4-6 逃した獲物は
「ミャァ……」
しまった、逃がした……!!
思わずチッと舌打ちしてしまう程イライラした。
完全に【重力魔法】で捕まえたと思ったのに……まさか瀕死になる覚悟で力技で抜けられるとは思って無かったな……。
野郎の持ってた、見るからに良い物な弓に気を取られたのがまずかった。
完全に俺の油断だった。
くっそ! こんな事なら、拘束したと同時にもう一発攻撃魔法叩き込んで仕留めておけば良かった! そしてあの良さげな弓を奪っておけば良かった!
飛び去った魔族のスピードは遅い。
走って追いかければ余裕で追い付く事が出来るし、あんな瀕死状態ならば殺す事なんて楽勝だ。
ただ―――問題が2つ。
先程まで、魔族には右目の魔眼【紛い物の幻】を使い、俺の姿を隠蔽していた。
敢えて目の前に立っていて、鳴き声も出してやったが俺に気付く様子はなかった。正直、アビスにアッサリと破られて「俺の魔眼、本当に役に立つのか?」と、本気でその能力を疑ってしまっていたので、それをちゃんと確かめたかったのだ。
まあ、結果は良好。
当然っちゃ当然か……。アビスに効かなかったのは、アイツが規格外過ぎるからで、普通の奴になら普通に効く。
……っと、魔眼の話はともかく―――追いかける事への問題の話。
魔眼で「俺の居ない景色」の幻を見せる事で姿を隠していたのだが、飛んでいるアイツには魔眼が届かない可能性がある。と言うのも、森の中から見上げても、木々が邪魔で野郎を上手く捉える事が出来ない。
って事は、コッチが魔法を撃てば当然アッチから俺の姿が見られる事になる。
その攻撃で仕留められれば何の問題も無いが、もし仕留め損なえば、野郎は「魔法を放つ猫」を見る事になり、もしそれを外部に伝えられたら色々面倒な事になる訳です。
で、もう1つの問題が【仮想体】だ。
今現在【仮想体】は馬車の近くで護衛の騎士達に御礼を言われている真っ最中だ。今下手に動かしたり、収集箱に戻して消そうものなら、騎士さん達がビックリする。
しかし、そうなると俺の方が動けない。
何故なら―――今俺が居る位置がギリギリ【仮想体】を維持出来る距離だからだ。
始めは30mくらいしか離れられなかったが、特性を【魔王】にしたり、アビスとの戦闘でレベルアップしたり色々あって強化されたようで、現在は120mくらいなら離れられるようになった。で、今が丁度そのくらいって訳よ。
そう言う訳で、追いかける事が出来ない。
この場から攻撃するって手もあるが、相手が空だと命中精度ガタ落ちだし、下手につついて正体見られる危険を負うよりは、黙って見逃す方が賢いだろう。
あの逃げた魔族が何をしてたのかは不明だが―――まあ、少なくても俺や“剣の勇者”を狙っていた訳じゃなさそうだし、とりあえずは放って置いても大丈夫……と、信じよう、うん。
ふぅ、後悔と反省を終えて気持ち切り替え。
……ヨシッ、切り替え完了!
【仮想体】の所に戻るか。
乱入とは言え、あんな“御高い”感じの馬車を守ったんだし、何か御礼貰えるかもしれないし。そうじゃなくても、近くの町まで連れて行って貰えたらラッキーだし。
軽い足取りでトコトコ戻る事2分程―――。
俺が森から抜けて街道に戻ると、【仮想体】への御礼タイムが丁度終わったようで、何やら聞かれていた。
「それで、貴方はいったい何者ですか?」
何者と言われても困るのですが。だって、ただの野良猫ですし。
そもそも【仮想体】に聞かれても応えらんねえし。かと言って何も言わないのも失礼かと思い、現着したばかりの猫が代わりに答える。
「(ただの―――通りすがりの猫だ)」
フッ、とスカした感じで言ってみる。
若干中二病臭いが、どうせ相手には「ミャァ」としか聞こえないのだからどうでも良い。って言うか、聞かれてたら恥ずかしい。
そして当然の如く騎士の方々に猫語は通じず、【仮想体】の代わりに返事をした妙な猫に首を傾げられた。
まあ、そうなるわな。
いい加減こんな感じの反応も慣れた物だ。つっても、別にそんな事はどうでも良いんだ。俺はただ御礼を貰えるのなら欲しいだけだ。そして御礼はレアなアイテムが良い。
そんな感じで待ってみるが、一向に御礼を出す感じの雰囲気にならない。
………ダメだこりゃ。
このまま粘って御礼を要求したいが、そんなしょうも無い事に時間使ってる余裕ねえし、そんな感じで貰う御礼は大抵碌でもない物だって相場が決まってるし。
御礼は諦めて【仮想体】を森の中に向かわせる。
その背に騎士達が声をかける。
「騎士殿! せめてお名前を!」
名乗れる名前はないです。
かけられた言葉をスルーして森の奥へと向かわせ、程良い距離で木の陰に隠れさせ【仮想体】を装備しているアイテムごと収集箱に戻す。
はい、【仮想体】の出番終了。
さーて、俺はどうしようかな?
このまま良い感じにこの馬車といれば、とりあえずどっかの町には辿りつけそうだけど、絶対素直に乗っけてくれる展開にはならないよねぇ……。
「(へいへい、ちょっとそこの馬車に乗っけてくんなーい?)」
若干昭和のナンパなノリで言ってみた。
ま、やっぱりどうせ相手にはミャァミャァとしか聞こえないんですけど。
――― そう、思ったのだが
強化された俺の聴覚が、馬車の中の声を拾う。
声は2人。
両方女性だと思うけど……なんだろう? 片方の声が妙に濁って聞こえる。
ただ、小声で話しているのか、流石に内容までは聞きとれない。だが、何やら「猫が……」とか「連れて……」とか、微妙に単語が聞こえて来る。
そして間もなく馬車の戸が開き、頭の先から爪先まで完璧なメイド姿のメイドさんが出て来た。
………すげぇ! ガチのメイドさんや!?
メイド喫茶やらの露出のあるメイド装束ではなく、「見栄えなんぞ知った事か!」と言わんばかりに掃除洗濯料理に始まり、主人に仕える為のありとあらゆる仕事をする為に最適化された服装。
ただ、若干メイドさんの顔がキツめで怖い……。人間の時に出会ってこの人に睨まれたら、俺が悪くなくても泣きながら「ゴメンなさい」と土下座いていたかもしれない。
そんな目力強めのメイドさんが、馬車から降りるなりジッと俺を見つめている。
「……ミィ」
女性に見つめられるのは男として嬉しい事なのだろうが、出来ればもうちょっと優しさとか儚さとか可憐さとか、まあ、総じて言うところの“女性らしさ”のある視線を向けて欲しいのだが……。
そんな値踏みするような目を向けられたら、俺じゃなくても落ち付かない。
俺が無言の圧力に負けて一歩後ずさると……。
「失礼します」
とメイドさんが一言。
そして、静かで滑るような動作で俺に近付くと、ヒョイッと俺を抱き上げる。いや、違う。抱き上げて無い。俺の首根っこを掴んで持ち上げてるだけだ……。
UFOキャッチャーのクレーンに吊るされた人形って、きっとこんな感じだろうなぁ……と、どうでも良い事を呑気に考えていると、俺を摘まんだまま馬車の中へと戻って行く。
あらあら? もしかして、このまま馬車に同乗出来るパターンかしら? だとしたら願ったり叶ったりだけども。




