3-28 その者はただ最強
斬り合う。
……いや、“斬り合う”なんて言える程大層な事じゃない。
俺が冥哭を投射で撃ち出しては回収し、横から【仮想体】が旭日の剣で斬りかかる。
実質2対1で立ち回っているのに、一向に攻撃が赤髪には当たらない。かすりもしない。大抵の攻撃は回避され、体まで届いた攻撃は、飛んでいる虫を捕まえるように軽々と掴んで止められる。
ギリギリ付いて行けるようになったけど、元々の実力差が埋まった訳じゃないって事かよ……!
ただ―――赤髪の攻撃に慣れたのか、時間が経つ程に野郎の動きが良く見えるようになる。
強化天術も、野郎への【サンクチュアリ】も、時間の経過で効果が弱くなっている筈だが、それをかけ直すまでもなく赤髪の攻撃に反応出来る。
けど、ダメージまで繋ぐにはもう1つ足りない。
その為のもう一手は有る。
――― 魔眼だ!
俺の右目に宿る魔眼【紛い物の幻】。
ぶっちゃけ、第六感がクソみたいな鋭さの赤髪を騙せるかどうかは疑問だが……一瞬気を逸らすくらいは出来る筈。
右目に力を込める―――
「無駄だぞ」
「(は?)」
「今、右目の魔眼を使おうとしただろ。だから使っても無駄だと言った」
無駄かどうかはやってみなきゃ分かんねえだろうが!
しかし、どれだけ幻を投影しようとしても、赤髪は一切反応を示さない。
本当に、効いてない……!?
「だから無駄だと言ってやった」
「(何かしたのか……?)」
「貴様、何も知らんのだな……。まあ、魔眼を隠して居ない時点でそうだろうと思ったがな」
「(何がだ?)」
言うと、構えを解いて右目を手で覆う。手を放すと―――右目の奥で星空のように無数の光が瞬いていた。
――― 魔眼!?
「多少経験値を積んだ者なら、当然魔眼を隠して居るに決まって居るだろうが」
え!? 魔眼って隠せる物だったの!?
「何故貴様の魔眼が俺様に効かないのか。理由は簡単だ、魔眼はランクの高い方が優先される、それだけの事だ。貴様の使っている魔眼のランクがいくつか知らんが、俺様の魔眼のランクは15。それ以下の魔眼は勝手に無効にされるぞ」
マジかよ……! そんな説明聞いてねえ……っつか、誰もしてくれねえっつうの!
俺の使っている【紛い物の幻】のランクは……
『【紛い物の幻】
カテゴリー:魔眼
レアリティ:D
ランク:1
魔力消費:0』
1……だ。
この野郎に魔眼の効果を叩きつけたいなら、最低でも同ランク―――15の魔眼じゃないとダメって事かい……!!
「まあ、そもそも魔眼使い同士が戦う機会が少ないからな。こんな無効のされ方が有る事を知ってる奴の方が少ないかも知れん」
言いながら再び右目を手で覆うと、魔眼が隠されて元通りの普通の目に戻った。
……あの魔眼隠しの方法知りたいな。無事に生きて帰れたら練習してみるか。
いや、っつかよぉ!
魔法、状態異常に続いて魔眼まで無効ってどう言う事だチキショウ!!
…………いや、分かってますよ。
赤髪に何でもかんでも無効にされるのは、俺の力が足りてないからだ。
相手の圧倒的な強さを呪う前に、自分自身の力の無さを後悔しろって事だな……うむ。いや、「うむ」じゃねーよ!! どうすんだよこの状況!?
だが―――赤髪にまだ有効な手は有る。
【仮想体】
俺にとっては最早基本のスキルと言っても良い、もう1つの俺の体。
コイツの最大の利点は、ダメージを受けない無敵な存在だって事。赤髪がどんなに超火力で攻撃してこようが、【仮想体】は痛くも痒くも無い。
盾役としては、疑いようもなく最強だと思う。
コイツを上手い事使って攻められない物かと……。
考えている間に、赤髪が突っ込んで来る。
いい加減野郎のスピードに目が慣れたのか、そこまで慌てない。
とにかく、接近戦は避ける。っつう事は、野郎に近付かせない事が重要!
超速で真っ直ぐ俺に走って来る―――その目の前にオリハルコン装備一式を纏った【仮想体】を創りだす。
「邪魔だ!」
少しイラついた声。
そして、スピードを緩めずに拳を振る。
コイツのパンチの威力はヤバい。なんたって、空振りで塔をぶっ壊すんだから洒落にならん。
とは言え……【仮想体】ならダメージ受けないから関係ない。
そう、思っていた―――
赤髪の拳が、黄金の鎧の胸部を貫く。
まるで、豆腐に指を突き立てるように、余りにも呆気なく、余りにも容赦なく。
「(うっそ!?)」
オリハルコンは金属として相当硬い部類に入ると思う。
今までだって大抵の攻撃は防いで来たし、まともに傷付けられたのなんてアドバンスと戦った時くらいだ。
それを、素手で……!?
「貴様は武具の使い方が雑だな? せめて魔力を通すくらいはしろ! その程度の事もしないから、容易く砕ける!」
オリハルコンの鎧を貫いていた拳を横に大きく振ると、傷口が押し広げられるように鎧に空いた穴が横に裂け、その衝撃で【仮想体】が吹っ飛ぶ。
冗談じゃねえ!! 素手でオリハルコンを引き千切るなんて有り得ねえだろうが!!
いや、焦るな俺…!
鎧が砕かれたって、【仮想体】は健在なままだ。
むしろ“人形”を排除したと奴が思った今が好機―――!
空中を舞っているオリハルコンの鎧から【仮想体】を“抜く”。
鎧を放置して【仮想体】が俺の中に戻る。
間髪入れず赤髪の背後に何も身に着けて居ない【仮想体】を創りだす。この時点では誰にも見えないし、何にも触れられないただの透明人間。
その手に、冥哭を持たせて―――フルスイング!
赤髪は見えて居ない、気配にも気付いていない―――筈なのに、姿勢を低くして斬撃を当たり前のように躱す。
「その手はさっき見た」
チッ!
塔の頂上で麻痺薬叩き付けた時に同じ手を使っている。同じ手は通じねえってか!!
でも―――そんなのは織り込み済み!!
当然の事だが、【仮想体】にも手は2本有る!
普通の肉体であれば、片腕で剣を振って居る最中に、もう一方の手で別の軌道で剣を振るなんて相応に訓練しなければ出来ない芸当。
威力を乗せる為の過重移動、剣に振られない為の体幹。言うまでもないが、俺はそんな訓練した事はない。
営業で外を歩く事はあっても、スポーツをやっていた訳でもジムに通って居た訳でもない。間違いなく運動不足な中年コースにまっしぐらだった。
だけど―――【仮想体】には関係ない! 元々“存在しない肉体”を、俺が勝手に想像しているだけだからな!
空いている手に旭日の剣を持たせて、赤髪が回避した軌道を追う形で―――振る!
「少しは頭を使ったようだが―――」
言いながら、迫って居た旭日の剣の刃先を2本の指の腹で“掴む”。
「まだまだ弱い」
くッ―――!?
これでも、まだコイツに届かせるには足りねえってか!?
「ふむ」
赤髪が、旭日の剣を指で白刃取りしたまま、その剣の先―――【仮想体】を見る。もっとも、そこには何も見えないのだが。
しかし、赤髪は―――
「そこに何か居るな?」
「(……ッ!?)」
見えてる!? ……いや、剣が振られたから“何か居る”と思っただけか?
「感覚には何も引っ掛からないが、俺様の勘が何か居ると言っている。少なくても、まともな方法で倒せる相手ではなさそうだ」
いや、コイツが【仮想体】に気付いたところで何か出来る訳じゃ―――
「もっとも―――」
白刃取りしていた旭日の剣を横に振って取り上げ、そのまま
――― 【仮想体】を一閃した。
あまりの早技に、何をされたのか一瞬分からなかった。
何が起こったのか理解出来たのは、ビキッと頭が割れるような痛みが走った時だった。
「ミッ…ギャッ!?」
何だ―――!?
瞼の裏でログが流れる。
『スキル:【仮想体】が消滅しました。
スキルを再使用出来るまで11:59:59』
【仮想体】が……やられた……!?
「武器を使っているのなら、その武器でなら触れられるのが道理だ」
ああ、クソッ、そう言う事かよ!?
そうだよ、何を勝手に【仮想体】を無敵だと思いこんでんだよ! 収集箱から出したアイテムにしか干渉出来ないって事は、逆に言えばそのアイテムを使えば攻撃判定が通るって事じゃねえか!! 馬鹿か俺はッ!!
「手は尽きたか?」
赤髪が、言いながら旭日の剣を俺の方に投げる。
俺は、自分が絶望的な状況になった事に混乱して反応する事も出来ず、勇者の剣はカランッと甲高い音を響かせて地面を転がった。




