4-1 猫は旅する
クルガの町を旅立って数日。
『【ダブルハート】の再使用が可能になりました』
そんなログを見ながら目を覚ました。
【ダブルハート】のリロードにかかった時間が10日だから、俺がアビスと戦ってから10日経ったって事になる。
現在地は………良く分かんない。
別に道に迷っている訳じゃない。ってか、そもそも明確な目的地があって旅立った訳じゃないし。とりあえず、街道を道なりにトコトコと進んでいるのが現状だ。
まあ、目的地はないけれど、目的はある。
――― 強くなる事。
最強の魔王アビス・Aから「次に会ったら殺す」宣言をされた俺は、“その時”が来るまでに強くならなければならない。
では、強くなる為には具体的にどうするか?
その方法は、当のアビス自身が俺に示してくれた。
強くなる為の1番の近道は―――強い奴と戦う事。それも、相手が強ければ強い程良い。
それともう1つ。強くなる為の俺だけに許された方法。
収集だ―――。
レアリティの高いアイテムや能力を収集できれば、それだけで一気に強くなる事が出来る。
そして、この2つを同時に満たせる相手が世の中には存在している。
それは―――魔王だ。
アビスを始めとした残り12人の魔王。
奴等は圧倒的な強さを誇り、そしてレアリティの高い武具を持っている可能性が高い……と言うか、恐らく確実に持っている。世界を支配しているらしい魔王がそこらの量産品の武器防具を使ってるなんて事はないだろうしな?
それに、10年前に何やらあって、勇者の武具を魔王達が奪って行ったらしいから、それを手に入れる事が出来るかもしれない。
……ただ、リスクは相当でかい。半端じゃなくでかい。ぶっちゃけ泣きたくなるくらいでかい。
1つは、単純に魔王に戦いを挑む事のリスクだ。強くなる為に挑んだって、結局負けて死んだら意味が無い。
もう1つは、魔王の中に俺を狙う可能性のある奴等が紛れているって事。
アビスの話によれば、野郎の他にも2人ほどマジンとの因縁がある魔王が居るらしい。しかも、アビス程じゃないが相当ヤバいレベルの強さだそうな……。コイツ等自身にエンカウントしなくても、他の魔王を倒せばその情報がその2人の耳に届く可能性は高い。そうなれば、俺を探しに出張って来るって展開は十分に有り得る。
いや、けど―――リスクは呑み込むしかないだろ。
俺に方法を選んでいる余裕は無い。
アビスとの再戦までに最強と戦えるようになるには、形振り構ってられない。
多少のリスクは承知の上で、強くなる為の最短距離を突っ走る……!
その時、キューっとお腹が鳴る。
………まあ、うん。
どんなに強くなろうっても、腹が空いてたら話になんないもんね?
ちょっと恥ずかしくなって勢い良く寝床にしていた木から飛び降りる。
目測3mの高さからの落下の衝撃を、猫のしなやかな筋肉のバネで殺して無事着地。
ヨシっと。
安定した地面に着くと、「うミャァ」っと体を伸ばす。
枝の上での生活なんて、コッチの世界に来てばかりの「森の迷子」をしていた以来だけど、流石に旅立って数日も経つと感覚が戻る。
宿屋のベッドや、アザリアに抱っこされて寝ていた心地良さが恋しくなる事もあるが、今では枝の上でもグッスリ眠れるようになった。
さてさて、今日の朝飯は……っと。
収集箱の中の食べ物を確認する。
クルガの町で手に入れたパンや肉や野菜、ついでに旅に出て道中で拾った木の実やキノコ。
一応節約するようにしてるからまだまだ余裕はある。
けども……今日は少し趣向を変えようと思う。
近くにはそこまで大きくないが湖がある。
【仮想体】の肩に揺られて湖に到着すると、早速準備開始。
一旦鎧を纏めて引っ込めて、代わりに収集箱から釣り竿を取り出す。
釣り竿が宙に浮いている異様な光景……。まあ、実際は透明人間な【仮想体】が持ってるんだけど……人が見たら腰抜かしそうだな。
クルガの町で買ったのは良いけど、結局今まで使う機会無かったんだよね釣り竿。まあ、流石に元の世界のようなカーボン製やグラス製ではないけども……。それっぽい木を削って糸と針を付けただけの簡素な物だ。ポケ●ンで言えば、“ぼろい釣り竿”だろうか? 間違っても“凄い釣り竿”ではない事は確かだ。
コッチの世界の基準で言えば、金がかかってるのは竿じゃなくて糸と針の部分だと思う。
まあ、釣り竿の評価は良いや。ようは魚が連れてくれれば良いんだ。
適当な餌……が手持ちに無いので、そこら辺の虫さんに犠牲になって貰う。で、虫さんを付けて【仮想体】が釣り竿を軽く振り被る。
よい……せ、っと。
緩い放物線を描いて湖にポチャンッと餌と針が沈む。
うん、中々様になってるんじゃないか? 元の世界じゃ、子供の頃に友達に連れられてブラックバスを何度か釣りに行った事くらいしかないけど。
普段魚釣りをしないような場所で糸を垂らすと、魚が警戒せずに餌に簡単に食い付くってのを何かで見たなぁ……おっと。
「ミ」
糸が引っ張られる感触に反応してクイッと竿を引くと、良い感じに針が刺さってくれたらしく引きがグンッと強くなる。
リールが無いので、【仮想体】がジリジリと後退する事で湖から糸を引き上げる。
糸の先には―――15cm程の魚……だけども、なんだろう? そう言えば魚の種類なんて鑑定出来ないわ俺……。
まあ、ぶっちゃけ最低限食える物であるのなら、毒持ってようがお構いなしに食えるから別に良いっちゃ良いんだけど。
……とは言え、こう言う時は1度収集箱に入れてみるか? って、このままじゃダメだ。「生きていると判定される物」は収集箱には入れられない。
釣りあげられてビッチビチしている魚を無慈悲に猫パンチ(微)する。
「ニャむッ!」
ドフッと俺の丸い手が魚に食い込むと、ビクンッと跳ねてあっさり絶命した。
すまんな魚さん、これも弱肉強食だから。食物連鎖の流れの1つになりやがれ。
『【魚 Lv.3】
カテゴリー:素材
サイズ:小
レアリティ:F
所持数:1/30
綺麗な水を好む淡水魚。
ヒレの付け根が珍味として重宝される』
『新しいアイテムがコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:微)』
普通に食っても大丈夫そうだな?
さて、朝飯に……と行きたいところだが、コッチの世界に来てからまともに魚なんて食べてないし、もう何匹かストックしておくか。次どこで釣り出来る場所に出会えるか分かんないし。
透明な【仮想体】がもう1度竿を振る。
10秒と待たずにグイっと糸が水の中に引っ張られる。
入れ食い状態ですな。
心の中でイージーモードな釣りにウキウキしつつ竿を引く―――ん? なんか、重くないっッスか?
さっきの簡単に引き上げられた感じとは明らかに引っ張られる力が違う。
何? 大物がかかったのかしら?
竿を折られないように気を付けながら引っ張っていると、突然力が弱くなる。
糸切れた? と思ったが違った。
湖の中から急速に上がって来る“嫌な臭い”。
次の瞬間、ザパッと大きな飛沫を上げて“そいつ”が水面から飛び上がった。
サメ……のように見える。少なくてもシルエットは。
しかし、体中に小さな棘が生えていて、何匹か小さい魚がその棘に刺さって死んでいる。それに、尻尾の部分が鈍器のような形になっていて、殴られたら凄い痛そう……。
うん、これ、きっと魔物だわ。
見た目がファンキー過ぎる上に“嫌な臭い”がするから間違いねえよ。
水面から飛び上がったサメモドキは、自分の口から伸びる糸の先に居る俺の姿を見つけるや否や、鋭い牙が生え揃った口を開けて飛びかかって来る。
猫と言えば魚類を咥えて走る物やん? その猫が魚類に襲われるっておかしくね? とか、本当にどうでも良い事を考えつつ魔法を放つ。
【ライトニングボルト】
俺から放たれた雷が、真っ直ぐにサメモドキに伸びて―――当たる。
一瞬で絶命。
死にもがき苦しむ事も無く、断末魔の叫びをあげる間もなく本当に雷が触れた瞬間に終わった。
ただ―――手加減し忘れて、サメモドキが真っ黒な炭になった……。
勢い余って俺の足元にポトッと落ちる炭。
「ミィ……」
しまった……威力出し過ぎた。
もうちょい弱めに撃っとけば、良い感じの焼き加減になったかもしれないのに……俺の馬鹿野郎。流石に朝飯に炭なんぞ食いたくないぞ……。
ついでにサメモドキが咥えていた針も壊れて、糸も焼け落ちて俺は泣いた。……まあ、【自己修復】使って放っておけば直るけど。
それ以上は釣る気にならず、仕方無く朝飯は魚1匹を焼いて食いました。




