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3-18 その先に居る者

 【仮想体】を先に塔に向かわせた(と言う設定)で、残った(おれ)はアザリアと一緒に支度をしていた。

 まあ、一緒に支度つっても、俺はアザリアに抱っこされてるだけなんだけど。

 食料や水、その他ポーションやら諸々を朝っぱらから買い漁って行くアザリア。テキパキと買い物をして店を渡り歩く姿を見ていると、「将来良い嫁さんになりそうだなぁ」とかどうでも良い事を考えてしまう。

 それに、買い出しなんて仲間が居るんだからやらせれば良くない? とも思う。勇者なんだから雑事は任せれば良いのに、と。

 「昇進したら、仕事を下に任せる事も覚えなきゃいかんのだよ」と部長が酔いながら説教して来た事を思い出してしまった。

 ただ、まあ、アザリアの律義な性格上、自分でやれる仕事は自分でやらないと気が済まないのかもしれない。


 ともかく―――合間合間に俺を撫でたり頬擦りしたり、“猫補給タイム”を挟み……買い出しを終わらせて仲間の元へと足取り軽く歩く。

 そして戻るや否や……


「ゆ、勇者様は先に行かれたんですか!?」


 と、この世の終わりのような顔で言ったのはユーリさんだった。

 アザリアから「剣の勇者は転移術式を使って先に豊穣の塔に向かいました」と簡単な報告が仲間達にされ、その途端に先のセリフである。

 アザリアが「ええ」と簡素な返しをすると、今にも泣き出しそうな顔で膝から崩れ落ちるユーリさん。

 近くに居た女性陣が、慌てて泣きそうなユーリさんを慰めにかかる。


「だ、大丈夫よユーリちゃん!」「そうそう、剣の勇者様はストイックな方だから、ね?」「堅物っぽいけど、ああ言う殿方だって女性には興味あるのよ!」「今度“酒の席での男の落とし方”を教えてあげるから!」


 ……なんか、行く先々で勇者モドキに変な評価が付いていて泣きたくなる……。なんでそんな評価がついたのか是非問い詰めたいけど、それをやる為の言葉を喋れないので黙って居る俺だ。

 ってか、ユーリさんはちょっとダメージ受け過ぎじゃない? そんな「親が急死した」くらいのリアクションする内容じゃないよね? 金ぴかな鎧が先に行った(と言う設定)だけだよ?

 絶賛ダメージでダウン中のユーリさんを置いて、アザリアが話を進める。


「とーにーかーく、剣の勇者はもうアチラに着いている筈ですから、私達も急ぎ出発しましょう」


 アザリアの号令に「はい」と皆が気持ちのいい返事をして、一緒に塔に向かう面子は各自荷物を持って移動を始め、町に残る者達は自分の仕事へと戻って行く。

 そんな中、ダメージで沈んで居たユーリさんが立ち上がって移動しようとしていたアザリアの前に立ち塞がる。


「アザリア様!」

「はい、なんですか?」

「私も一緒に行きます!」


 あ、アザリアがとっても困った顔をしているわ……。とは言え、俺には助け舟は出せないので、自分で何とかして下さい。


「前に説明した通り、豊穣の塔には危険が有るかもしれません。場合によっては、残りの魔王のいずれかと戦闘になる可能性すら有ります」

「大丈夫です! 勇者様が護って下さいます!」


 ……俺への信頼厚過ぎない?

 俺だって護れる物には限度が有るんですけど……。そもそも、アザリアが言うように他の魔王が相手だったりしたら、周りを気にしている余裕なんて無いでしょうし。

 まあ、俺自身も大分強くなってるっぽいから、アドバンス戦程一杯一杯になる事は無い……と信じたいが。


「それは、まあ……魔王クラスの敵が出たら剣の勇者に頼らざるを得ないのは私も一緒ですが……。言いたくはないですが足手纏いは少ない方が良いと思います」


 お、ハッキリ言いなすった。

 でも、多分、それが1番正しい選択肢だ。遠回しにグダグダ言うより、真実を直球で投げた方が良い場合も有る。……まあ、それを相手が納得するかどうかは別の話だが。


「で、でも、でも……勇者様が……」


 ユーリさんも頭では納得しているようだが、それでも着いて行く事を諦めきれないようだ。

 ……そんなに金ぴか鎧の所に行きたいんか? あれ、中身空っぽよ? 大丈夫? 真実を知った時に自殺とかしないよね? 責任とか取れないよ俺?

 ユーリさんの必死さが伝わったのか、それともあまりの折れなさに宥める方が折れたのか、周りの方々が擁護に回った。


「お嬢、連れてってやりなよ」

「ちょっと、貴方達まで何言ってるんですか……」

「だって、ユーリちゃん何が何でも着いて行きそうだぜ? だったら、下手に置いて行って後で追いかけて来るより、始めから連れて行った方が安全じゃないか?」

「それは……そうかもしれませんけど……」

「だろ? だったらお嬢が折れてやるのが1番じゃないか」


 素晴らしい説得ですね。元営業職として称賛を贈ります。

 丁寧かつ、短く、利点を話して「確かに……」と少しでも思わせれば大成功。変に考える間を与えず、コッチの求める答えを出させれば完璧。

 若干詐欺師っぽい事言ってるけど、話術ってのはそう言うもんですし。


「………分かりました」

「アザリア様!」


 ユーリさんの顔がパァッと明るくなる。


「ただし、絶対私の近くに居て下さいね?」

「はい、はい!」


 話が纏まったようで良かった良かった。

 いや、良くねーよ! 旅先で2人に何かあったら俺が護らなきゃならんって事じゃん!? 俺の仕事が増えただけじゃん!?

 抗議しておこう。


「ミィ!」

「猫にゃんもユーリさんが一緒で嬉しいの?」

「ミャァ……」


 ちゃいます。


「あ、喜んでますねコレ」

「ふふ、ありがとう猫ちゃん」


 ……人間ってズルイよね……。言葉が通じないと、自分の都合が良い様に解釈するんですもの……。

 まあ、良いか。

 元魔王の居城の塔つったって、今は家主の居ない空き家な訳だし。

 それに、魔王を始めとしたこの国の魔族連中は俺がシバキ倒したから、まともな戦力も残ってないだろうしね。

 気を付ける事があるとすれば、それこそアザリアの言う万が一の可能性……残りの魔王の存在くらいか……。

 ま、魔王なんてそんな都合良くエンカウントする訳ねえし、大丈夫でしょう。



*  *  *



 豊穣の塔の最上階―――。

 崩れた屋上の床が下の階に落ち、1階層分の吹き抜けの最上階となっている。

 かつて、屋上の床を怒りのままに踏み抜いた魔王アドレアスは既にこの世には居らず、城主無きこの塔は無人な箱となって居る―――筈だった。


 魔王アドレアスが勇者討伐に出陣した時、この塔に居た魔族は全て共に行き、塔は完全に無人になった。

 それ以降、人も魔族も誰も塔には足を踏み入れていなかった。


 ただ1人を除いては―――…


 瓦礫に囲まれた最上階に、ただ1つポツンと置かれた簡素な木の椅子。

 その椅子に、今にも溶けて落ちそうなダラッとした姿勢で腰掛ける赤い長髪の魔族。


「ああ……暇だぁ……」


 魔王アビス・Aだった。

 剣の勇者を探しにこの国へ足を踏み入れた彼だったが、チマチマ探すのが面倒になり、アドレアスの居城であったこの塔で待つ事にしたのだった。

 塔の入り口に魔王が出て行った後、誰かが出入りをした形跡は無かった。と言う事は、待って居れば近いうちに誰かが来る……と睨んだからだ。

 魔王の居城に来る人間であれば、相応の立場……相応の情報を持っている人間である可能性は高い。逃げ帰って来た魔族であっても良い。

 ようは、剣の勇者の居場所を知っている奴であれば誰でも良いのだ。


 それに―――もしかしたら、剣の勇者自身が塔に来る可能性だってある。


「誰でも良いから早く来い。暇過ぎて、暴れたくなるだろうが……!」



 最強の魔王は、狂気の帯びた歪んだ笑みを浮かべた。



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