サブセットとバディー
手術が終わってから10日も経つと、頭の中に埋め込まれたPC「サブセット」の使い方にもかなり慣れてきた。
どうやらこれは、自分がいた時代のPCと基本的には同じ使い方で、画面上の対象物を選択して実行すると、メッセージやニュース、ファイルなどを実行できるというもののようだ。
この点だけを見ると、普通のノートパソコンが脳に埋め込まれただけじゃない、と思うかも知れない。
しかし、日が経つにつれ、こいつはめちゃくちゃ便利、というかこの時代ではこの脳内PCがないと生きていけないのかも知れないと感じた。
最初にその便利さを教えてくれたのは、看護師のユリだった。
ユリは俺が手術を受けてから色々と面倒を見てもらっていたのだけど、そのうちに少しずつ仲良くなって、この時代のことを色々と教えてくれるようになった。
脳内PC「サブセット」に関する、ユリの説明をまとめるとこういうことになる。
1 この時代のあらゆる機器やロボットを操作するために使われる
2 無線で機器とリンクを確立して操作する
3 操作をプログラムすれば、自分の意識を離れたところでの機器を動かせる
4 リンクが外れても、プログラム通り動くが、他人がリンクを確立して処理を取り消すと動かなくなる
5 すべての機器は違法な目的(人殺しなど)には使えないようプロテクトがかかっている
そう言って、俺に手のひらサイズの機器を貸してくれた。
薄いピンク色で(多分ユリの個人的な好みを反映しているのだと思う)、ポータブルハードディスクやタバコの箱くらいのサイズだった。
機器に手を当てると、「リンクを確立しますか」という確認アラートが目の前に現れた。
どうやら俺の身体の中に埋め込まれている電子タグに反応しているらしい。
Yesを選択すると、その「機器」は、軽い電子音を立ててフワリと浮いた。
この「機器」は、「バディー」という名称の小型機器で、用途に合わせて色々なサイズや種類のものがあるらしい。
手のひらサイズから人が乗れるものまで様々なものがあり、自分がいた時代にあった、ドローンのような位置づけの機器だった。
バディーを動かすのは簡単で、ただ動かしたい場所に目線を合わせればよい。
ユリが貸してくれたバディーは物を運ぶためのもので、例えば3メートル先にあるコップをつかんでこっちに持ってきてくれたりとか、床に落ちているゴミを拾うとか、そういう用途に使うことができた。
小箱のような機器がどうやって物をつかんでいるのかとても不思議だったが、どうやらファンデルワールス力という分子間結合を使っているらしいことが分かった。
分子間結合は、ヤモリの手が壁にくっつく際に起きている自然現象で、掴む、というよりもミクロレベルで一時的に結合力が働いている状態なのだが、ぱっと見、ドラえもんの手が物をつかんで持ってきてくれているような感じだった。
ユリが貸してくれたバディーには、小さなレーザー銃もついていて、人を一人消すくらいの出力もあると説明をした。
ただし、生体(人間だけでなく動物も)に向けて発射することはできないようにプロテクトがかかっているのだという。
緊急時には人に対しても撃つことができるらしいが、当然、今試してみることはできない。
いずれにせよ、俺はユリが貸してくれたバディーをひとしきり試して思った。
これはメチャクチャ面白い。
ハマる。
まるで脳とシンクロしたラジコンヘリを動かしているような感覚だ。
しかもそれが音もたてずに動き回り、物をつかんで持ってきてくれるというのは、まるで自分にサイコキネシス能力が身について、視界に入る物を自在に動かしているかのような錯覚に陥る。
「俺もバディーが欲しいんだけど、どうやって手に入れたらいいの?」
俺の質問にユリが答えた。
「うーん。色々方法はあるけど、一番手っ取り早いのはクラスターに加入して支給を受けることね。」
どうやら、この時代では会社に行って働くという仕組みはなくなっていて、その代わりにクラスターという共同体が会社のような役割を果たしているようだった。
(つづく)