カレンの村
村にたどり着いて村長の家にいきました。
村は騒然としていた。
ヤンとウェンディが持ち帰った情報は、村を恐怖に導くかと思ったが、村人たちはこの日が来ることを予想していたかのように、自分たちにできることを行っていた。
形式は古いが、不死者用の護符、結界を村のあちらこちらに設置していた。
そのすべてを、村長であるヤンとウェンディの母親が指揮していた。
「鮮やかなものだ。」
わしは思わずつぶやいていた。
「おっさん。感心してないで、さっさとヤンの頼みを聞いてやれよ。」
マルスが気分を台無しにした。
「マルスよ。年上には敬意を払うものじゃ。」
わしは自分でも年寄り臭いことを言っていると思ってしまった。
「まあ、うん。そうだな。じゃあ、宮廷魔術師デルバー師。」
改まってそういうマルスの言葉は、なんだか気味が悪かった。
「もういい。おっさんでなく、デルバーと呼ぶがいい。その方が、まあ気が楽だ。」
何となくそう思ってしまった。
「だよな。俺もそう思う。よろしく、デルバー。俺のこともマルスでいいよ。」
マルスの笑顔は、言動に似合わず、年相応のものだった。
「ところで、なぜヤンだけを戦わせたんじゃ。おぬしがやれば一瞬だろう?おかげでウェンディのけがは治癒期間が長引いたかもしれんぞ?」
そんなことはなかったが、戦わせたわけは知りたかった。
「デルバー。本気でそう聞いているのか?だいたい、あの時偶然通りかかったのは、お互い様だろう。お前、助けた相手のその後の面倒とか、いままで考えたことないだろ?そもそも、本気で誰かの役に立った記憶ってあるの?」
マルスの言葉はわしの胸に深い、深い刃となって突き刺さっていた。
助けた後の面倒?
そんなこと考えたことなかった。
そして、そもそも助けたことなど、数えるほどしかなかった。
「まあ、俺も冒険者になって初めてわかったんだけどな、たとえば、俺があの時手出ししたとする。あの場はそれで解決するだろう?でもさ、その後、不死者に遭遇しないって、今の状況で考えられるか?この村が今準備しているのってそういうことだろ?だから、短絡的な解決よりも、より効果的な解決を探ったのさ。デルバー。あんたの魔力は俺にはわかるしな。妹の方は正直あんたに任せて、俺はヤンを鍛えることにしたんだ。アイツはこの短時間で見違えるようになった。たぶん、オヤジさんの仕込みがよかったんだな。」
そう言って、待ち遠しいように夕食の準備をマルスは眺めていた。
わしはマルスの言葉に衝撃を受けていた。
自分自身そこまで考えたことはなかった。
目の前のことを解決するのに必死で、誰かのその後なんて、全く考えていなかった。
そして、それを導いたマルスは、ヤンを確実に強くしていた。
生ける死体を30体葬った自信は確かなものとなって、ヤンに刻まれているだろう。
「その後の事か・・・。確かに考えたことはなかったな。」
わしはそう言うしかなかった。
「まっ、気にするな。誰でも知らないことはたくさんある。宮廷魔術師っていっても、知らないことだらけのはずだ。あんた、この村のいわれを知ってるかい?俺は知ってるぜ。あんた不思議に思ってたとしても、自分の目的以外は見てこなかった口だろ。だから、一度世の中を見た方がいいんだ。まあ、あんたはこうして旅に出ている分ましかもしれんが、何かを決めるものが、世間を知らずに決めるなんておかしなことだぜ。」
マルスは当然のように、話していた。
もはやわしにはぐうの音も出なかった。
「この村のいわれとは?」
もはや自分の至らないことは十分に理解した。
ならばそれを嘆くよりも、この先に後悔しないようにすればいい。
わしはそう思うことで、気分を変えようとした。
「やっぱあんた、面白いね。」
マルスは楽しそうに笑っていた。
「その続きは、私からお話ししましょう。」
村長である、ヤンとウェンディの母親が、料理を持ってきていた。
村長は村長となった時に村の名前を引き継ぐというしきたりがあるようで、母親の名はカレンというものだった。
一種不思議な感じがしたが、それはそこのしきたりだからということで気にしないようにした。
「よろしくお願いします。」
わしは素直に頭を下げていた。
教わるということは、どんなことであれ、自分に変化が付きまとう。
そうしてくれた人に対し、礼儀を持って接するのは必要なことだと思っている。
それほど、教わるというのは重要なことだ。
食事をしながら語られた、この村の言い伝えは、わしの知識にないものだった。
単純に地方で起こったことが文書として伝えられていないだけなのだが、この村にはその文書が存在していた。
状態保存の魔法がかけられていないために、すでにボロボロになっているが、しっかりと文字で伝えられていた。
この村は、驚異的な死霊と戦い、生き残ったたった一人の司祭が起こした村だった。
仲間の死によって得られた平和を守るために、代々受け継がれていくようにするためのしきたりも作っていた。
墓守の村と言ってもよかった。
歴史の裏側に、こういう真実が隠されている。
わしの心は興奮で震えていた。
その司祭の名はカレンという名で、それがそのままこの村の呼称になっていた。
そしてその役割から、この村の村長は代々司祭の力を持つものに受け継がれ、その力で封印を維持しているのだそうだ。
封じた死霊の封印はラトヒにあるということだった。
そして死霊の口から語られたカレン、ゲルマンという人物の名前、そして死霊の攻撃から推測された能力。
固有名詞の方はわからないが、その死霊の正体は何となくわかってきた。
「地縛霊か。しかも、力が通常よりも大きい気がする。これは厄介だな。」
思わず言葉を漏らしてしまった。
「おいおい、デルバーお前さん、黙っておくという優しさも持った方がいいぜ。」
マルスはあきれ返っていた。
その声に、自分が何を話したのかを理解し、取り返しのつかないことをしてしまったと後悔した。
地縛霊は通常その場から離れない。
そのことは司祭であればだれでも知っていることだった。
それは、仮によみがえったとしても、その本体はその場所を離れないことを意味する。
それは、この村の存在価値を落とす行為だった。
村長であるカレンは驚愕の表情を見せていた。
しかし、その顔が安どの表情に変わっていくことに、今度はわしが驚いた。
「いえ、ありがとうございました。私はこの子に私と同じ思いをさせることが苦痛だったんです。この子にはもっと自由にしてもらいたかった。それが、実現しそうで私は本当にうれしい。」
ウェンディを抱きしめたカレンは、村長の時に見せていた顔ではなかった。
「それでも、配慮が足りなかった。お詫びというのは変かもしれんが、わしの方からも伝えておきたいことがある。」
喜びを一気に絶望に落とすかもしれない。
しかし、この母娘の顔を見ると、伝えなければならない気がしていた。
「ラトヒの地下には古代遺跡がある。そして、その遺跡には、死霊魔術師の研究室があったらしい。これが意味するところは分からん。しかし、その本の伝承によると、地縛霊としては力が強い。強い怨念があったとしても、そこまでになるには何か理由があると思う。わしは一応そこを確認しに来たんじゃが・・・・。」
わしの危機感はこの村の危険性を告げていた。
それを言うべきか、言わないべきか。
さっきの喜びを見てしまった以上、言わないというのは残酷なように思えた。
「デルバー。思っていることがあるのなら、伝えた方がいい。どう行動するかは、本人たち次第だ。誰にも意志があるんだ。お前が思っていることが正しいとは限らない。」
マルスがわしを後押ししていた。
確かに、マルスの言うとおりだった。
わしは基本的なことを見失うところだった。
こんな若いものに教えられるとはな・・・・。
改めて、マルスに礼を言うと、わしはその事実を伝えていた。
「古代王国期の死霊術師の研究は多くの人の犠牲で成り立っている。その上の街で地縛霊となったのだから、その力は単なる地縛霊とはいいがたい。そして、最悪なのは、裏でそう仕向けた人物がいる可能性があるということ。また、地縛霊だが、個人に対して強い怨念を持っている事。これらを考えると、土地に縛られていない地縛霊になっている可能性がある。もはや別の死霊と認識した方がいいかもしれん。」
言葉を区切り、結論を言う。
「今の時点では、この村の存在は必要だ。そして、この村はその標的にされるかもしれない。その死霊はカレンという名に反応した。そして違う人物であったとしても、カレンの仲間に封印された。カレンという名はその死霊にとって思い入れがあるものだということだ。そして、封印されたときにその名前も出ている。こじつけになるかもしれないが、その死霊は混乱している事だろう。これはあくまで推測だが、いままでこの村の森には不死者は来なかったということだが、それはその発生が単にその死霊とは関係なかっただけで、今回こちらに及んだのは、その死霊が関係する。つまり、原因が2つ存在するということだ。」
言い終わって深くため息をついた。
しかし、わしは自分の知ることは伝えた。だから、あとはこの村が決めることだった。
「そうですか・・・。ならば、この子の指輪も外します。この子の力も必要かもしれません。」
そう言うとカレンはウェンディの指輪をはずしていた。
「この子の封印も解けました。この子はこれで信仰系魔法を使えるようになります。」
そう言って頷くカレンをウェンディは強い意志を持った目で見つめ返していた。
そして、自らの力で、自らの足をなおしていた。
「ウェンディ!」
ヤンが驚きの声を上げていた。
「ヤン。お母さんは大きくなったらお前たちを村から旅立たせるつもりだったんだ。そのために、ウェンディに魔法を使わせないようにしていた。あの指輪は、呪いなんだ。お母さんでないと外せない。それに、お前を鍛えていたのも、そのためだ。真実を語らなくてすまなかった。でも、お前たちの未来を、この村の運命で決めてしまうのは心苦しかったんだ。お前たちの前には可能性が広がっている。お母さんの気持ちを理解してあげてくれ。」
ヤンの父親が優しく諭していた。
「まあ、そういうことだ。この村にも危険がある。俺は冒険者組合に不死者の件で依頼を受けている。そこのデルバーはラトヒの調査に行く。それには俺も同行する。これで決まりだ。」
パンと小気味よい音をさせて、マルスが両手を打ち鳴らしていた。
「あとは、それぞれでやり遂げるだけだ。俺たちが原因を解決する。村は自分たちでたぶんやってくる不死者に対抗する。」
マルスの言うことは単純かつ明快だった。
「そうじゃの。それしかあるまい。その地縛霊をどうにかできれば、この村もその意味を亡くすわけじゃ。無用な運命のしがらみから、可能性の芽を摘む必要もなくなるというわけじゃな。」
必要と感じたから今までこの村は、そうして維持してきたのだ。
しかし、今まさに、転機が訪れようとしていたのだろう。
カレンの意志が今の状態を引き起こしたのかもしれない。
人の意志はそれほどまで強烈に作用する物かわからないが、少なくともそう感じるには十分な偶然が重なっていた。
しかし、兄弟子が何らかのことをしているのは明白だ。
ひょっとすると、封印を解いたのは兄弟子かもしれない。
理由はわからないが、そう考えていた。
「わしが持っているものを、この村においておこう。少しは役立つかもしれん。」
わしは2体のゴーレムを村長に預けておいた。
古代遺跡に入る時に護衛として作ったものだ。
しかし、今はそれ以上に心強いものがいた。
ならば、これはここに置いておくのが賢明な手段だ。
原因が兄弟子にあるかもしれないと考えると、そうすることがせめてもの・・・。
「ありがとうございます。」
頭を下げる村長に対し、わしはマルスのまねをして、とびきりの笑顔で答えていた。
「このごちそうのお礼です。そうですな。朝と昼にも何か用意していただくということでいかがかの。」
唖然とするマルスの顔みて、わしの心は、爽快感で満たされていた。
気前のよくなったわしは、ヤンの頼みを快諾し、ウェンディにもついでにお守りをつけておいた。そして注意しておく。すべては自分たちで決めれるように。
「よし、これで準備は万全じゃの。」
わしはこれからのことを予見したわけではないが、そうしなければいけない感覚にとらわれていた。
少し変化を見せたデルバー先生です。