4-14 観察眼
深夜の闇に紛れて西の山にある魔族の屋敷に近づく。
……この手の侵入の為の隠れんぼをしていると、クルガの町でユーリさんを助ける為に魔族屋敷に侵入したのを思い出すなぁ……。
まあ、あの時に比べれば、俺も大分強くなったと思うし、少しは楽できると良いなあ。つっても、今回は屋敷の中にまで踏み込む気はないし、実際大分楽だ。難易度的にも精神的にも。
当然の如く【隠形】は張りっ放しにしているので、基本的には視覚で捉えられなければ気付かれない……と思う。
見張りらしき魔族をやり過ごし、一気に屋敷までの距離を加速して通り抜ける。
とりあえず近くの窓にヒョイッと飛びついて、コッソリ中を覗き込んでみる。
大きな広間だった。
台風が通り過ぎた後のように、酒樽や食べ物が床に散乱している。
窓は閉まっているのに、酒や腐りかけの食べ物の臭いが外まで漂ってくる。
広間では、飲んだくれて眠っている魔族が3人。
――― 3人共雑魚だな。アドバンスの取り巻きだった連中の半分くらいの強さかな?
ぱっと見ただけで判断できた。
別に、奴らの能力値が見えたとか、そう言う訳ではない。だが、俺の中の何かが見ただけで即座にそう答えを出した。
一応、この効果を勝手に【魔王】の特性の副次的な物だと解釈する事にした。
魔王の持つ“観察眼”的な物なんじゃないかなぁ……と。
ただ、スキルや効果として情報に記載される程確かな物ではなく、自身の経験や感覚によって磨かれる類の物なんじゃないかなぁ? それがアビスとの戦いを経験した事で、俺の中で形になり始めている……とか何とか、そんな感じの話じゃないだろうか?
まあ、全部俺の勝手な推測だから、実際はまったく別の事かもしれんけど。
いや、とりあえずそれは置いておこう。俺の“観察眼”がどの程度当てになるかは、正直自分自身でも測りかねてるし。
観察眼が「雑魚」と判定した敵が、実はくそ強かったとかあったら笑えないしね。
窓から降りて別の窓を探す。
巡回している見張りに気を付けながら屋敷の周りをグルッと一回りし、魔族の姿を確認していく。
見回りに出ている魔族が2人。広間で寝ているのが3人。部屋で武器磨いてるのが1人。
俺の嗅いだ“弱い臭い”の数に間違いがなければこれで取り巻きは全部か? 本命は1階には見当たらなかったって事は2階かな?
一旦壁から少し離れ、息を止めて【アクセルブレス】発動。
壁に向かってダッシュし、その勢いのままジャンプで飛びついて壁をトトッと駆け上がる。
2階のバルコニーに着地して息を吐いて加速状態を解除。
ふぅ……この手の忍者みたいな事も、今の俺ならお手の物だな。
………にしても、バルコニー汚いな……。降り積もった埃や土が雨を吸ってカッチカチに固まっている。1階の居間も酷い物だったし、ここの連中は掃除をするって事を知らんのか……。
まあ、良いか。魔族達が汚部屋生活してようが、そんなもん俺には一切関係ない話だ。
魔族達の汚い生活にウンザリしつつ諦めていると―――屋敷の中から声が聞こえた。
窓越しという事もあり、普通の耳なら聞き逃してしまう小さな音量を、【魔王】の特性で強化された猫の耳は逃さずキャッチした。
「はっはは、家畜共は元気に暮らしてるみたいだねぇ」
男の声。
気付かれないようにそっと窓から覗き込むと、全身紫の肌をした薄気味悪い魔族が、蝋燭の明かりの中で手紙を読んでいた。
「家畜共のお陰で、俺はこうして魔王様に重用され、楽して暮らせている訳だ。家畜の元人間の王達に乾杯ってね?」
心底楽しそうに笑いながら、酒の入った濁った色のグラスを傾ける。
屋敷の中で1番強い臭いはこの紫野郎だな? でも、俺の観察眼での判定ではコイツもどちらかと言えば雑魚の部類だ。
下に居た奴らに比べれば強いっぽいが、それでも良いとこアドバンスの取り巻きクラス。このレベルならダース単位で並んでいても怖くない。
………まあ、それも全部俺の観察眼の判定が正しければ……だけど。
強さ云々はともかく、さっきからの独り言を聞く限りはコイツがレティ達の呪いをかけた魔族って事で間違いなさそうだ。
読んでる手紙の内容は分からないが……まあ、多分ジャハルの町の様子とか、王族の呪いが順調だとか、そんな感じの報告がかかれた物じゃねえかな?
まあ、ともかく、コイツは「呪いを解け」って説得して聞くような奴じゃなさそうな気がするなぁ……。
何やら魔王に大事にされて甘い蜜を吸ってるようですし。それが呪いをかけた功績だってんなら、そう簡単に呪いを解くとは考えられない。
そもそも、1度呪いを解かせる事が出来たとしても、もう1度同じ呪いをかけられたら意味がない。
呪いを解かせるのなら、2度と同じ事をしないようにする必要がある。……まあ、それは呪いを解いた瞬間にぶち殺せば良いか。
「醜く愚かな家畜共万歳だ! はぁっははははは!」
阿呆の高笑いを背中に聞きながら、その場を後にした。
今回は野郎の面を拝む事が目的だったし、やる事やったらさっさと帰るべ。留まったところで、奴に呪いを解かせる上手い手が思いつくわけじゃないしな?
それに、奴がこの国を支配してる魔王ガジェットに重用されてるのが本当なら、下手に突くと魔王のところまでその話が伝わる可能性がある。魔王の強さが測れてない状態で警戒されると面倒な事になる。
って訳で、あの気味悪い紫野郎に手を出すのはもっと後だ。
* * *
さあて、レティが目を覚ます前に帰るかーと走り出し、町までもう少し……と言う所まで来た時、ふと変な臭いを感じて足を止める。
「ミ?」
なんだ?
嫌な臭い……多分魔族。臭いの濃さから多分そこまで強い相手じゃない……と思うが、数が分からない。
大量の臭いが入り混じり、正確な数が特定できない。
大雑把な予想で20くらい……って感じだ。
西の山に行く時にはこんな臭いは無かった筈だ。町を出てからは、かなり周囲を警戒していたから間違いない。
って事は、この臭いの出処である魔族約20名は、俺が西の山に行ってる間にジャハルに近づいて来たって事だ。
………え? こんな深夜に?
怪しくない? どう考えても怪しくない? まあ、こんな深夜に動き回ってる俺も人の事言えねえけど。
ちょっかい出す気はないけど、一応確かめるだけ確かめておくか? 後々面倒な展開になった時、相手が何者か知ってるかどうかで色々違うし。
抜き足差し足猫の足でコソッと向かう。
そろそろ臭いが近いな。ここからは隠れて【バードアイ】で様子見するか……と思った次の瞬間、地面がボコンと膨らんで………
「ああ、土の中は疲れるぜ……」
モグラのような魔族が顔を出した。
「ん?」
その目が俺を捉える。
唐突のエンカウントにテンパった。
「ミにゃぁあああああああっ!!!!?」
大声で叫んだ挙句―――
【シャドウランサー】
驚きのあまり魔法を唱えてしまった。
俺の体から黒い光で構成された槍が伸び、モグラの脳天のど真ん中をぶち抜いて絶命させた。
「ミィ……」
びっくりした……。
そして、自分が“やってしまった”事に気付いてハッとなる。
あっ!? ヤバイ!? と思った時にはもう遅い。
俺の鳴き声で集まって来た魔族達が俺と、穴の中で死んでいるモグラの死体を見比べていた。
やってもうたッ!!!?
「い、今、あの猫、魔法を使わなかったか……?」「気のせいじゃ……じゃないよな?」「なんなんだコイツは?」
……まずい。魔法使ってるところまで見られてんじゃん……!!
アウトだよ!! 完全にアウトだよこれ!?
「……ミャ」
……仕方ねえ。
1番この先にリスクの少ない方法を選ぶ。
――― 全員、皆殺しだ!!!




