4-19 猫は戦いの準備をする
屋敷を出て行く2人の魔族の背中を見送る。
あの蝙蝠が魔王の参謀ねぇ……。
俺の観察眼が下した判定は、“そこそこ”だ。
他人様の副官にどうこう言いたくねえけど、えらい雑魚だな……?
まあ、俺の観察眼での判定が間違ってるって可能性もあるけど、野郎に関しては戦っても負ける気が微塵もしないので、多分合ってる。
……にしても、やっちまったなぁ……。
あの蝙蝠が突然「全員ぶっ殺す」って空気を出しやがったから、こっちも「え? 何? やるなら受けてたったるぞコラ」と勢いに任せて殺気を返してしまったのだが、流石に考え無しな行動だった……。
途端にあの野郎は殺気を引っ込めるし、むっさ睨まれたし。
……もしかして、俺が聞き耳たててる事に気付いて鎌かけたんじゃねえよな……? だとしたら、野郎は猫に対して警戒心を持ってるって事になる。だったら、今すぐ追いかけて殺しておく必要があるかもしれない。
……いや、そうだと決まった訳じゃないし、短絡的に動くのは止めよう。
なんたって、相手は有象無象の魔族ではない、魔王の参謀だ。誰にも気付かれずに消せたとしても、参謀が消えればガジェットが何かしらアクションを起こして来るのが目に見えている。
もし、あの蝙蝠が何も気付いていないのだとしたら、下手の突くのは誰がどう見たって悪手だ。
っつー訳で、一旦保留。
仮に蝙蝠が俺の正体に何かしら勘付いて居て、それを上司のガジェットに話したとしたら―――その時は、俺も覚悟を決める。ガジェットが他の魔王にその情報を漏らす前に仕留めに行く。
…………まあ、その話は置いといて。
今朝方俺がエンカウントした魔族連中の正体は、あの蝙蝠が仕向けた奴らだったって事は確定だな?
でも、だとするとレティの馬車を襲った人間……延いてはそれを裏で動かしていた魔族も、あの蝙蝠野郎の手の者だったって事になる。
………あの蝙蝠は元王族の首を狙ってんのか?
それは魔王であるガジェットの命令か? それとも奴の独断か?
魔王の命令だとしたら、なんでそんなまどろっこしい事してんだ? 魔族が本気出せば家畜姿の元王族を殺す事なんて簡単なんじゃねえの?
もしかしてアレか? 実際は殺す気はなくて、程良く恐怖心を味あわせて遊んでるとか、そんな感じの話?
………性格悪……知ってたけど。
王族を家畜の姿にして晒し者にしている時点で分かってたけど、本当に性格悪いなガジェットは……。会った事もねえのに、俺の中の好感度が下がる一方だぞ。
こりゃぁ、そろそろガジェットに喧嘩売る準備くらいはしておいた方が良さそうだな?
* * *
その夜―――。
寝間着に着換え、部屋に俺とレティの2人になったタイミングを見計らって“準備”を始めた。
「(レティ、レティ、ちょっと頼みがあるんだけど?)」
「なんです?」
毛布に鼻先を突っ込んで寝る体勢に入っていたレティが、モソモソと動いて顔を出す。
「(レティって字書ける?)」
ちなみに俺は書けない。
いや、当然日本語なら書けますよ? 猫の手でペンを持てなくたって俺には【仮想体】有りますし。ただ、コッチの言語での読み書きは全滅だって話よ。
「書けますよ、当たり前じゃないですか。こんな姿だってちゃんと先生が付いてるんですから。あっ、ちなみに書くのはともかく、読むのは【神の門の塔】のお陰で教わらなくても出来たんです」
……良いなぁ便利な異能。そのスキルがあったら、英検もTOEICも怖くねえだろうなぁ。
まあ、人の家の芝は青く見えるもんだな、うん。
「(じゃあ、ちょっと代筆頼めない?)」
「誰かに手紙でも書くんです?」
「(うん、まあ、そんなところ)」
頼まれ事をしたのが嬉しいのか、そそくさとベッドから降りて羊皮紙とインクを用意するレティ。
薄暗い部屋の中で、子豚が机の上でペンを握る姿(正確には蹄で挟んでる)は中々シュールだ。流石に頼み事をした俺が笑う訳にもいかず、なんとか我慢するのだが。
「なんて書くんです?」
どこかウキウキした様子で訊かれ、書いて欲しい言葉を述べると―――
「え? それ、誰に送るんです?」
と真顔で訊き返された。
……いや、まあ、子豚の表情の変化は正直良く分かんないけど……多分真顔だった。
「(……友達?)」
「なんで疑問符つけてるんです……?」
「(生きとし生ける者は皆兄弟だよ)」
「友達越えたんです……? そんな相手にこんな言葉送るんです?」
「(親愛の意味もあるんだよ、それ)」
「そんな事聞いた事ないんです……」
ぶつぶつ言いながらも、器用にペンを持った前脚を動かして俺の言った通りの言葉を羊皮紙に書いてくれた。
字がガタガタな気がするが、コッチの文字の良し悪しなんて俺には分からん。もしかしたら、これが正式な形な可能性もあるので、触れないでおく。
そもそも、もし単純に下手だったとしたら、子豚の姿で頑張って書いてくれたレティに失礼過ぎるしね。
「はい、出来たんです」
「(ありがとう)」
インクが乾くまでは暫く放置。
羊皮紙以外を頑張って片付けるレティを手伝う。
「ねえブラウン? あれ、本当に人に送るんです? どう言う意味で送るのか分かりませんけど、送られた人怒るんじゃないです?」
「(かもね)」
「かもねって……」
コッチとしては、相手が怒ってくれるのは歓迎なんだよねぇ。それで冷静さが無くなってくれれば楽な展開になる。
動物2匹での片付けが終わると、さっさと今日は寝る体勢に入る。俺はともかく、レティが何時までも起きてるのを見られると、怒られるかもしれんし。
レティに気付かれないように羊皮紙を収集箱に放り込み―――
『【羊皮紙 Lv.2】
カテゴリー:素材
サイズ:小
レアリティ:F
所持数:1/30』
『新しいアイテムがコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:微)』
寝床の若干香ばしいバスケットの中に入る。
「(お休みレティ)」
程良い眠気に誘われてさっさと寝ようとしたのだが……眠りの海に沈んで行こうとするのを遮るように、ベッドの上からヒョッコリと顔を出したレティが話しかけて来る。
「ブラウン、ブラウン」
「(何……?)」
目を瞑ったまま答える。
「今日も一緒に寝ましょう」
「(お断る)」
さ、寝よ寝よ。
即答するや否や再び眠りの海へ再ダイブしようとするが……。
「……ブラウンのお願いは聞いてあげたのに……」
「(う……)」
そこを突かれると痛い。
元お姫様相手でもギブアンドテイクは人間関係の基本だ。一方的な要求は信頼関係にひびをいれる。
……それに、朝方の蝙蝠が言っていた「この町を狙う魔族」の件で不安なのか? まあ、その魔族は収集箱の中で永遠の眠りについてるんだが……その事は誰にも話して無いから、この城の連中は皆魔族が近いうちに襲って来る物だと思っている。
レティはその件がなくても、1度馬車で襲われてるし、寝る時に誰か……っつか何かが近くに居てくれないと不安なのかも……見かけは子豚でも中身は普通の子供だしなレティ。
「(分かった。一緒に寝ようか?)」
「はい!」
「よいしょっ」とベッドから降りようとするレティを慌てて制止する。
昨日と同じように俺の寝床であるバスケットの中に入って来るつもりなのだろうが、寝ている間に俺が潰されて目を覚ます未来が見えているので、それは勘弁願いたい。
「(今日はベッドで寝よう)」
「私はバスケットでも構いませんのに……」
それ絶対物珍しさと好奇心からバスケットに入りたいだけだよね?
そんな所で寝てるのをメイドさんやらに見つかったら絶対怒られるぞ。……いや、“そんな所”って、俺の寝床の事なんだけどさ……。
「(良いから良いから)」
それ以上の反論と文句を言わせないようにレティを毛布の中に押し込む。
「は、はい」
レティが毛布の中に収まると、俺もその横で丸くなる。
どんな素材使ってんのか知らないけど、寝心地良いなこのベッド……流石元王族の寝床。まあ、でも、猫の身としては正直バスケットの方が良いな。
毛布の中でモゾモゾと動いて、レティが俺にピトッと寄り添って来る。
「ブラウンの体はフワフワしてて、暖かくて、とっても気持ち良いんです」
「(そうかい)」
自分自身の触り心地は分からん。【仮想体】で自分に触れても、なんか気持ち悪いし……。
けど、アザリアやレティの反応を見ると、他人的にはそれなりに気持ち良いのは確かなのかもしれない。
「おやすみなさいブラウン」
「(ん……お休み)」
俺が目を閉じて寝る体勢に入ると、スリッとレティが頬擦りして来て、それが気持ち良かったのか、頬を触れ合わせたままスヤスヤと寝息をたて始めた。
俺がこんな見かけだから仕方無いけど、改めてレティには俺が男だって事を言っといた方が良いかもしれない……。まあ、男と女つっても、相手が子豚の姿じゃ俺の方も色々どうしようもねえんだけども。
レティが気持ち良さそうに眠ったのを確認したら、俺も本格的に眠る―――つもりだったのだが……。
――― 敵の臭いを感じた。




