4-4 成敗……?
俺と“一般人”とのレベル差は理解した。
理解したが、「じゃあ満足だ」と言うわけにはいかねえんだよなぁ俺は。俺は別に一般人を蹂躙出来る強さが欲しい訳じゃない。俺が欲しいのは、この世界で頂点に立つ化物とやり合える力なのだから。
とは言え、断じて弱い者イジメしたい訳ではないし、人間を殺して「たーのしぃい!」とハイテンションになるような殺人狂でもない。……まあ、経験値は欲しいけど。
無駄に痛めつけても仕方無いし、適当に行動不能にして後の処理は騎士っぽい方達に任せる事にしよう。そもそも俺、状況も良く分からず「とりあえず」で乱入しただけの野次馬ですしね。
当人達の問題は当人達でやった方が良いでしょう……と、首を突っ込んだ挙句、何人かぶっ殺した後に今更ながら言ってみる。
『【属性変化】により、付与属性を“氷”に変更します』
鉄の剣の刀身が濁った白になり、周囲に冷気を振り撒き始める。
相手を行動不能にするのなら、手っ取り早く【グラビティ】を使えば良いんだが……魔法って、もしかしなくても“魔族用”の能力じゃない? だって天術が人間用になってるんだからそう言う事だよね?
思い返せば、今までも俺が魔法を使うと周りで皆が何やら騒いでいたような気がしないでもない。アレって、まあ、そう言う事ですよね……うん。
と言うわけで、これからは人前では魔法は自重しようと思うんですよ。まあ、“勇者モドキ”に関しては、もう魔法を使えるって設定で押し通せば良いけど。
はい、じゃあ、そう言う訳で、鉄の剣(氷属性付与)で足止めして行きますか。
「クソッ!! こんな化物が護衛についてるなんて聞いてねえぞ!?」
賊の1人が何やら気になる事を言う。
「聞いてねえ」って事は、コイツ等は突発的に出会った馬車を襲っているのではなく、何かしらの情報を元に狙っていた……と言う事か?
……ま、いっか。
賊の事情にも、馬車の事情にも興味ねえや。
俺としては、【属性変化】がどんな物なのか見れたから、まあ、良いし。取り調べだか尋問だかは、俺が居なくなった後で勝手にやってくれれば良い。
【仮想体】が踏み出す。
人間相手にフルパワーを出せば、どんな攻撃の当て方をしてもオーバーキルしてしまうらしい。ですので、3割のパワーで行く。
余裕のあるユッタリとした踏み出し。
――― アビスの見せた動き
動きの緩急で相手に速度を誤認させ、反応を遅れさせる。
見よう見まねの猿真似だが、相手との圧倒的な能力差があれば、付け焼き刃だって十分な武器になる。
静と動。
ゆっくりな動きから―――全開への加速。
速度的には人間の目でも十分追える。だが、先に見せた“ゆっくり”を視覚が覚えてしまった為、本来ならば付いて行ける筈の速度に脳の認識が追い付かなくなる。
軽い足取りで踏み出したように見える動きから、一気に距離を詰めて賊の足元を狙う!
足首から上を傷付けないように、靴に包まれた足の甲辺りを狙って剣を突き刺す。
凍りやがれ!
付与された冷気が突き刺さった部位から一気に賊の足に広がる。
更に―――
【スプラッシュ】
ギリギリまで威力を弱くして“強めの水鉄砲”程度の威力にした水魔法を足元に当て、冷気でそれを固めて地面に縫い付ける。
「グぁッ!?」
男がバランスを崩して武器を取り落とす。
よしよし、狙い通り。
同じ要領で残りの賊を30秒もかからずに全員地面に繋いで行動不能にする。
あ、そうそう。賊の皆様、足が凍傷になったり壊死しても俺は責任とれないので悪しからず。
ええ、だって責任云々問われても、猫ですし、ええ本当に。
「クッソがぁ!?」「冷てぇ! 冷てえよぉお!!」「おいっ、おい待てよ!! 足ッ、俺の足ちゃんと有るか!? 感覚ねえよ!!」
賊の皆様がてんやわんやの大騒ぎです。
一方、そんな光景を眺めている事しか出来なかった馬車を守っている騎士の方々。まさに“唖然”と言った顔のまま、構えを解く事も忘れて1人が呟く。
「え……? 誰?」
ですよね。
突然乱入して賊をボコり出したら、そりゃあ、その反応ですよね。
とりあえず、敵では無いアピールに剣を鞘に戻す。
「敵……ではない、と判断して良いのか?」
うん。
【仮想体】が頷くと、騎士達が目に見えてホッとした顔をする。
流石に、馬車を守って盗賊達と戦って疲弊しているのに、【仮想体】の相手は無理だと思っていたらしい。
心配せんでも、誰かれ構わず斬りかかる殺人狂じゃねえよ俺は。魔族や魔物相手ならともかく、人間相手ならば殺すのに、相応の理由が要るでしょう。
騎士達が俺は敵ではないと分かってくれたのかは……若干不安だが(多分まだ疑われてる)、【仮想体】よりも賊の方が優先度が高いようで。
「貴様等、いったい何者だ? ただの賊ではあるまい!」
下半身を氷漬けにされて動けない賊の1人に剣を突き付ける。
騎士さん達も俺同様に、先程の賊の「聞いてない」発言が引っ掛かっていたらしい。まあ、俺でさえ引っ掛かったくらいだし当然か。
対して剣と鋭い眼光を向けられた賊は、下半身の冷たさと痛みを堪えながら不敵に笑う。
「はんっ、知らねえな。俺達ぁ、豪華な馬車が通ったから襲ったってだけさ」
あら、しらを切るのね? 良い根性してんじゃねえの。
お前等の事情も、馬車側の事情も知らんけど、どん詰まりになった悪党がふんぞり返ってるのは腹が立つ。
ちょっと脅してみよう。
【仮想体】が賊の方に一歩踏み出し、鞘に戻していた剣に手をかける。本当に抜くつもりはないし、これ以上痛めつけるつもりもないけどね。
だが、脅しの効果は覿面だったらしく、笑っていた賊がビクッとなって表情が消え、その瞳の奥で怯えた光が揺れていた。
「ヒッ、待て! 止めろ!」
……なんか、反応が極端じゃない君?
なんで、そんなにビビられてんの? 仲間を惨殺したからか? まあ、どうでも良いか。どうでも良い奴にどう思われても別に構いません。
「は、はな、話すから!!」
うん、正直なのは良い事だよ。
少なくても嘘吐きよりかは好感が持てる。まあ、だからと言って「赦すか?」と聞かれると絶対赦さないけど。
………まあ、この賊共に何かしら同情の余地があるとかなら別だけども。
「俺達は魔―――」
そこまで言ったところで―――森の奥から飛来した矢が男の頭を貫いた。
「え?」「……は?」
何が起こったのか理解出来ずに呆然とする賊と騎士達。
その時間はたった1秒であったが、その短い時間に雨のように降り注ぐ高速の矢。
ただの矢じゃねえ……!
何かしらのスキルか魔法で強化されて、貫通力と追尾能力を与えられている。
……
………
……あれ? なんでそんな事、見ただけで分かったんだ俺?
いや、そこを考えるのは後回し!
今はこの矢の雨を捌くのが最優先。
【仮想体】が鉄の剣を抜く。
『【属性変化】により、付与属性を“重力”に変更します』
今までの手加減していた属性値ではない。全開で限界ギリギリまで属性を強化させる。
ついでに収集箱から出した“深淵のマント”を【仮想体】に装備。
矢の数は―――全部で3……いや42。
ぱっと見ただけで数が分かる自分の異常性は一旦横に置いておく。
矢の半分以上は動けない賊達に直撃コース。
残りは騎士達を狙っている―――けど、馬車に当たる物は多分無いな? 馬車は傷付けるつもり無いって事か? まあ、守る必要が無いのなら有り難い。
賊達―――はスマン、護れる余裕が無い。
棒立ちになっている騎士達の前に走り、矢の射線に割って入る。
重力を付与した鉄の剣を思いっきり振り下ろす。
――― ズンッ
空気が軋んだような錯覚。
地面が衝撃に耐えられず割れる。
上から振り下ろされた重力と言う名の圧力が、騎士達まで数mの所まで迫っていた十数本の矢を地面に叩き落とした。
だが、まだ何本かは残っている。
素早いステップで矢を捉え、深淵のマントをバサッと翻してそれを受ける。
深淵のマントは見た目はただの黒いマントだが、オリハルコンの鎧並み……下手すりゃそれ以上の防御力がある。
魔法だがスキルだかで強化されて居ようが、たかが鉄の鏃で抜ける程安い物じゃない。
キンッキンッとリズム良くマントで残りの矢を捌く。
【バードアイ】の俯瞰視だと、俺が護らなかった賊達が次々に矢に貫かれて死んで行くのが目に入って申し訳ない気持ちになる……。
……まあ、悪い事したんだから自業自得と思って諦めてくれ。




