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4-16 子豚の姫は目を覚ます

 すでに地図上に存在しない国ツヴァルグ王国。

 その姫君であったレティシアは現在豚である。

 何かの比喩ではなく、正真正銘の豚である。どこの誰に聞いても、100人が100人とも「豚だ」と答える程隙のない豚の姿である。

 そして、父である元王は牛で、母である王妃は鶏……揃って“家畜”の姿である。


 こんな姿になったのは10年前の人と魔族の戦争の敗北が全ての原因。


 国は消え、王族は見世物のように家畜の姿に変えられた―――。

 普通ならば心が折れて、全てを諦めて投げ出してしまうような状況だが……レティシアはそこまでの悲壮感はない。

 と言うのも、彼女は今年で14歳。

 豚の姿にされた10年前はまだ物心つく前だ。

 それから10年間豚の姿であった彼女は、周囲の人間達からの哀れみの目も、魔族達から向けられる嘲笑も蔑みも、全部慣れたものだ。

 子豚の姿も決して快適ではないが、慣れてしまえばどうという事もない。

 だって、彼女は……


――― 自分の人生を諦めているから。



*  *  *



 早朝―――まだ陽の上りきらない夜明け前とも言っていい時刻。

 普段ならばまだ夢の世界を漂っている時間。しかし、今日の彼女はそんな時間に起こされる事になった。


「姫様、姫様! 起きてください!」


 飛び込むようにレティシアの部屋に入って来た侍女のネリアは、入るなりベッドでスヤスヤと寝息をたてていた子豚の体を揺すって起こしにかかった。

 長年の姉妹のような付き合いで気心が知れているとは言え、普段ならば絶対にしないであろう起こし方。

 それをしなければならないような非常事態が、こんな早朝から起こっていたからだ。


「ぅう……ん」

「姫様、起きてください! 魔王からの使いが来ています!」

「……ふにゅ? ……えっ!?」


 起き掛けで、侍女が魔王を敬称を付けずに呼んでいる事を叱る余裕もない。

 魔王の使いが来る事自体は珍しいことではない。

 元王族としてここに軟禁されているレティシア達を見張る為に、度々魔族が様子を見に来ることはある。だが、こんな早朝に、突然訪れる事なんて初めての事だ。

 嫌な予感がした。それも途轍もなく。


「さあ、さあ! 待たせると何を言い出すか分かりません! すぐにお着替えください」


 侍女に手伝って貰って、寝間着から軽いドレス姿に着替える。

 豚になって良かった点は、着替えが楽に済む事だろうか? 人の姿での着替えであれば、こんなにぱっとは終わらないだろう。


「ネリア……何があったんです?」

「分かりません。ただ、奴等が来て良い事が起こる訳もありませんので、心構えだけはしておいた方が宜しいかと」


 ドレスの裾を直しながら冷たい口調でネリアが言う。

 長年の付き合いから、この口調をする時は侍女が「レティシアに何か危険が有ると判断している時」という事を知っている。そして、もしその危険が目の前に現れたら、この侍女が己の身を顧みずに自分を守ろうとするだろう事も……。

 何が起こっても「ああ、またか……」と思う程度で済ませられる自信はあったが、それでも心の中に不安と言う名の黒い霧がかかる事は止められない。

 そこでふと、昨夜から同じ部屋で過ごす事になった同居人……いや、“同居猫”の存在を思い出す。

 彼の寝床である床に置かれたバスケットに目をやると、バスケットの中で元々小さな体を更に小さく丸めて白と茶の毛をした子猫が眠っていた。


(そう言えば、昨日は私もバスケットの中で眠ったのに、どうしてベッドで眠っていたのでしょうか?)


 頭を(もた)げた疑問は、「夜中にネリアが戻してくれたんでしょう」と適当に理由を付けて納得することにした。

 今はそれより眠っている同居猫の事だ。


「ブラウン、ブラウン朝なんです!」

「ミ……??」


 猫が寝惚けた様子で顔を上げる。

 ブラウン―――ジャハルに戻って来る際、フラッとレティシア達の前に現れた不思議な喋る猫。

 生まれつきどんな相手とも話せる【神の門の塔(タワーオブバベル)】のスキルを持つレティシアだが、話せる相手は“言葉を使える知性”のある相手に限られる。動物たちの鳴き声は、スキルの力を持ってしても「ニャー」とか「ワン」としか聞こえないのである。

 だから、喋れる猫の存在に出会った時のレティシアの驚きはどれ程だっただろうか?

 その謎だらけな猫に道すがら色々訊いてみたが、出自については適当に誤魔化された。そう言う訳で、結局未だに色々謎な猫だった。


「(飯の時間になったら起こして……)」


 と言い残して再び丸まって耳をペタンッと閉じる。


「ダメです! 起きるんです!」


 ベッドから降りてバスケットの中のブラウンを鼻先でチョンチョンと(つつ)く。

 しかし、それでもまだ起きる気がないようで、軽く身じろぎしただけでスルーされた。

 そんな子猫の反応を見るや否や、黙って成り行きを見守っていた侍女がトコトコと若干怖い顔で歩いて来てバスケットの中の子猫を問答無用で摘まみ上げる。


「姫様が起きるように言っているのですから起きなさい!」


 猫を相手にそこまで本気で怒らなくても……とレティシアが思う程本域の怒り方だった。それはもう、横で聞いていたレティシアまで思わず「ごめんなさい……」と言ってしまいそうになるほどだ。


「ミャァ……」


 レティシア以外には分からないが、今ブラウンは「寝たのさっきだから許してよ……」と言ったのだが……ブラウンが寝たのは昨日自分と一緒のタイミングなのを知っているレティシアはただの言い訳であると見抜いて聞かなかった事にした。


「ブラウン、なんだか魔王様の使いの方が来てるんですって。一緒に行くんです」


 魔王、という単語を言った途端ブラウンの耳がピクンッと跳ねるように反応し、今まで寝汚く寝床にしがみ付こうとしていたのが嘘のようにパチッと目が開く。


「(魔王?)」

「そうです。なんだか、ただ事じゃないんです」

「(ふーん……そういう事なら行こうか?)」

「です。あ、ネリアもう放しても大丈夫なんです」

「はい」


 侍女の手から地面に降りると、2人を急かすようにドアに向かって歩き出す。


「(何してんの、早く行くよ)」


 今の言葉を訳すと、侍女が怒るのが目に見えているので敢えて訳さないレティシアだった。


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