3-22 魔王と魔神?
「貴様―――魔神か!?」
赤髪が出会ってから始めて感情を露わにして叫ぶ。
その表情と声から読み取れる感情は驚愕、小さな恐怖、そしてそれとは比べ物にならない程の狂喜。
一体何事か俺がクエスチョンマークを浮かべて居ると、そんな俺の姿をまじまじと見つめ、そして―――嗤う。
「はあっはははははは! なるほどなるほど、魔神相手では駆け出しの魔王如きでは相手にならんだろうよ! そりゃあ、アドレアスの餓鬼が食い殺されるに決まっている!」
……何を1人で納得してるんだろうこの人……?
コッチは意味が分からず首を傾げる事しか出来ないんですが……。
「旭日の剣が“因果斬り”を発動するのも当然の話だな? 90年前、俺様達に襲いかかり、7人の魔王を食い殺してこの世から消したのは貴様だもんなあ!」
え? 90年前? マジで何の話してんのこの人?
90年前って俺は影も形も無いんですけど……? いや、俺どころか父さん母さんすらこの世に存在して無かったんですけど?
「だが、そうか……。貴様が再び表舞台に出て来たという事は、あの時言っていた“約束の時”とやらが来た訳か」
そして再び大声で狂ったように笑う。
「まあ、そんな事はどうでも良い事だ」
瞬間―――全身の血が凍ったかと錯覚する程の凄まじい殺気。
赤髪の目が、別物になっていた。
今までの、鋭いがどこか気ダルい目が、獲物を見つけた狩人の目に変わって居る。
ヤバい―――マジでヤバい―――何がヤバいって、あの目で見られていると恐怖で体が強張って動かなくなる事がヤバい!!
蛇に睨まれた時の蛙ってこんな気分なのかしら……? と頭の片隅で馬鹿な事を考える程度にはまだ余裕がある。
「待っていたぞ! 貴様ともう1度相対するこの瞬間を―――どれ程―――どれ程待ち侘びた事か!! 俺様に唯一敗北を与えた魔神よッ!!!」
あ、ヤバいわコレ。
この人完全に戦闘モードになってるわ。「いや、今までも十分戦闘してたやん?」って違うのよ。今までのコイツは遊び半分どころか、遊び全部だった。それなのに、俺の姿を見た途端にスイッチが切り替わりやがった。
このまま行くと、問答無用で本気バトル突入で、どっちかが死ぬまで止まらなくなる。
だから、俺は思わず声をあげた。
「ミャァ!」
ちょっと、待て!
そして言葉を吐いてから「猫の言葉が通じる訳ねーじゃん……」と絶望的な気分になる。
しかし、そんな俺の絶望感に反して、赤髪は……
「あぁ? なんだ?」
え? あれ?
赤髪の目力は欠片も衰えていないし、闘志もまったく消えていないが、それでも俺の「待て」の言葉に反応して口を閉じた。
もしかしてコイツ………
「(もしかして、俺の言う事分かるのか?)」
「ああ、そこか。猫の言葉でもちゃんと分かるぜ? 前に貴様に襲われた時は、貴様の言葉が分かる奴が魔王の中に1人しか居なくて随分な目に遭わされたからな? 今も生き残ってる俺様を含めた3人は動物の言葉が分かるように訓練したのさ。それも全て、貴様とこうして相対した時の為だぜ? 感謝しろ」
マジか!?
コッチの世界に来て始めて会話が成立する相手が見つかったよ!!?
……まあ、出来ればもうちょっと友好的な相手だと尚の事良かったんだけど……。いやいやいや、待て待て! 諦めるのは早いだろう! アチラさんの誤解が解ければ、まだ友好的になれるチャンスは有る! なんてったって会話出来るんだから!!
「(アンタが誰と間違えてるのかは知らないけど、俺はそのマジン(?)とやらじゃない!)」
俺の必死の言葉を、吐き捨てるように鼻で笑い飛ばす。
「はっ、何を言い出すかと思えば……。あの金色の鎧と旭日の剣を遠隔で操って居たのは貴様だろう?」
「(……ああ)」
「武具を自在に操るその力、正しく魔神の力その物だろうが」
「(いや、だから―――)」
「それに、先程見せた転移術式に見せかけた消える術。あれは貴様のアイテムを出し入れする異能を使った目眩ましだろう」
……!? コイツ、俺の【収集家】の能力の詳細を知ってる……!?
「何を驚いた顔して居る? 前に貴様が襲って来た時に貴様自身がやって見せただろうが」
いや、いやいやいや、待って、本当に待って。
一旦整理しよう……。
赤髪の言うマジンとやらが大昔に居て、コイツを始めとした魔王達はそいつに手酷くやられた。
んで、さっき俺と―――マジンと会うのを「待ち侘びていた」つってたって事は、そのマジンさんは姿を消していたって事かな?
で―――マジンさんと似た見かけと能力を持つ俺を見つけて人違い……猫違いをしてしまった、と。そんな感じの話で良いのか?
いやいやいやいやいや! なんで見ず知らずの誰かのツケを俺が払わされそうになってんの!? おかしいよね!? 絶対おかしいよね!?
この誤解絶対解いておかないとダメな奴だよね!?
「(だから、違うんだって! 本当に別人……じゃない別猫なんだって!!)」
「違わねえだろうがッ! 貴様のような奇怪な術を使う猫が2匹も3匹も居て堪るか!!」
それはごもっとも!
俺がマジン(?)である事は否定はした―――けど、俺が「違う」と言い切れるのあくまで中身の話。肉体もそうである、とは俺には言い切る事は出来ない。
何故なら―――俺は、この子猫の体の出生を知らない。
体の大きさから、何となく産まれて数カ月くらいかな? とは思って居るけど、実際に母猫から出て来た場面を見た訳じゃないし、体験した訳でもない。
何が言いたいかっつーとだ。
もしかしたら、実際にマジンとやらが大昔に存在し、それが何かしらの事情で死んだか行動不能になったとする。んで、その体を誰か……例えば転生職員が手元で保管していたとしよう。
そして、そこにノコノコ現れた現実世界で死亡した俺。
丁度俺の言う条件に合う元マジンのこの体をあてがわれた―――とか、そんな感じのストーリーはどうだろうか? まあ、全部俺の妄想なんだけど。
ただ、この妄想が真実にかすって居たとしても、赤髪が言うような凄い力は持って居なかった訳で、マジンの持っていた力は全て初期化されていると考えて間違いない。
……って事は、やっぱり別人で良くね?
体が同じでも、能力初期化されて精神が別人なら、そりゃもう別物って判定で良くね?
いや、そもそも俺の妄想が的外れで、俺とマジンはまったくちっとも関係無いって可能性の方が高いだろうし。
「(本当だから! 俺は生まれてからまだ1カ月で、90年前(?)の事なんて何も知らねえし!)」
「生まれて1カ月」はコッチの世界で猫として生まれ落ちてって意味で……実際は人間として生きて来た年数をプラスするべきなんだろうけど、転生だの何だのを説明し出すと途端に胡散臭くなるので割愛。
「ぁん? そんな馬鹿な話が………いや、だが、確かに魔力波動が魔神にしてはみみっちいな……?」
「ふむ」と、顎に手を当てて何かを考えている。その答え如何によっては、ようやく会えた会話の出来る相手と殺し合いをしなければならない。
……その時はその時で腹を括るべ、残念だけど。
「よし、聞いてやるから話してみろ」
「(え? 何を……?)」
「貴様が今まで何をして来たのかを、だ。何故旭日の剣を持ち、アドレアスを倒すに至ったのか、全て話してみろ。それを聞いて判断する」
有無を言わさない態度。
コッチが語らないのなら、「問答無用で殴り殺す」くらいの殺気が赤髪の背中でチラついている。
「(分かった……)」
俺の話をするのは色々と抵抗があるが、諦めて話す事にする。
問答無用で殺し合いを始められるよりは、少しでも戦闘を回避出来る可能性のある方を選ぶ。
そして、10分程かけて俺が今までして来た事を話した。
転生云々の話は伏せた上で、目を覚ましたら男達と地下室らしき場所に居た事から始まり、森の中で旭日の剣を運搬中の馬車に忍び込んで剣を盗み出し、その後辿り着いたクルガの町を支配していた魔族を全滅させ、それに怒って襲って来たアドバ……アドレアスを返り討ちにした事。
黙って俺の話を聞いていた赤髪は、終わると「なるほど」と小さく納得したように頷いた。
「(で、アドレアスが何か残してないかと、この塔を調査しに来たらお前に会ったって訳よ)」
「貴様の事情は理解した。確かに貴様は俺様達の知る魔神ではないらしい……まあ、今の話が全て真実であるのなら、だがな」
まあ、こんな猫の大冒険的な話し、普通だったら笑い飛ばす内容なのは仕方無い。……仕方無いが、それが真実なのだから、それも仕方無い。
「とは言え―――」
え? 何? まだ何かあるの?
「貴様が魔神と無関係だとはやはり思えん」
「(いや、だからさ―――)」
「まあ、最後まで聞け。貴様の話を聞いて2つの可能性を考えた。1つは、貴様が魔神としての記憶と力を失っただけの存在だと言う可能性」
……それはさっき俺も考えたよ。この体が魔神の物じゃないかって。
「2つ目は、貴様が新しい魔神として生まれた、と言う可能性」
「(……どう言う意味?)」
「そう言う意味だ。貴様は、これからかつての魔神に匹敵する……もしくはそれ以上の存在となるべく生まれたのではないか、と言う事だ」
マジンになるべく生まれたって……。
いや、俺的には、死んだ後のロスタイム的な感じで猫として生きてるだけなんですけども……。
「そこで、だ。俺様が貴様を試してやる!」
「(は?)」
ゾワリとした悪寒と共に、赤髪が隠していた殺気が熱波のように俺に吹きつけて来る。
「可能性1であるのなら、戦っているうちに貴様が力を取り戻すかもしれん。可能性2であるのなら、俺様との戦いで成長し、魔神に近付くだろう?」
心臓を鷲掴みにするような凄まじい殺気を浴びながら、なんとか言葉を絞り出す。
「(……もし、どちらでもなかったら?)」
「決まっている―――」
赤髪はニィっと口元を歪めて笑った。
「つまらん雑魚ならば、その瞬間に―――ぶち殺すッ!!」




