4-13 偵察
レティ達のかけられた人を豚やら牛やらに変えてしまう恐ろしい呪い。
その正体について、俺なりに分かった事を少し纏めておく。
ジャハルに来るまでの道中の2日、俺は何もレティの話し相手だけをしていた訳ではない。
俺だって少女が子豚に変えられたなんて悲劇的な話を聞けば、打算抜きで助けてやれるもんなら助けたいと思う心はある。
で、試した事がある。
見張り以外が寝静まった頃、【サンクチュアリ】を使ってみた。
【サンクチュアリ】は発動者を中心に半径2、3キロの空間での魔法効果を無効にする力がある。発動前の物も、発動後の奴も例外なくだ。って事は、レティ達の呪いの正体が魔法であるのなら、これで元に戻る筈……と考えたのだが、結果は何の変化もなし。
だが無駄だった訳ではない。【サンクチュアリ】で元に戻らなかった事で、呪いの正体を少し絞り込む事ができた。
可能性は2つ。
1つは単純に、魔法以外のスキルやら魔眼やら、まあ、言うところの“異能”による効果である可能性。
もう1つは、魔法ではあるが、その発動者が魔王本人か、それに匹敵する使い手である可能性。【サンクチュアリ】でも魔王の魔法は無効にできないのは、アドバンスとアビスに使って証明されてるからな。
で、屋敷に戻ってから聞いた話だと、呪いをかけたのは魔王自身ではなく別の魔族。だが、呪いの維持には常に魔力の支払いが必要らしく、それをしているのは魔王だそうな。
………この場合はどう考えれば良いんだろう?
もし【サンクチュアリ】が効かなかった理由が後者だと仮定するのなら、魔力を支払っているのが魔王だから効かなかったのか、それとも発動した魔族も魔王級の強さだと思えば良いのか……。
……考えても分からんし、1度その呪いをかけたって魔族を見てくるか? ジャハルから西の山に居るって話だし。別に喧嘩吹っ掛けるつもりもない。様子見だけなら俺の負うリスクは少ない。
* * *
月明りがボンヤリと差し込む深夜。
パチッと目を覚ます。
寝惚ける事もなく、頭のスイッチが睡眠状態からカチッとスムーズに切り替わったのが自分でも分かる。
ただ、だからと言ってそれが気持ちの良い寝覚めかと言われると、それはそれで全く別の話だが。
え? なんでって?
「ミィ……」
重い……。
バスケットの中で子豚のレティと身を寄せ合って寝た訳だが、いつの間にかレティが俺を抱きかかえるように上に圧し掛かって来て、ごく普通に重くて目が覚めた……。
……ったく、俺は敷布団じゃねぇっつうの……。
小さいけど流石豚……普通に重いし。
レティの下から這い出ようと思ったが、元々狭いバスケットが子豚の体積でミッチリ埋まってて身動きとれねえし……。
起こして退いて貰う選択肢もあったが、幸せそうに寝息をたてているレティを起こすのも可哀そうかと思い、仕方なく収集箱から深淵のマントを出し、軽くレティを包んで【仮想体】にベッドまで運ばせる。
鉄の籠手とか着けて直接運んでも良かったんだけど、流石に寝ている時に金属の冷たさは起きるかと思って……。
ま、ともかく、脱出完了。
軽く伸びをしてから、体を振ってレティに潰されていた毛を立たせる。
さてっと……こんな時間に目を覚ましちまったけど……まあ、考えようによっては丁度良いか?
レティが寝ている間に、西の山に居るって言う呪いをかけた魔族の面を拝みに行ってくるか。
ドンパチやるつもりは無いし、陽が昇る前には戻ってこれるだろう。……西の山までどれくらい距離あるのか知んねえけども。
レティを包んでいた深淵のマントを回収して、っと。
【仮想体】に鉄の籠手だけ着けて窓を少しだけ開け、夜の冷たい風が吹き込む前にスルッとバルコニーに出て素早く窓を閉めさせる。
「ミ……」
寒……。
クルガの町の夜よりも冷えてる気がするな……? ここら辺は牧草地帯で風を遮る物が少ないから風の通りが良過ぎるからか?
止まってるとバリバリ体温を奪われそうだ。さっさと歩いて温まろう。
【仮想体】と鉄の籠手を纏めて収集箱に放り込み、柵の隙間からヒョイッと地面に向かって飛び降りる。
地面にぶつかる1m手前で息を止めて【アクセルブレス】発動。周囲の時間の流れがゆっくりになり、落下にかかっていたエネルギーと重力を一時的に無効化。安全にスタッと地面に着地すると同時に息をプハッと息を吐いて加速状態を解除。
高所からの落下も、もう慣れたもんだ。
トテトテと歩き出し町の外に向かう。
人に見られると何か言われそうな気がするので、一応見られないように警戒しておく。
西の山……多分見えてるあの若干枯れかけてる山の事だよな?
とりあえず向かうだけ向かってみよう。
町の中もそうだったけど、町の外への出入りは、更に警戒する魔族の目がある可能性がある。町の外では【隠形】を切らさないように行くか。変に見つかって騒ぎになったら、それこそ今までの苦労が水の泡だし。
【隠形】で気配と音を断ちつつ、【魔王】の特性で強化されている視覚、聴覚、嗅覚で敵を警戒する。
岩陰や木陰を【アクセルブレス】を併用する事で高速で渡り歩き、西の山を目指す。
隠れながら進むと移動が遅いように思うかもしれないが、実際は加速して時速100km近い速度を出しているので、下手すりゃ馬で移動するより早かったりする。
とは言え―――どんなに警戒したって、絶対見つからないなんて事はない。
例えば俺の【バードアイ】。
視覚を遠くに飛ばすこのスキルは、基本的に探知や察知のしようがない。……まあ、アビスの奴のような、“鋭い”を通り越した“異常”な感覚器官を持っているのなら別だが。
そう言った基本的に“対処できない系”の警戒網は、今の俺ではどうしようもない―――ので、もし見つかった時は子猫の可愛らしさでうまい事煙に巻こうと思う。それが無理なら魔眼で幻を見せて誤魔化そう。力技で排除するのは最終手段だ。
―――と、警戒心をバリバリに働かせていたのだが、実際には魔族の1人にも出会う事無く、それどころか臭いが漂ってくる事もなく、順調過ぎる程順調に西の山まで辿り着いてしまった。
あまりにも呆気なく進み過ぎて、西の山に呪いをかけた魔族が居るって情報が嘘なんじゃないかと疑ってしまった程だ。
だが、山を登り始めると、確かに上の方から嫌な臭いがジンワリ降りて来るので、この山に魔族が居る事は間違いないらしい。まあ、そいつがレティ達に呪いをかけた張本人かどうかまでは流石に分かんないけど。
さてさて……じゃあ行ってみますか。
剥き出しの岩と、枯れかけた木々の間を縫うように加速を挟みながらヒョイヒョイと上がって行く。
10分程山登りを楽しむと、枯れかけの山には似つかわしくない立派な建物が現れた。
2階建てだが、扉や塀に豪華な装飾が施され、誰がどう見てもレティ達が軟禁されている建物より5つくらいグレードが高い。
そもそも、こんなに荒れた山の中腹にこんな建物を建てるって、どれだけの工事をしたのやら……。
クンクンと鼻を澄ます。
強い臭いは1つ。
弱い臭いが5つ……いや、6つかな?
まあ、弱い臭いは良いや。多分俺が用があるのは強い臭いの奴だし。
【バードアイ】を屋敷の中に飛ばそうとした瞬間―――嫌な予感が背筋を舐める。
一瞬木陰の中で動きを止めてしまった。
なんだろう、今の嫌な予感?
一旦冷静になろう。
スーハーと深呼吸して、屋敷の中を探りたい気持ちを抑えてニュートラルに戻す。
ヨシ。
改めて屋敷を見る。
………ん?
屋敷に魔法がかかってる……? 排除用……いや、ただの警戒用の奴かな? そう言えばクルガの町の魔族屋敷にも【バードアイ】を弾く何かしらの防御が施されていたっけ……。多分アレと同じような奴だ。
…………って、なんでそんな事見ただけで分かるんだ俺?
レティの乗る馬車を襲ってた賊が魔族に殺された時もそうだ。矢を見ただけでどんな効果が付与されているのか分かったし、放たれた雨のような矢の数を瞬時に理解する事が出来た。
……なんだろうコレ?
まあ、何か不都合がある訳じゃないから良いか……良いのか?




