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未来からの生還者  作者: 香月湊
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クラスター

 クラスターとは何か。


 クラスターとは、「群れ」のことである。


 俺が住んでいた過去において、社会的なコンセンサスは選挙において形成されていた。

 例えば、国の方向性をどう決めるのかという抽象的な話から、税金をどう使うか、どこに嫌悪施設(ごみ処理施設や核廃棄物の捨て場所など)を置くのか、そういったことは政治的なプロセスを経て決めていた。


 しかし、こういう決め方には欠点もあった。というよりも俺に言わせれば欠点だらけだった。

 まず、投票は一つ一つの問題点についてできるわけではなく、例えばA党に投票するのか、B党に投票するのか、という形でしかできない。あとの細かい決定は選挙で勝った党が勝手にやっていた。国のトップすら直接投票で決めることができない。


 政党に投票すると言っても、例えば国の決定事項が10個あれば、それに対する賛成/反対の組み合わせは2の10乗で、1024通りもある。そうであれば、1024つの党がなければ国民の意思を正確に反映させることはできない。

 しかし、主要政党の数はせいぜい4~5個。しかも大筋のところではどの党も大して違いはない。これでは、選挙などやってもやらなくても同じ、投票しても無駄、ということになる。


 そこで、この時代においては、争点ごとに市民一人一人が、賛成/反対の意思決定をすることができるようにした。それが、「クラスター」だ。


 例えば、ある宇宙船製造工場を作りたい、となったら、その建設をする、しないという争点に対して、賛成派、反対派が形成される。そこで賛成した者は製造工場を作ったことにより発生するリスクを負担する上、建設費も負担しなければならない。但し、その工場が生み出す利益をリターンとして受け取ることができる。反対派はこれにまつわるリスクは負担しなくてよい代わりに、リターンも受け取ることができない。


 このように、争点ごとに自由に投票をしてよいのがこの世界でのルールだ。


 だから、ある争点では同じ意見でも、別の争点では違う意見ということも普通にありうる。


 そして、賛成派と反対派の利害を調整するのがAIの役割だ。AIは、賛成派と反対派のデータ(人数、居住場所、政策実現のためのコストなど)を分析し、賛成派に妥協案を出す。例えば、工場を作ってよい候補地を提示したり、反対派に対して引っ越し費用などの補償が必要ということであれば、適正補償額を負担することを賛成派に要求する。


 市民は、すべて自分が決めたところに従ってコストを負担したり、分け前を受けることになる。


 最初のうちは、こういった制度はうまく機能しなかった。一定の数存在する反対派のおかげで、社会が何もしない状態、停滞状態に入ってしまった。むしろ強いリーダーがある意味強引に物事を決めてしまった方が早いのではないか、という意見が根強かった。


 しかし、何十年と時を経るごとに、変化が現れる。一つはAIの出す妥協案の制度が上がり、実現可能なものとなってきたこと。次に、反対派も、なんでもかんでも反対していては社会全体が貧しくなっていってしまう、ということを理解したこと。そして最後に、社会全体の生産能力が上がったこと。勝ち馬のクラスタに属しさえすれば、特に働かなくても生活に必要なものは入手できる。自然と強いクラスタが形成され、そのどこかに属しさえしていればそれでよい、というような流れが形成されて、社会が安定してきたのである。


 かといって、ある争点において主要クラスタの意向に反したからといって、クラスタ自体から追い出されることもない。反対者が受ける不利益は、あくまでもその争点に賛成したときに受けることができる利益を受けられないことだけである。


 このようにして、この世界の秩序は維持されている。もちろん、このような複雑な政治的意思決定が可能となったのは全市民がサブセットを持っているからである。普通の選挙システムでは一回投票を実施するだけで莫大な額の費用がかかる。しかし、機械で行う即時の投票であれば、時間もコストもかからない。いつどのような投票をしたかもすべて記録に残っているし、途中から投票内容を変えてもよいのである。無論、変更が遡るわけではないので、それによって受けられる恩恵は変更した日より後に発生したものだけである。


 クラスターを選ぶことができるのは市民権を得てからであるが、本当に社会に認められるのは、自分がどのクラスターに入っていくのかということを決めた後、という風に考えられていた。


(つづく)

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