3-21 黄金の勇者vs最強
自称魔王の赤髪の気配が変わる。
ポケットに手を入れて、特に構えを取るような素振りもなく無防備に立っている。
それなのに―――コイツの強さがビリビリと伝わって来る。
強者の発する威圧感。
アドバンスの時にも感じた、魔王の放つ“ヤバい臭い”。
「どうした? 構えるまで待ってやっているんだが? そのままで構わないのなら行くぞ?」
っと、相手の気配にビビってる場合じゃねえよ!
慌てて【仮想体】が腰の旭日の剣を抜いて構える。
「旭日の剣を構えた、と言う事は、貴様が剣の勇者で間違いなさそうだな?」
くっくっと楽しそうに笑い、「だったら殺してしまっても構わんな」と続けた。
この赤髪は、ボンヤリと“ヤバい”と感じるだけで明確な強さが伝わって来ない。アドバンスの時は、戦う前に俺よりどの程度格上だったのが分かった物だが……。
【バードアイ】を見破った事から、コイツの第六感は間違いなくアドバンスより上。
けど、問題なのは戦闘力の方だ。
コイツが口だけ尊大な馬鹿でないのなら、多分アドバンスよりも格上だろう。
だけど―――俺だってアドバンスと戦った時のままじゃねえ! 相手がアドバンス以上だってやってやる……!
「行くぞ?」
わざわざ合図してから軽く足を踏み出して来る。
トンっと軽く床を蹴った―――ように見えた。
しかし、足が床についた途端ドンッと部屋を揺らす振動、そして―――赤髪の体がグンッとでかくなる…!? いや、違う―――阿呆のような加速で一気に距離を詰められて、視覚の遠近感が追い付かないだけだ!
「ほら、ちゃんと避けろ」
両手をポケットに入れたまま、一足飛びで突っ込んで来た赤髪が足を振り被る。
わざわざ言ってから攻撃して来るって―――この野郎っ、遊んでんじゃねえのか!?
腹立つ……全力でぶっ飛ばす!
確かに動きが速い事は速い。けど、そこまでビビる程の事じゃねえっつうの!
【アクセルブレス】で加速して避けるまでもなく、馬鹿高い身体能力に物を言わせて黄金の鎧は横にステップして蹴りの軌道から逃れる。
「ほう」
「思ったよりやるじゃん?」みたいな顔をしながら蹴りを空振らせる赤髪。
そんな余裕こいてられるのも、そこまでだよッ!!
カウンター!
蹴りの振り終わりの姿勢の赤髪に向かって半歩踏み込み、剣を振る。
我ながら見事な切り返し―――と思ったのに
「フンっ」
先程の蹴りを放った足。その振り戻しを利用して、旭日の剣を下から蹴り上げる。
ガンっと下からの衝撃を浴びて剣の軌道が上に大きく逸れ、赤髪の頭3つ分上を刃が通り過ぎる。
コチラのカウンターを避けた赤髪の動きは回避だけでは止まらない。
凄まじいバランス感覚と肉体稼働で、旭日の剣を蹴り上げた足の軌道が途中で変わり、正拳突きのような真っ直ぐに突き出される槍のような蹴りになる。
「そら……よっ!」
ゴガンッと鎧の鳩尾を蹴られる。
中身の無い鎧が、中の空洞に良い音を響かせながら吹っ飛ぶ。
おい、うっそでしょ!? 今結構な力込めて踏ん張ったのに、無視して吹っ飛ばされたんだけど……!
流石魔王と褒めるところかしら?
しかし吹っ飛ばされて無様に転がってやる理由はない。鎧が空中で横に一回転して着地、即座に剣先を赤髪に向ける。
「なるほど、思ってたよりはやるらしい。アドレアスの餓鬼が首を取られたのも偶然って訳じゃなさそうだ」
余裕綽々って感じだなこの野郎……。
まあ、そりゃそうか。
両手はポケットに入れたまま使う気配無いし、魔法もスキルも使っている様子は無い。
俺―――っつか、勇者モドキを舐めてるのか、それとも、まだ様子見な段階なだけなのか……。コイツの態度と言動から思うに多分前者だ。
「だが、驚く程じゃあねえなぁ。よし、ここからは俺様の暇潰しになるかどうか判断してやるから、お前の手の内を全部見せろ」
また、暇潰し……。
この野郎、まともに戦う気ねえのか? 完全に遊び半分じゃねえか……! そんなもんに付き合わされるコッチの身になれっつーの!
とにかく、やるしかねえ……!
相手が本気で“暇潰し”のつもりなら、殺し合いしなくても、満足させればそのままお帰り頂けるのではないだろうか?
ぶっちゃけて言ってしまえば、俺は別に魔王と殴り合いたい訳じゃない。避けられるのなら全力で避けて通りたい。
コイツがレアなアイテム持ってるってんならコッチもやる気出すが、コイツは何も持ってないですし……。
コッチに大した見返りもないのに、危ない橋を渡るなんて御免です。まあ、倒せるようなら倒してしまえ……とも思うけど。魔王なんて生かして置くと後々面倒臭い事になりそうだしね。
ともかく―――手の内を見せろと言うのなら、ご希望にお応えして見せてやる。
【エクスプロード】
詠唱も魔法名の発声すら無い、無音、無動作で撃ち出された爆裂魔法。
「む」
ドンッと赤髪の体の目の前で、空間が爆発。
赤髪は反応する事も出来ず……いや、本当に出来なかったのか? 今、魔法の予兆に気付いていたように見えたけど?
まあ、直撃したとは言え、いくら俺の魔法の威力が爆上がりしたと言っても、魔法1つで倒せる程魔王が弱いとは思って居ない。
爆風が巻き起こり、瓦礫と埃が舞い上がって視界が利かなくなる。
粉塵で視界が潰れ、爆風で聴覚が潰れる。
五感が利かなくなった状況こそ、俺の狙い―――。
目も耳も鼻も、全部奪われたって動物の感覚なら、奴を捉えられる!
黄金の鎧が粉塵の中を足を踏み出す。
赤髪の気配に向かって真っ直ぐ駆け出そうとした瞬間―――
「魔法が使えるのか?」
爆風で掻き消される音が、何故かよく聞こえた。
何故なら、目の前に赤髪が居たから。
……は?
魔法の直撃を受けた傷は無い。肉体は元より、服にすら焼け跡すらない。
魔法の直撃を受けた事への動揺も、焦りも、怒りも無い。ただ静かに、冷静に、黄金の鎧の前に立っていた。
「魔族……いや、半魔か?」
攻撃して来る様子も無く、呑気に喋る赤髪に慌てて旭日の剣を振る。
しかし、まるで始めから剣の軌道が分かっていたかのように自然な動作で避けられる。
「それならば、人間離れした能力も頷ける」
舐めんなッ!
【仮想体】を収集箱に放り込む。
黄金の鎧がその場から消失。
「む?」
と同時に、赤髪の背後に【仮想体】を再び創り出し、鎧を纏わせて間髪いれずに剣を振る。
「転移術式……ではないな?」
呟きながら、振り返る事もなく足を背後―――【仮想体】に向かって足を突き出し、コチラの剣を避けながら黄金の鎧を蹴り飛ばす。
くっそ! どんだけ鋭い感覚と動きしてんだコイツ……!? 攻撃が体まで届かねえ!?
「まだ手札は残ってるのか?」
言いながら、足元に転がって居た小石をコンッと蹴る。
次の瞬間、空中を舞っていた【仮想体】が、特大の爆裂魔法を叩き込まれたように上空高くに吹っ飛んだ。
「まさか、これで終いではあるまい?」
更に2つ、3つと小石を蹴る。
その度に、上空に打ち上げられた黄金の鎧が空中で衝撃を受けて人形のように躍る。
え? ちょっと待って? まさか、小石蹴ってるだけであんな威力出してるのこの人……? ヤバくない? この人、ちょっとどころか、かなりヤバくない?
………どうしよう、今更ながら逃げたくなって来た……。
【仮想体】と遊んでる間にコッソリ逃げたらバレないかしら? 【隠形】で気配と音は消してるし、大丈夫かな?
抜き足差し足猫の足、と階段を1段下りたところで―――
「飽きた」
突然赤髪がそう告げて、攻撃の手を止めた。
途端、赤髪の攻撃でダンスを踊って居た黄金の鎧が地面に落ちる。
……なんだ?
何事かと、俺も思わず息を止めて動きを止めてしまう。
【仮想体】との戦いに飽きたから帰る―――ってんなら大歓迎なんですが……。
「中身の無い人形と戦うのも面白いかと思ったが、手応えが無くて飽きた」
……!? コイツっ、始めから【仮想体】の正体に気付いてたのか!?
「おい、そこの階段を降りようとしてる人形使い。今度はお前が直接俺様の相手をしろ」
全部バレてるじゃねえか……!? この野郎、始めから全部分かった上でコッチにノせられてたってか? 達悪いなオイ!
「さっさと出て来い、殺すぞ」
ダメだ、コイツからは逃げられねえ……!
戦って何とか活路を見出すしかねえな。
諦めて【隠形】を解いて扉を潜る。
俺の姿を見た途端、赤髪が驚きで顔を歪める。
まあ、そうでしょうよ。まさか、コイツだって猫を相手にしてたとは夢にも思わなかっただろうし………と思ったが、違った。
赤髪は、俺が猫だから驚いたのではなかった。
「貴様―――魔神か!?」
は?
マジン? マシンの聞き間違いか? いや、何を間違えてもマシンではないだろう俺は。




