3-20 レッドエンカウント
塔の中へ侵入―――いや、侵入つっても、堂々と玄関から入ったんだけど。
魔王の居城っつうから、もっとおどろおどろしいのかと思っていたけど、結構綺麗だな……とりあえず玄関先は。
魔族達も、流石に魔王の家は綺麗にするらしい。
クンクンっと鼻を澄ます。
“嫌な臭い”はしないな? って事は、敵性存在は居ないって事か。
いや……でも、なんだろう? 確かに“嫌な臭い”はしないけど、何か……嫌な予感がする。「今すぐ回れ右して帰れ」と俺の中の何かが囁いている。
……まあ、大丈夫だろう。
敵の臭いはしないし、何か罠があったとしても、今の俺のスペックなら大抵の事には対処できる自信がある。
何とかなるなる。
【仮想体】の肩に揺られて塔の上へ向かう。
1階から3階は特に目ぼしい物は無し。
どうやら魔族連中の居住スペースらしく、部屋の中は台風が去った後のような有様になっていた。
そんなゴミ捨て場を漁る気にはならず(どうせレアアイテムも無さそうだし)、そこら辺は全て放置して更に上に向かう。
4,5階は……何やら拷問部屋っぽいのとか、見るからにヤバい空気を漂わせてる部屋とか。
ぶっちゃけ入るのに勇気が居る部屋ばかりだったが、それなりの物が手に入った。
『【鎖 Lv.4】
カテゴリー:素材
サイズ:大
レアリティ:E
所持数:5/30』
『【鉄杭 Lv.2】
カテゴリー:素材
サイズ:中
レアリティ:E
所持数:1/30』
『【首輪 Lv.2】
カテゴリー:素材
サイズ:小
レアリティ:E
所持数:2/30』
『【吸血針 Lv.8】
カテゴリー:武器
サイズ:小
レアリティ:D
所持数:1/10』
『【処刑鎌 Lv.22】
カテゴリー:武器
サイズ:大
レアリティ:D
所持数:1/10』
『【麻痺薬 Lv.3】
カテゴリー:素材
サイズ:小
レアリティ:E
所持数:1/30』
『新しいアイテムコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:微)』
拷問具っぽい物のオンパレード。
使い道が有るかどうかはともかく、まあ、持って置いて損は無いよね?
いやー、そう言えばアドバンスとの戦いが終わってから、まともにアイテム集めてなかったから、この……何て言うの? アイテム欄が埋まって行く嬉しい感じが妙に久々に感じる。
アイテム一杯の嬉しさでテンションが上がる。
俺って、こんな根っからの収集家でしたっけ? 猫に生まれ変わってから、俺も色々変わったなぁ……と心の中で苦笑する。
更に上を目指す―――。
6階、“ウエディングケーキ”の1番上の段に差し掛かった辺り。
急に廊下に絨毯がひかれ、明らかに雰囲気が変わった。
多分、ここから先が“魔王の空間”だ。まあ、その魔王は俺がぶち殺してしまったんだが……。
本来なら、この上の方でアドバンスが勇者が来るのを待ち構えて居て「ふははは、よく来たな勇者よ!」とかベタなセリフを吐いて戦闘を始めるんだろう。実際は森の中での遭遇戦で死んだけど。
……よくよく考えると、あんな偶発的な遭遇戦で死ぬってアイツ本当にアホだな……。あれで肩書魔王って、大丈夫かよこの世界の他の魔王は……。
などと、良く分からない心配をしながら色んな部屋を調べるが、碌な物が無い。
ふざけんな! 魔王なら、侵入して来た奴の為にレアアイテムの3つや4つ置いておけよ! アホかあの蜥蜴野郎、そんなだから猫にぶっ殺されるんだよ。
プンスカしながら登ると、風の流れが強くなる。
最上階が近いのかもしれない。
入り口で感じた嫌な予感を思い出し、少しだけ警戒して上の階に【バードアイ】で視界を飛ばす。
上の階は屋上だった。
いや、正確には屋上ではないんだろうが、上の階が抜け落ちたせいで屋上になってしまった……ッて感じ。だって、部屋中に床石っぽい瓦礫がゴロゴロしてるし。天井を見上げれば、中途半端に残った天井が見えるし。
まあ―――そこは、どうでも良いんだ。屋上だろうが、そうじゃなかろうが……。
問題なのは、そこに、1人の魔族が居た事だ。
瓦礫が埋め尽くす屋上のど真ん中で、壊れかけた木の椅子に、授業中のヤンキーのように、ダラッとした座り方をしている。
額には折れた3本の角。異形っぽさはそれだけで、手も足も見えている部分は人間にしか見えない。
ボサボサの長い赤い髪を後ろで一纏めにし、ボロボロの服を着ているその姿は、とてもではないが“お偉いさん”には見えない。
ぶっちゃけ、浮浪者が塔の中に迷い込んだんじゃないかと思ったくらいだ。
でも、浮浪者が屋上で椅子に座って居る訳も無い………って事は、この赤髪は何者で、何をしてるんだろうか?
あれ? そう言えば、魔族が居るのにどうして“嫌な臭い”がしないんだ?
可能性は2つ。
1つ、この赤髪が本当は魔族じゃない。
2つ、コイツが俺の警戒センサーに引っ掛からない程の雑魚。
どっちだ……? と考えていると、赤髪がスッと目を開けて迷い無く俺を指差す。
………は?
指差したって言っても、そこに俺は居ない。
今赤髪の目の前に有るのは、【バードアイ】で飛ばした俺の視覚だけだ。
別の何かを指さしたのかと振り返ろうとすると、赤髪が気だるそうに口を開いた。
「お前だよ、お前」
……!? コイツ、俺を知覚してる!?
「そう、下の階から覗き見してるお前だよ」
……コッチの居る場所までバレてる……!?
なんだ、この赤髪……?
危険を教えてくれる“嫌な臭い”は確かにしない。それなのに、俺の中の何かが「ヤバい」と言っている気がする。
「殺されたくないなら10秒以内に上がって来い」
言い終わると手を下げて目を瞑り、静かに1、2とカウント始めた。
10秒間だけの待つ姿勢……と言う事らしい。
どうする? 行くか?
少し迷ってから階段を上がる。
別に上に行ったからといって戦闘になるとは限らないし、とりあえず相手の話だけでも聞いてみよう。
もしかしたら、何か有用な話とか聞けるかもしれないし。
何より、俺の直感が言っている……
――― コイツからは逃げられない、と。
階段の上には扉が1つ。
本来は部屋に入る為の扉なのだろうが、今は屋上に出る為の外扉って事か。
……相手の正体が分からないし、一応警戒して【仮想体】だけで行かせよう。
俺自身は扉の陰に隠れ、更に【隠形】で気配を断つ。
準備が完了したら、10秒ギリギリで扉を開けて【仮想体】が屋上に出る。
「10。ギリギリだがセーフだ」
赤髪が目を開けて【仮想体】に視線を向ける。
何かを探るような1秒の間……そして。
「お前……いや、まあ良いか。たまにはこう言うのも面白いかもしれん」
独りで何か呟いてから椅子から立ち上がる。
「旭日の剣を持っているって事は、お前が今代の剣の勇者って事で良いのか?」
正直に答えて良い物かと迷っていると、勝手に話を進め出した。
「別に答えなくても良いぜ。お前が剣の勇者本人なのか、それとも旭日の剣を預かっているだけの代理なのか、俺様にはどっちでも良い事だ。俺様にとって重要なのは、お前が暇潰しになる程度に強いか否かだ」
暇潰し……って、何言ってんだコイツ?
「さあ、じゃあ始めるか―――っと、その前にコッチの話をしておかねえとか……面倒臭ぇが、まあこの役を引き受けちまったから仕方ねえ。良いか金鎧、俺様が懇切丁寧に話してやるからよく聞けよ?」
……この赤髪なんで一々偉そうなん?
もう1度椅子に座り直し、腕を組んで足を組む。とてもではないが、人に話を聞かせようって姿勢には見えないが、これが一応コイツなりの“話す姿勢”らしい。
「まず、俺様は魔王の1人だ」
……ッ!? コイツが魔王!? おいっ、うっそでしょ!? 魔王とエンカウントするなんて、冗談半分に聞いていた話がマジになったってか!?
「本来なら名乗るところだが、お前にはその価値がねえ。まあ、俺様の名前が知りければ相応の価値を見せろって事だ。で、ここからが本題」
よく聞けよ? とでも言うように指差す。
「剣の勇者によってアドレアスの餓鬼が討たれ、それに若い魔王達が怯えちまってな? 仕方無く俺様が直々に様子を見に来た訳だ」
“直々に”……って事は、コイツもしかして、魔王の中で上の地位に居る奴なのか? 見た目は浮浪者なのに……。いや、でもさっき【バードアイ】を知覚されたし、実力は相当な物なのかも。
「俺様としては、剣の勇者が生きていようが死んでいようがどっちでも良いんだが……まあ、それは可愛い餓鬼共の為なんでね」
……可愛い餓鬼共……? どう考えても、コイツが何かの為に行動を起こす善人には見えないんだが。
絶対、コイツは自分の目的の為に来ただろ。まあ、それが何かは知らないけど。
「さて、話は終わりだ」
立ち上がり、後ろ足でコンッと椅子を蹴ると―――音も無く椅子が文字通りの粉々……粉になって辺りに散らばった。
「お前が剣の勇者ならば力を見せろ。代理ならば居場所を言え」
悪寒―――。
今まで、確かに何も感じなかった“嫌な臭い”が辺りに充満する。
感じた事の無い程の強烈な“ヤバい臭い”。
寒気を感じて足が震える。
無意識に毛が逆立つ。
……ああ、クソっ、そう言う事かよ! 俺が臭いを感じない3つ目の可能性―――相手がそれを隠蔽する事の出来る強者。
「沈黙は、戦いを受けると言う事で良いのか? ならば、始めようか」




