5-2 姫と猫は勉強する
ジャハルの王族を軟禁していた屋敷のレティの部屋にてお勉強中。
ああ、そうそう。
王族が健在である事は発表したが、未だにレティ達も騎士やメイドの方達も皆この屋敷から出て居ない。
と言うのも、戻ろうにも城の方が酷い有様だ。……まあ、酷い有様にした原因の半分……いや、3分の1くらいは俺のせいなんだけど……。
ともかく、城に戻るにはその修繕が終わってからってんで、今、国中から大工が集まってせっせと頑張って居るそうな。
まあ、城に戻るのは頑張っても1ヶ月後だそうで、それまでは城から近い(近いか?)ここジャハルで生活するとさ。
「では姫様、西の大陸を支配する魔王達について説明できますかな?」
豊かなモッサモサの白い髭を生やした老人が、机に座るレティに質問する。
この爺様がレティの勉強の先生だそうで、何でも王様も小さい頃はお世話になったとか。
親子2代で同じ先生に教わるとか、それはそれで夢がある。
爺様もレティを孫娘のように可愛く思っているのか、人間に戻ったレティを見た時には皆と同じように……下手すりゃそれ以上に大泣きして居た。
ま、爺様が感動した話は置いといて……先生からの質問に歌うように答えるレティ。
「はい先生。西の大陸は、“最古の血”と呼ばれる、魔王様の中でもより強大な力を持った3人の魔王様達によって支配されています」
「そうです。では、その3人の魔王とは?」
「はい。アビス・A様、エトランゼ=B・エトワール様、デイトナ=C・エヴァーズ様の3人です」
ん? あれ、その3人って、全員アレじゃない? マジンに因縁ある3人じゃない?
この世界の世界地図は見た事ないが―――そもそも存在しているのかも知らないが―――俺が居るのは「東の大陸」と呼ばれている。って事はですよ? 俺にとって1番怖い3人のヤバい魔王は、纏めて別の大陸に居るって事じゃん?
大陸が離れて居るってんなら、そこまで大袈裟に俺の情報が出回る事を警戒しなくても大丈夫じゃねえかな?
この世界には【転移魔法】が有るから、大陸間移動も1瞬で出来る。しかし、あのクソ消費の激しい魔法を使える奴なんて、多分魔王を含めて数人しか居ないと思う。
であれば、海を挟んで情報が渡るのには相応の時間や苦労が必要になる。
電話やネットが無いのであれば、普通に情報を伝える方法は手紙か口伝か……まあ、俺の知らない情報伝達の魔法とかあるかも知れないけど……。
だったら、多少コッチの大陸で暴れても良いんじゃねえかなぁ?
いや、いやいや、待てよ?
そう言えば【転移魔法】以外にも、パッと移動する方法が有るのを思い出した。
俺がこの世界に来た時に、謎の男達が使って居た“どこで●ドア”だ。
あれがどういう仕掛けか分からないが、あの便利なドアが1つだけとは限らないじゃん?
ん~……やっぱり警戒して置いて間違いじゃねえな、うん。
それはそうと……“どこ●もドア”に繋がる話として思い出したけど、俺がこの世界に来た時に居たアイツ等は何者だったんだろう?
召喚がうんたらかんたら言ってたのは覚えてる。
あと、勇者がどうのこうのと言ってたのも覚えてる。
……いや、でもそれ以上の事は覚えてないや。だってあの時、俺自分が猫だと気付いてそれどころじゃなかったし。
多分、俺が人の姿のままであったのなら、元の世界に帰る方法を求めてアイツ等を探す旅とかしたんだろうけど、今の俺は猫ですし。元の世界に帰る気なんてねえしなぁ……。
ただ、気にしだしたら、奴等の正体にちょっと興味が出たな? まあ、今は強くなる事でいっぱいいっぱいで、あの連中を探してるような暇ないけども。
で、だ……。エンシェントブラッドってなんじゃろうか?
「(レティ、エンシェントブラッドって?)」
先生に気付かれないようにヒソッと訊いてみたが、1対1の家庭教師的授業で気付かれないなんて事ある筈もなく……。
「おや? 猫君、何か質問ですかな?」
「エンシェントブラッドとは何かと訊いています先生」
「ふむ、では、姫様答えてあげて下さい」
「はい。最古の血とは、本来は約100年前にこの世界に現れた“最初の魔族”を指す言葉です。ですが現在ではその数は片手で数えられる程に減っていると言われ、この言葉の意味自体が廃れて、今やこの言葉は西の大陸を支配する3人の魔王様達を指す言葉になっています」
「そういう事です。分かりましたか猫君?」
「(はーい、アザース)」
最古の血……ね。
アビスの野郎は、どう見てもぱっと見は20代……下手すりゃ10代だった。
けど、実際は100歳前後って事か?
魔族は人間に比べて長命なのか? それともアビスだけが異常な若作りで、他の奴等はシワシワな御爺や御婆だったりすんのかしら?
「補足すると、西の大陸の魔王達は力を極めた為、争い事に対して東の大陸の魔王達程貪欲では有りません。その為、アチラの大陸の国々は、コチラよりも支配体形が落ち着いて居ると聞きますな? もっとも、アチラには強大な魔物や至竜も現れると聞きますから、“安全”であるかどうかはまた別の話ですが」
争い事に貪欲じゃない?
アビスの奴は、誰がどう見たって強者との戦いに飢えた戦闘狂だったぞ……?
この授業大丈夫? 間違った情報教えてない?
「では、次に魔王が魔王たる所以をお答え下さい」
魔王が何故魔王なのかって?
そら【魔王】の特性持ってるからだろ。
心の中で俺が即答していると、横でレティが淀みなくスラスラと答える。
「圧倒的な肉体能力と魔力、そして何より魔族の軍を率いている事です」
残念、ハズレだよレティ……。
肉体能力と魔力はともかく、“魔族を率いる”が魔王の条件なら、俺は魔王にはなれねえな? 出会った魔族は基本ぶち殺して経験値にしちゃうし。
まあ、別に魔王を名乗りたい訳じゃないから全然構わねえんだけど。
今の俺にとっては、魔王呼ばわりされるより、勇者呼びされる方が厄介ですしねぇ。
「いいえ姫様。魔王たる所以は、その力が継承される事にあります」
継承……? 何それ? そんな話し聞いてないんですけぉ?
「魔王は例え倒したとしても、その力が別の魔族へと継承され、その者が次の魔王となります。故に、魔王は決して数が減る事がありません」
マ ジ で!?
って事は、アレですか? 俺が倒したアドバンスやガジェットも、その力は次の魔族へ渡っちまってるって事か!?
ち、チキショウ!! なんてこった!? って事は……って事は、倒しても意味無かったって事じゃ―――……ん? いや、ちょっと待てよ?
倒しても、次の魔王が生まれる。
生まれたばかりの魔王が、流石にアドバンスやガジェットのような強さを持ってる訳はねえ。
それを、俺が狩れば………!!
――― 経験値ウマー!!!!!
や、ヤベエ!! 魔王を使って無限に大量の経験値稼ぎが出来るじゃねえか!!
「ですが先生、隣国の魔王アドレアス様は、剣の勇者様に倒された後もその力を継承した次の魔王様が現れて居ないと聞きました」
「う……むぅ……そうですな。こんな事は魔王と勇者の戦いで始めての事です」
え? あれ? 俺の無限はぐれメタ●計画がアッサリ頓挫した?
………なんで、こう上手く行かないかなぁ……?
大体なんで次の魔王が生まれないのよ?
………………ん? もしかして……いや、もしかしなくても俺自身のせいじゃね?
本来は、死ぬと別の魔族に【魔王】の特性が渡る筈だったのを、俺が殺した事で【収集家】が横取りしちまったからじゃね?
そう考えると、俺の観察眼が急に鋭くなったのもアドバンス―――延いては、代々の魔王の戦闘経験値が特性の中に蓄積されているからだと考えられる。
デッドエンドハートにしたって、アビスの事で追い込まれた末に脳味噌振り絞ったっつっても、元の世界の俺なら、あんなえげつない必殺技多分思い付きもしなかった。これももしかして【魔王】の影響だったのかもしれない。
とすると、だ。
無限はぐ●メタル計画は使えなくなったが、魔王を倒す事で、代々の魔王が積み上げて来た“読み”とか“戦闘センス”とか、そう言う感覚的な部分を俺の中に集約出来るって事じゃないか?




