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4-30 御伽話のように

 現在、俺は廊下に居る。

 いや、別に遅刻して「廊下に立ってなさい!」とか言われた訳ではない。今のご時世でそれをやると、先生の方がえらい事になる。

 いやいや、違う、そんな話をしたいんじゃなくて……。


 俺は今、レティの部屋の前で“お座り”している。

 レティは俺が呪いを解いた事で人間に戻った……のは良いんだが、ピッチピチだった子豚のドレスを破って元に戻り、全力で()()だった。いや、全力で真っ裸って言うと完全に変質者じゃない? 流石に女の子を変質者にする訳にはいかんよね、うん。

 まあ、ともかく、これから王様と王妃様の呪いも解きに行くのだが、その為の顔繋ぎをレティにして貰わなきゃならん。けども、裸で移動させる訳にもいかんので、現在メイドさんに手伝って貰ってお着替え中な訳ですよ。

 子豚の時は、気にせず部屋の中で待ってたんだが、流石に人間に戻ったレティの着替えを部屋の中で待つ訳にもいかんしねぇ……。

 まあ、レティは気にしてない様子だったけど、だからって平気な顔して居座れる程俺は無神経じゃない。

 相手は年頃の女の子ですし、一応俺だって気を使うのさ。

 ちなみに【仮想体】は消してある。

 廊下に立たせるには、金の鎧は目立ち過ぎるからな?

 する事もなくボンヤリする。

 ……いかん。魔王戦と【転移魔法(テレポート)】の疲れのせいで、ボーっとしてると意識が夢の中に引っ張られそうになる……。

 俺が眠りの海に漕ぎ出そうとウトウトし始めた頃、ようやく扉が開いて2人が出て来た。


「ブラウン、お待たせしました」


 扉の前でチョコンッと座っていた俺にペコっと小さく頭を下げるレティ。

 その背では、腰まで届くフワフワとした輝く様な金色の髪が揺れている。

 小動物を思わせるクリっとした瞳。スッと通った鼻筋。

 顔のパーツ1つ1つを職人が丹精込めて作ったかのように美しく、無邪気さと大人っぽさの両方を纏う少女はどこか神がかった存在に思えた。

 ………え? これレティだよね? 今さっきまで丸っこい子豚だったレティだよね?

 子豚の時の肉々しさはどこに置いて来たの? 肉々しいどころか、むしろ細過ぎて心配になるくらいなんだけど……。


「(レティだよね?)」

「そうですよ?」


 「何を当たり前の事を」と言いたげなキッパリとした返答。

 いや、うん、そうなのは分かってるんだよ。分かってるけど、なんか、微妙に俺の中の何かが受け入れ切れてねえんだよ……。

 おとぎ話で王子様やお姫様が、何か醜い物に変えられるって話はあるけどさぁ……その後愛の力で元に戻ったその人を、良くすんなり受け入れられるよなあ、と物語の登場人物に尊敬の念を抱いてしまう。


「視線が高くてちょっと落ち着かないですけどね?」


 言いながら俺を抱き上げて胸に抱く。

 ……ふむ、匂いは確かに本人なんだよなぁ。いや、でもやっぱり豚の時とは体臭が違うよ、うん。

 俺が変な事を確かめて居ると、レティの後ろで黙っていたメイドさんが悔しそうに謝った。


「姫様、申し訳ありません!」

「だから、別に良いんです。ネリアが気にする事じゃないんですよ?」


 今にも床に平伏(ひれふ)しそうなメイドさんをレティが一生懸命なだめているが、何かあったのかしら?


「(何かあったの?)」

「いえ、実は(わたくし)のドレスなんですけど……10年間子豚の姿だったので、今の私のサイズに合う物が無くて、間に合わせの物なんです」


 間に合わせ? まあ、確かに“お姫様”って肩書が着るにはちょっと地味に見える。

 フリルやらの装飾もなく、色もどこか濁っているし。でも、まあ、軟禁されてる状況で着る物なんてそんな物じゃないの? 俺軟禁なんてされた事ねえから分かんないけど。

 でも、まあ、メイドさんの気持ちも少し分かる。

 10年ぶりに人に戻った可愛らしいお姫様だ。

 命一杯綺麗に着飾った姿を皆に見せてあげたかったのだろう。いや、皆ってか、これから会いに行く王様と王妃様……両親に、だな。


「それでブラウン、剣の勇者様はどこに行ったんです?」

「(透明化の天術で隠れてるだけで、すぐ近くに居るよ)」


 サラッと嘘を吐く自分の図太さに若干呆れつつ泣きそうになる。まあ、でも天術云々はまるっと嘘だが、近くに居るのは嘘じゃないもん。

 そして勇者の話題が出るや否や、メイドさんの目つきが3割増に悪くなり、何処に居るのかとキョロキョロしだす。

 ………10年前の戦いのせいで勇者に信用無いのは知ってるけど、この人いくらなんでもヘイト値が高過ぎない?

 が、そんな殺気立ってるメイドさんの事を気付かずレティは俺を撫でる。


「勇者様に御礼を言いたかったのですが……」

「(気にしなくて良いんじゃない? 別に御礼言われたくてやってる訳じゃねえと思うよ)」

「姫様! 勇者なんぞに礼は不要です!」


 ………いや、うん。礼は不要で良いんだけどさ……自分(おれ)が言うのと他人が言うのとは意味が違くね? まあ、別に良いんですけどね……?


「ネリア、例え勇者様の使命が“皆を助ける事”だったとしても、それは義務ではないでしょ? だけど、勇者様は助けに来てくれた。だったら、御礼を言うのは当然です」

「……はい。少々勇者への不信感が強過ぎました。申し訳ございません」


 やーい怒られてやんの! などと騒ぐほど俺は子供ではない。


「(やーい怒られてやんの!)」


 子供ではないが若干腹がたったので言った。


「もう、ブラウン!」

「(はいはい、すいませんすいません。そんな事より王様達の所行かない? 勇者様が待ち草臥(くたび)れてるみたいだから)」

「は、はい、そうでしたね」


 何処に居るか分からない“剣の勇者”に軽く「待たせてごめんなさい」のお辞儀をしてから廊下を歩き出す。

 ……のだが、一歩踏み出した途端に、何も無い所でレティが足を(もつ)れさせて転びそうになる。


「ひゃっ!」」

「姫様!」


 危なっ!? と俺がレティの手の中で何か行動を起こす前に、メイドさんが後ろから抱き締めるような形でレティを受け止める。


「姫様、大丈夫ですか!?」「(大丈夫かレティ?)」


「は、はい。2足歩行は10年ぶりなので……」


 普通の人間が普通にやっている事を失敗して、レティが恥ずかしそうに顔を赤らめて自嘲する。


「それは仕方ありません。歩いて居れば慣れるでしょうし、それまではお気を付け下さい」

「はい、そうします。ブラウンもゴメンなさい、危なかったですよね?」


 俺を抱いたまま倒れそうになったのを謝っているようだが、魔族の魔法やら、魔王の意味不明な攻撃を食らっている俺にしてみれば転倒なんて全く怖くない。ってか、【アクセルブレス】で加速すれば転んだ衝撃殺せるから怪我する心配も無いし。


「(いや、俺は大丈夫だけど。レティの貧弱ボディじゃ転んだら怪我するから、本当に気をつけなよ?)」

「もう、素直に心配してるって言ってくれれば良いんです!」

「(心配してるしてる)」

「……口調が軽いんです……」


 若干ムくれながらも再び歩き出す。

 ただ―――そこからが大変だった。

 王様達の部屋まで2分もかからない移動だと言うのにえらい時間がかかった。

 擦れ違ったメイドさんや屋敷を見回っていた騎士達が、見慣れぬ美しい少女を見て「おや?」と言う顔をして、次にレティの侍女であるメイドさんが後ろに付き従っている事実に気付き「まさか!?」と言う顔をして、そして誰も彼もが膝を突いて泣き崩れるのである。

 結局レティが「あとで皆に事情を話しますから」と言ってなんとか仕事に戻らせたのだが、泣きながら戻って行ったので屋敷中で変な騒ぎになっている事だろう。


 やっとこ王様と王妃様の部屋に到着。

 ……皆嬉しいのは分かるんですけど、俺が疲れてる時に疲れるイベントを発生させるのは止めて頂きたいのですよ……。

 レティの腕の中で俺がゲッソリしていると、レティとメイドさんがアイコンタクトで何やら相談している。何を話しているのかは流石に分からんが、2人がクスクスと部屋の中を指さして笑っているところを見ると、多分何か悪戯かサプライズでも思い付いたんじゃねえかな?


 メイドさんが先に立ってドアをノックする。

 中からノイズっぽいざらついた声で「入れ」と返事。

 今の声は確か牛の王様の声だ。……ってか、今この屋敷警戒態勢なんちゃうの? ノックしてる相手確認せずに通しちゃって良いの?

 それだけこの屋敷を守ってる騎士達を信用してるって事かしら?


 メイドさんが扉を開けて、部屋には入らず中に居る王様達にペコっとお辞儀をする。


「両陛下おはようございます」


 中の様子は見えないが、言葉ではなくジェスチャーか何かで返事をしたようで、メイドさんは話を続ける。


「このような時間から失礼致します。実は……姫様が……」


 うわ……メイドさんが凄い落ち込んだ暗い顔してるよ!? むっさ演技してる、むっさ演技してるよこの人!?

 さっき無茶苦茶泣きまくって目が赤いのが凄い真実っぽいし!?

 後で怒られないの大丈夫!? 首刎ねられたりしない!? 俺、いくらなんでもそれは助けに入れないよ!?

 部屋の中で王様達が慌てて動いたのか、何かがガタっと倒れる音。


「レティシアに何かあったのか!?」

「あの子は無事なの!?」

「それが……」


 泣くように顔を覆いながら、チラッとコッチを見るメイドさん。

 今が出番ですよ……って事ね。

 この人、元とは言え国のトップ相手にノリノリじゃねえか!?

 レティにもメイドさんの視線の意味は伝わったようで、1度深呼吸してからメイドさんの横をすり抜けて部屋の中に入る。

 部屋の中に入って来たレティを見て、どこかオロオロしていた牛と鶏がポカンとした顔をする。

 動物の表情なんて読めないが、2人の心の中は何となく分かる。

 会った事はないが、どこかで見た事があるような少女。あれ? どこで見たっけ? ああ、娘に良く似てる……あれ? まさか!? って感じでしょう。

 鶏の王妃様が、倒れそうにヨタヨタと歩いてレティに寄って来る。


「まさか、私のレティシア……なの?」


 名前を呼ばれ、レティが嬉しそうに笑う。


「はい、お母様!」


 っと、空気を読める俺は、黙って力の抜けたレティの手の中からスルッと脱出して下がっておく。


「なんと……これは、夢か、それとも……本当に奇跡か……!!」

「ああ、なんて事、なんて事なの!」

「夢ではありませんお父様、私は本当に人に戻る事ができたのです」


 言いながら泣きだしたレティは、床に膝をついて鶏の母を抱き締めて、牛の父に「夢じゃない」と伝えるように頬擦りする。

 さっきメイドさんと一緒に散々泣いたのに、まだ泣くのか……そのうち脱水症状で倒れるんじゃないかと心配になって来た。

 っつか、後ろの方でメイドさんもボロボロ泣いてるし……。


「良かった、お前だけでも元の姿に戻れたのだな!」

「ええ、ええ本当に! 貴女が戻れただけで、私達の10年間の耐える戦いは無駄ではなかったわ!」

「いいえ、いいえお父様お母様、私だけではありません! 皆元に戻れるのです!」

「どう言う事だ? 何か、呪いを解く(すべ)が見つかったのか?」

「はい。実は、今朝方そこに居るブラウンがある御方を連れて来てくれました。その御方の力で私は元に戻る事が出来たのです」


 一応名前が出たのでペコっとお辞儀をしておく。


「あの猫が……?」

「その、ある御方と言うのはいったい誰なの?」

「きっと驚きます。ブラウン、お呼びして」


 コクっと頷く。

 一応天術で姿を消してるって設定だから、パッと現れても不自然じゃないよね?

 (おれ)の隣に“剣の勇者装備”を着せた【仮想体】を立たせる。あっ、「お呼びして」って言われたんだから部屋の外から入らせた方が良かったな……まあ、良いや、もう出しちゃったし。

 突然現れた金ぴかの鎧に、流石の王様達もビクッと驚く。


「むぅ…! い、いったい何時からそこに……!?」


 今この瞬間からです。


「お父様お母様、ご紹介します。隣国の魔王様を打ち倒したと言う剣の勇者様です」


 一応「勇者ですよ」アピールに、腰の旭日の剣を握って見せる。


「なんとッ!? ほ、本物の剣の勇者殿か!?」

「まあまあ、『来てくれたら嬉しいわね』とは話していましたが、本当に来てくれるとは夢にも思っていませんでしたわ」


 ……基本的に、俺は悪とか屑とか言われる部類の人間だと思う。まあ、体は猫だが、精神的にって話ね?

 そんな俺だが、こういう(・・・・)シーンを見せられれば、「助けなきゃ」って気分になる。

 だから、言う。



「(貴方達を助けに来た)」



 レティがハッとした顔で俺を見る。



「(―――って、勇者様が言ってる)」



 まあ……言うのは俺じゃなくて“勇者”の仕事だけどね?



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