正真正銘の王族だ。それを前に忠誠を誓った騎士の剣以外で持つ事が許されている武器。
間違いない。
あの短剣が神器だ。
コソッと借りられないかな? パッとやってパッと返すし、うん。別に盗む訳じゃねえから、ちょっと借りて収集箱に登録するだけだから、うん、本当。
「御目にかかれて光栄です陛下」
俺が盗む……いやいや、違う、盗むじゃねえ借りる計画、借りる計画ね? うん。
リテイク。
俺が神器を借りる計画を考えている間に、女性は王様達の前まで進み、膝を折って頭を下げる。
「うむ。そなたは、短剣の勇者だと聞いたが?」
「はい」
言うと、短剣を抜き、王様に捧げるように前に差し出す。
緑林を思わせる美しい緑の刃。
渦巻く風のような装飾のナックルガード。
「私の神器―――“絶風の短剣”で御座います」
「おお、これが嵐すら切り裂くと言われる絶風の短剣か……!」
王様やレティ、それに周りに居た大臣達も驚き目を剥く。
まあ、ビックリする気持ちは分かる。
昨日の歴史の授業によると、ほとんどの神器は戦争の敗北で魔王達の手に渡ってしまったらしいし、それが目の前にポンと出されたら、そら勇者が来るって知ってて心構えが出来てたとしてもビックリするわ。
女性が短剣を腰の鞘に戻すと、仕切り直すように軽くもう1度頭を下げてから話し始める。
「改めまして、“短剣の勇者”シルフと申します」
風の精霊……ね。
随分優雅な名前だこと。とか思っていたら、続きがあった。
「と言っても、これは勇者としての偽りの名。真名は、勇者としての使命が終わる時までは神と親御に返しておりますので名乗れませんが、どうかお許し下さい」
偽名かい!!
とりあえず心の中でツッコミだけは入れておく。
まあ、勇者家業だと色々あるんだろう。元の世界で言うところの、芸名とかペンネームとかと同じ奴と思っとけば良い……と思う、多分。
名前からでも、住所や電話番号とか個人情報を特定する事は出来るし、コッチの世界なら魔法や天術で、もっと詳細な情報を入手出来たりするのかも知れないし、そう言う警戒の意味での偽名って事じゃない?
だとすると、この狐目の姉ちゃんは結構用心深い人間かもしれんね。
「陛下達の事も、この国の事も風の噂で聞いては居ましたが、助けに来る事が出来ずに申し訳ございません」
ペコっともう1度下げる。
そうだよ、勇者がアザリア以外にも居たんなら、もうちょっと何かしてくれよって話よ! 結局この国の魔王を倒すのも、その後の魔族の処理も全部俺1人でやったようなもんじゃんか!
もっと働け勇者この野郎!
偽物の勇者がこんなに頑張ってるんだから、馬車馬の如く働いてもっと俺に楽させろぃ!!
……え? 別に俺が頑張ってるのは「勇者として」じゃねえじゃんって?
ええ、そうですよ? 魔王倒したのも、国中の魔族ブチ転がしたのも全部俺が強くなる為に俺が勝手にやった事ですけど?
「よい、既に終わった事だ。お主とて勇者の戦いを続けて居たのであろう? それならば、責めるのは筋違いと言う物。それに、今こうして人の姿に戻り、国も魔王の手より奪還されているのだ。ならば、それで良いではないか」
「そう言って頂けると、心の重しが軽くなります」
「それで―――勇者が特に用も無く来た訳ではあるまい?」
「はい。解放されたこの国と陛下達の様子を見に来たのもそうですが、彼の魔王バジェットを倒したと言う騎士団を一目見ておきたかったのです」
ようは、この国の戦力確認って事か?
このシルフさんとやらが何処の人間なのかは知らないが、まあ、王様達が会った事無くて、ガジェットとの戦いに首突っ込んで来る様子も無かったから、多分この国の人間じゃ無い事は確かだと思う。
って事は、このシルフさんは他国からわざわざ自分の居た国の人達を放り投げてこの国に来た訳だ。
何をしに?
決まってる。
魔王を倒す為の戦力を確保する為に、だろう。
王様も俺と同じ考えに思い至ったようで、直球でそれを訊く。
「そなたは、魔王と戦う戦力を求めているのか?」
「いいえ」
即答だった。
一瞬の迷いも無くシルフさんは否定した。
「騎士団を見ておきたかったのは、今後のこの国の防衛を心配したからであって、それ以外の他意はありません。魔王と戦うのであれば、それは私達勇者の仕事ですので」
そんな言葉に「ほう」と感銘を受けたような表情の皆様方。
……なんか「勇者凄い」な雰囲気なところ申し訳ないけど、口八丁で生きて来た元営業職としては、この女……微妙に胡散臭い……。
何と言うか……アザリアのような純粋真っ直ぐタイプの人間がそう言うセリフを吐いたら信用出来るのだが、このシルフさん(仮名)はそう言うタイプには見えないし。
言いたくねえけど「口先だけの言葉」っぽい。
息使いとか、声のトーンとか、声の熱の入れ方とか。
営業職は嘘を吐いてはいけない職業なせいか、逆に嘘を吐かれる事に敏感だ。
“人の嘘を見破れる”って言うと異世界チートっぽくて凄いけど、100%見破れる訳じゃないし、人に嘘を吐かれるのが分かるのも良い事ばかりじゃない。
「人間不信になる……」と先輩も飲みに行った時に愚痴ってたしね?
「それで―――」
何かを喋ろうとしてシルフさんが言葉を止める。
何だ? と思ったら、狐のような細い目が鋭くギョロッと動いて
――― 俺を見た。
勿論、俺は謁見の間には居ないのだから、猫を直接見た訳ではない。
謁見の間の空中に浮かせている俺の視覚、それを狐目がジッと見つめていた。
………もしかして、見えてます?
この女、【バードアイ】を見破ってるのか……!?
アビスに見破られた時の事を思い出して、知らず嫌な汗が噴き出す。
「どうかされたか?」
「いえ、何も。失礼致しました」
【バードアイ】から視線を切ると、何事も無かったように王様との話に戻る。
ヤベェな、あの女。
下手すりゃ俺の正体がバレかねない。そして正体バレは、俺にとって死活問題だ。
ただでさえ魔王相手にドンパチして危険がゴロゴロしてるってのに……。
1番の危険回避の方法は、突っ込んで行く事でも逃げる事でもない。
現代社会の皆が知って居て、皆が実行している方法だ。
つまり―――関わらない、だ。
じゃ、そう言う事で。
俺は【バードアイ】を引っ込めると、そそくさとその場を後にした。




