5-1 雨の日はテンション下がる
雨が降って居る。
バシャバシャと、気持ちを地面の下まで沈めてしまうような鬱陶しい雨。
元々、俺は人間の時から雨が嫌いだった。
通勤の時にも、営業で外に出る時にも、濡れて散々な思いをしたのは1度や2度ではない。
休みの日、「何処か遊びに行くか!」と予定をたてた日に限って雨が降って「ファッ●ンレイン!」と叫んだ事もある。
そんな雨嫌いの俺が、猫になった事で更に雨が嫌になった。いや、もう嫌って言うか「死ねば良いのに」ってなる……ってか、現在進行形でなってる。
雨の日は体がダルくなるし、強化されてる感覚の精度も3割減。食欲も若干落ちてる気がするし、こう言う日こそ食っちゃ寝するに限る。
え? 俺を狙う魔王が居るかも知れんのに、そんなノンビリ構えてて良いのって? 仕方ないじゃん? やる気出ないもんは出ないんだから。全部雨が悪いんだよ、文句は雨を降らせてるファッキ●クラウドに言っとくれ。
それに、今日はこんな有様の俺だが、昨日まではちゃんと世の為人の為働いてましたし。
魔王ガジェットを俺がぶち殺してから、ツヴァルグ王国は急転直下の大騒ぎ。
アレやコレや、上や下や、もう何処もかしこもてんやわんやのお祭り騒ぎでしたよ?
国を支配していた魔王が一夜にして討たれ、家畜の姿に変えられて居た王族が人に戻る。
皆泣きながら喜んでいた―――が、その裏で俺はコソッと動いて居た訳です。
確かに俺は魔王をシバき殺した。城に居た取り巻きの魔族達も、だ。ついでに、王族を家畜に変える能力を持った魔族も。
だが、それでこの国の全ての魔族が死んだ訳ではない。
他の町に行けば、当然のように町を支配しているそこそこ凶暴な魔族が居て、有象無象の魔族達が我が物顔で町を闊歩している。
そう言う、他の町の“処理”を俺がヒョイッと回ってやって居た訳だ。
アドバンスを倒した時には、アザリア達がこの役をやってくれたから、俺は王都以外は何も手を出さずに済んだが、この国はねえ……戦力がどうにも心許ないし。
基本的に後始末は他人に丸投げする俺だが、流石にこれは放って置けねえってんで、仕方なく国中の町の解放を勝手にやらせて貰った訳ですな?
あ、勿論、“勇者モドキ”の姿は見せてないよ? 町を廻った時に見せたのは、鉄の鎧を着た【仮想体】だけだ。
ただ、謎の鎧が現れても不審な事この上ないので、マント代わりにツヴァルグ王国の紋章の入った旗を拝借して身に着けて居た。
そしたら、もう、評判が良いのなんの!
人間って本当に単純だよね。
中身不明の相手なのに、記号1つ添えるだけで簡単に信用しちゃうんだから。
ま、ともかく、そんな感じで頑張って姿を隠しながら、村を解放して回って居た俺ですが……流石に雨天休業です。だって、猫ですもの。
つっても、昨日まで頑張ったお陰で、大抵の村は魔族の手から解放出来た筈。
あと、地味に【魔族】の特性がレベル750を越えた。まあ、あれだけ魔族ぶち殺して回ればねえ……。
けど、その割に、【魔王】の特性はレベル上がんねえんだよなぁ……?
ガジェットを倒した時に特性のレベルが11になり、そして妙な文章がログに流れていた。
『特性【魔王】のレベルが10になった為、魔王スキルを取得する事が可能になりました』
魔王スキル。
いかにも凄い効果のスキルっぽいけど……取得の仕方が分かんねえ!!
自動取得な訳じゃなさそうだし、かと言って選択肢が出る訳でもない。
で、「ふざけんな、さっさとスキル寄越さんかいワリャコリャぁ!」と収集箱の中で色々弄ってみた結果、こんな文章が出た。
『魔王スキルは戦闘経験から最適化された物が生み出されます。スキル作成に必要な戦闘経験を積んで下さい』
と言う事らしいです。
早い話し、「戦ってるうちに勝手に出るから待っとけ」って事らしい。
とりあえず戦ってれば良いらしいので、この国に残っている魔族を町から町に渡り歩いてブチ転がしてやったが、未だに魔王スキルはうんともすんとも言わない。
え? 町の解放は正義の為じゃなかったのって?
何言ってんの? 俺がそんな殊勝な事する訳無いじゃん。魔王スキルの為の経験値稼ぎですけど何か?
「ブラウン?」
呼ばれて、「うん?」とバスケットから顔を上げる。
そこには輝く様な金色の髪のお姫様が俺を覗き込んで居た。
レティだった。
ついこの間まで子豚だったのが嘘のように、人の生活に馴染んで居るようで何より。
いや、まあ、元々人間だったんだから当たり前かも知れんけども、10年のブランクを感じさせないって話よ。
「あ、起きたんです。お寝坊さんはさっさと起きないとダメなんですよ」
ニコニコと嬉しそうに寝床のバスケットから俺を抱き上げる。
「いつもいつも、ふらっと居なくなったと思ったら、いつの間にか戻って来てますし、何処に行ってるんです?」
「(猫には自由に歩き回る時間が必要なの)」
「もう、言う事は猫っぽく無い癖に、そう言うところは猫なんです?」
「(そら、猫ですし俺)」
レティの若干高めの体温を心地良く感じながら、腕の中でもう一眠りしようと目を閉じる。
年下の女の子の腕の中で眠るってのは、ある種の恥ずかしさと背徳感がある。
そして、年下云々はともかく、女子の腕で眠るのは男にとっての浪漫だと思うの。
「あっ、寝ちゃダメなんですから!」
「(何さ? 朝飯だったら後で食べるから)」
「そうじゃありません。そもそも朝じゃ無くて、もう昼の鐘が鳴りましたから」
知ってる。
その鐘が今日の目覚まし代わりだったし。
昼まで惰眠を貪るとか、こう言うのが猫の特権だよね? 人生……じゃない、猫生万歳ってね。
「もうすぐ先生が来ますから、ブラウンも一緒に勉強するんです」
「(……え~)」
この年になって授業受けるとかしんどいわぁ……。
学生時代は基本サボりも遅刻もしない優等生だったけど、ここはサボタージュして逃げたい。
「なんで嫌がるんです! ブラウンが色々知りたいって言ってたんじゃないですか!」
「(そうでしたっけ……)」
「そうです! だから一緒にお勉強出来るように先生にお願いしたんですから」
全然言った覚えがねえんだが……。
うーん……まあ、いっか。コッチの世界の事を知りたいのは確かにその通りだし。
コッチの世界に来てから―――猫になってから、3ヶ月くらいになるか……? 今更感があるけど、コッチの世界の事を知って置いて損は無いだろうしね?
「もう、もう! ブラウンは“御旗の騎士様”を見習って、もうちょっと勤勉で真面目で規則正しい生活を送るべきなんです!」
猫相手に何言ってんの? ってツッコミは一旦横に置いといて……。
「(何、“御旗の騎士”って?)」
「国中の町を解放して回って居る謎の騎士様ですって。なんでも、国旗をマント代わりにして纏っているそうで、そう呼ばれてるそうですよ?」
「(ふーん、そら凄い。俺には真似できねえわ)」
自分から訊いた癖に、右から左に話を聞き流して朝飯に何を食べようかと頭を悩ませる。
魚……いや、やっぱ肉食としては肉食いたいな。肉一杯食ったら少しは体成長するかもしんねーし。
朝飯が肉に決定したところで、誰にも聞かれないようにレティが声を潜めて言う。別に今この部屋に居るのは俺等だけなんだから良くない?
「ブラウン、ここだけの話ですよ? 皆には秘密ですから」
「(何?)」
抱いている俺の耳に口を寄せると、思わぬ事を言った。
「私、御旗の騎士様の正体に気付いちゃいました」
「(うん……え? えッ!?)」
2段階右折的な2段階驚きをしてしまった。
いや、だって、正体に気付いたって事は俺ですよ!? 俺って気付いたって事でしょ!? とってもヤバいって! ヤバいって言うかまずいって!
内心でワタワタしていても、それを表に出さない俺は営業マンの鏡だと思う。まあ、猫だから出ないってだけなんだけども。
「騎士様の正体は、きっと剣の勇者様です!」
「(………うん)」
まあ……うん……ハズレだけど当たってるよね?
テストの5点問題だとしたら、丸は上げられないけど三角で2点あげます。
「ね、ブラウンもそう思いますよね!」
「(いや、まったく)」
「なんでです! 絶対そうですよ」
「(あの人そんなに暇じゃないし。別人じゃん?)」
「うーん……確かに、勇者様ですものね……」
暫く悩み、次の解答を導き出す。
「あっ、じゃああの方です! ほら、ブラウンと出会った時に私達を助けて下さった騎士様ですよ!」
三角。2点。




