1-11 その頃、クルガの町では
クルガの町。
ギルシュテン王国の中でも1、2を争う程の規模の町であり、行商人や旅人達が毎日出入りする賑やかな活気に満ちた町……だった。
少なくても、10年前の勇者と魔王の決戦が起こるまでは。
現在のこの町は、魔族達の支配下にある。とは言っても、それは何も特別な話ではない。
3人の最古の魔王達が居城を構える西の大陸は元より、年若い魔王達が群雄割拠するこの東の大陸も、戦争が終わってからの10年で魔族達によって支配された。
夜も更け、町には闇色の帳が落ちている。……だと言うのに、町はまだ眠って居ない。
人通りはない。こんな時間に出歩く者は、酔っ払いか、ただの阿呆だけだ。
それなのに、所々で店の明かりが消えず営業を続けている。
この時間に営業をしている店の共通点。それは、「魔族達が客として来ている」だ。
たとえ店の人間が全員寝静まって居ようとも、魔族が「開けろ!」と言えばその瞬間に営業を始めなければならない。
たとえ店に食材が無くなっていたとしても、町中駆けずり回ってでも魔族に出す為の食材を揃えなければならない。
何故なら、人間は魔族の奴隷だから。
10年前の戦争で人類の希望たる勇者は全員死に、その手にあった勇者の証たる神器もほとんどが魔族の手に奪われた。
勇者が居なくなったとは言え、人が戦えなくなった訳ではない。
勇者としての資格は持たなくても力を持つ者は居た。それに―――
天術。
魔族にしか使えない魔法の力に対抗して、神が人に与えたと言われる超常的な異能を行使する事の出来る力。
天術を扱える才ある者達もまだ大勢居た。
しかし―――人間達の心が折れた。
絶対的な希望を失い。そのシンボルたる武器を敵に奪われ、人間達の心は絶望と言う名の闇に塗り潰された。
だからこそ、人間達は奴隷になった。
抗う事もせず、戦う事から逃げ、敗北者である立場に目を背け、何も考えず魔族に奉仕する奴隷になった。
だが、燻る炎のような意思を持った者達も居る。
そう―――このクルガの町の中にも。
明かりの消えた東通の片隅の料理店。その地下に存在する、近隣住民でさえ知る事のない小さな秘密の地下倉庫。
6畳ほどの広さの中、4人の男女がテーブルを囲んで居た。
部屋を照らすのはテーブルの真ん中に置かれた小さな蝋燭1つ。お互いの顔を確認する事すら困難な程弱い光量だが、大きな明かりは外に気付かれる可能性があるので使えないのだ。
部屋を囲むように置かれているのは、手入れされた様々な武器や防具。いつか使うべき時が来ると、少しずつ集められた物だ。
町中の武具は魔族達が奪って行った。しかし、それは別に人間達が反抗するのを抑止する為ではなく、ただ単に人間達への嫌がらせとしてだ。
魔族達は人間を恐れていない。それどころか、襲ってきたら「殺す理由が出来た」と喜んで魔法を叩き込む。
そんなだから、魔族もそこまで新しく武具を持つ事を締め付けていない。ただ―――当然の話として、武器を持っていれば警戒をされる。行動の機をうかがっている彼等としては、それはとても困るのでこうして地下に隠しているのだ。
彼等が、この町に存在する燻る炎その物。
“リベリオンズ”。
魔族から町を―――人の尊厳を―――世界を取り戻そうと行動する者達。
この場に居るのは4人だけだが、町には協力者達が20名程居る。
暗がりの中で反乱者の4人は会話する。
「それで? 今日の成果は?」
話を切り出したのは、リーダーであるグリント。
普段は木こりとして生計を立てている男。身長の高さとがたいの良さで直情的な脳筋と思われがちだが、実際の彼は冷静で思慮の深いリーダーである。
グリントの問いに最初に答えたのは、右隣に座っていた少女。
彼女の名前はユーリ。
まだ幼さの残る顔立ち。体つきもまだまだ大人とは言えない。体格の良いグリントと一緒に居ると、親子の様に思われてしまう程だ。
母親譲りの美しい金色の髪が密かな自慢。
その髪と、輝く様な笑顔に町中にファンが居る事を彼女自身は知らない。
「銀木の枝亭のアルバさん達が協力してくれるって」
「そうか。あの宿は町に人の出入りがほとんど無くなって生活が大分苦しそうだったからな…流石に我慢の限界って事か」
町の中での仲間の勧誘は進められている。
ただ、どこから魔族に話が漏れるともしれないのでかなり慎重に。その為、勧誘は思うように進まない。
「他には?」
「それとは関係ないんだけど、近頃魔族達がピリピリしてない? 今日店に出てる時3回も絡まれたわよ」
「ふむ…」
グリントもそう言う空気は感じていた。
具体的に何……と言える程の事ではないかもしれないが、いつもより魔族達の見回りが厳しいような気がするし、いつも以上に魔族達の機嫌が悪いような気がする。
その理由に対しての答えをくれたのは、グリントの対面に座っていた男。
隠れ家であるこの店の店主であり、リベリオンズの参謀でもあるディールだ。
「それなんだが、心当たりが有る」
「本当か?」
「ああ。昼に飯を食いに来ていた魔族達が話していたんだが、近々魔王が送った何かがこの町に届くらしい」
「何か、とは?」
「そこまでは…。だが、奴等にとってかなり重要な物らしい事は確かだな」
何が運び込まれるかは不明だが、その間は魔族達の警戒が強くなっている事は確かだ。
暫くは動かず身を隠していた方がいいか……とグリントが思うのとほぼ同時に、黙って3人の話を聞いていた4人目が口を開いた。
「もしかして、神器だったりして?」
ガル、それが彼の名前。
狩人として暮らしていたが、弓を取り上げられて現在はグリントと一緒に木こりをしている。
狐のような細い目が特徴的で、初対面の人間からは大抵「何を考えてるか分からない怪しい奴」と思われる。
ただ、それは容姿の話だけではなく、彼自身が突拍子もない事を口にするせいでもある。
「神器か…」「神器ねぇ…」
グリントとディールの反応は悪い。
しかし、ユーリだけは違った。
「本当に!?」
いきなり立ち上がって大声をあげる。そして声が外に聞こえたかもしれない危険性に気付いて慌てて口を塞ぐ。
「いや、知んないけどさ。でも、魔王が運ばせる大事な物って他に思い付かないしさ」
「そっか…そうだよね!」
何度も何度も笑いながら「うんうん」と1人で頷く。
「ねえ、皆聞いて!」
「却下」「ダメです」「嫌だ」
「ちょっと! まだ何も言ってない!?」
「言わなくても分かる。もし本当に神器なら、取り返しに行こうって言うんだろ?」
「そうそう。ユーリのだ~い好きな勇者様の為にね」
「そ、そうだけど…悪い? 神器は勇者様の武器なのよ! 魔族打倒を目指す私達が取り戻す事に損な事ある!?」
「ある」「ある」「ある」
全員一致だった。そして即答だった。
そしてその理由をディールが丁寧に説明する。
「1つ。神器を取り戻したところで、その使い手である勇者が現れるかどうかは分からない」
「で、でも、可能性が無い訳じゃないですよね店長!」
「勇者の資格があれば、どの神器でもいい分けじゃないって貴女も知っているでしょう? 勇者としての資質と、神器との相性が噛み合って始めて使えるようになるんですよ? そんな都合良く現れますか?」
「そ、れは…」
反論出来ずに黙るユーリに、グリントとガルが揃って「現れる訳ないだろ」と追い打ちをかける。
「2つ。取り戻すって言ったってどうやってですか? 魔族達は厳重に警戒しているんですよ? 運んでいる方だって強い護衛が付いているでしょうし、今の我々の戦力じゃ手が出せないでしょう?」
「………」
「それとも、貴女は仲間達に壊滅覚悟で取り戻すって命令するつもりですか? 大体、万が一成功したとしても、魔族達が血眼になって犯人捜しをするでしょう。そうなったら、どのみち我々は終わりです」
結論。無理に動くメリットはない。
しかし、それでもユーリは諦めきれなかった。
テーブルの下で手に持っていた本に目を落とす。部屋が暗過ぎて表紙は見えないが、そこには勇ましく剣を掲げる勇者の姿が描かれている。
誰もが子供の頃に1度は目にする英雄譚の本。
「でも…神器があれば…きっと勇者様が来てくれるもん…」
「あのなぁユーリ。何度も言うけど、勇者に期待するなって」
「そうだな、ガルの言う通りだ。10年前の戦いで勇者は全員死んだ。それはつまり、勇者の力を結集しても魔王には敵わないって事だろう?」
「そうそう、だからこそ俺達は自分の力で何とかしようと頑張ってるんじゃんか」
誰も勇者には期待していない。
10年前の敗北で刻まれた絶望は、同時に勇者への失望であった。
「勇者達が力を結集すれば、きっと世界は救われる!」初代勇者が現れてからずっと人々を支えて来たそんな希望が打ち砕かれたのだから、その失望のどれ程だっただろうか。
しかし、それでもユーリは信じている。
いつかは勇者が現れて、魔族に奪われた全てを取り戻してくれるのだと。
だから、密かに決意する。
――― 自分1人でもやるんだ…!
少女は1人で絶望に挑む。




