出会い(宮廷魔術師編)
デルバー先生(30)、さっそうと登場しました。
「お嬢ちゃん。けがはないかな?」
襲いかかろうとしていた生ける死体を吹き飛ばして、わしは少女に声をかけていた。
最初自らの身に何が起こったのか理解していないような少女は、助かったと、助けられたことがわかると、足を引きずりながら、わしの方に進んできた。
「お願いします。おじさま。お兄ちゃんを、ヤン兄さんをたすけて。」
自身のけがを顧みず、必死に兄の助けを求めるその姿に、わしの心は動かされていた。
ひょっとすると、自分はこういう風に映っていたのかもしれない。
そんな感じも同時にしたが、それは、気持ちの奥底に沈めておいた。
しかし、おじ様か・・・。
「ふむ、では案内を頼もうかの。でも、その前に、お前さん。足を痛めておるな。どれ、わしに見せてみろ。薬ぐらいはもっておる。」
少女は兄のことが気になるのか、じっとわしを見ておった。
「どのみち、その足では早く歩けんぞ?兄を助けたいのであろう?」
わしはずるい言い方で、少女の決心をあおっていた。
恐る恐る差し出すその足は、小鹿のように、細くしなやかだった。
そして、足首は見事に応急処置がされていた。
「ふむ。これはしっかりと処置されておるな。これなら。」
わしは魔法の袋から薬を取出し、少女の足に塗っておいた。
「じきに痛みは取れる。ただし、治ったわけではないので、無理は禁物じゃ。どれ、おぶっていこう。」
わしは少女に背を向けると、かがみながらそう告げていた。
「でも・・・・。」
躊躇する少女に、わしはまたも卑怯な物言いで決断を迫った。
「急いでいかなくてもよいのかの?」
その言葉は、少女の決断を促すのに十分だった。
わしは少女を背負いつつ、少女の示す方に歩いて行った。
そして、しばらく歩いていくうちに、もはや、少女の案内が必要でないことが分かっていた。
その声から、少女の兄が無事であることはうかがい知れた。
しかし、なんというか・・・・。
声を聞き、その光景を目の当たりにして、わしはため息しかつけなかった。
「なあ、お嬢ちゃん。確か助けてくれと言うたよな?」
目の前で繰り広げられる光景を見て、わしは思わずそう告げた。
「はい・・・・。」
少女もまた、同じ感覚なのだろう。ただそれだけしか言わなかった。
目の前では生ける死体を相手に、まるで訓練をしているような少年と、木の上でただ指示を出すだけの少年が見事なパーティを結成していた。
「ほら、右ばかり注意すると、左がおろそかになる。」
木の上の少年が的確に告げていた。
「このバカ。何度同じこと言わせるんだ。数が多い時は、立ち回りに気をつけろ。囲まれたら、お前あっちの仲間になるぞ?」
少年の言葉は厳しかった。
「はい。先生。まだまだ向こうにはいきません。」
肩で息をしている少年がまだ自分はやれるとばかり、そう息巻いていた。
「ふむ、でおぬしの兄は戦ってる方でいいんじゃな?」
少女を背中から降ろしながら、一応確認を取っておく。
「はい・・・・・。」
少女はあたりを見回しながら、ただそうつぶやいていた。
少年の周囲にはもう20体ばかりの生ける死体がようやく本来の死体に戻っていた。
「ほらほら、前から来るって。おまえ、飲み込み悪すぎ。まあ、お前があっちに行ったら瞬殺してやるけどな。」
木の上の少年は笑いながら石を投げていた。
その石は、とんでもない破壊力で右を向いている少年を背後から襲う左側からの生ける死体の頭を吹き飛ばしていた。
「おい。また背中とられたぞ。これでお前のおかずなくなったぞ?」
どうやら木の上の少年は少年と食べ物で契約したようだった。
「しかし、何という破壊力だ。」
わしは思わずうなっていた。
あんな小さな石であれだけ見事に吹き飛ばすとは・・・。
頭だけでなく、上半身ごとえぐり取られるように破壊された生ける死体をみて、わしは木の上の少年を注意深く観察した。
「おっさん。それ、こいつの妹だから、大事に保護してやってくれ。」
それが、わしに対する第一声だった。その顔はいっさいこっちを向いていなかった。
「お主、他人に対する礼儀がなっとらんの。」
年上の面子か、この少年への警戒か、わしは大人の態度で向き合っていた。
「あー。これは失礼。なんだかあんたには、そういうの必要ないと感じちまった。そうだな。これは俺が悪かった。なあ、おじさん。頼むから、その子をしばらく守ってあげてほしい。そこで戦いの訓練をしている奴の大事な妹みたいだからさ。今、アイツは伸びに伸びる時なんだ。もう少し強い相手がほしいとこだが、まあ死ぬかもしれないから今日はこのあたりでいいだろう。」
やはり、わしの方を一切見ることなく、木の上の少年は自分の主張のみを告げていた。
「この子はわしが責任を持つ。それはこの子との約束だからな。そして、この子との約束にはこの子の兄を助けることも含まれておる。この子の足の治療もある。もうその辺で、終わりにして、さっさと村に引き上げよう。」
わしは木の上の少年に向かってそう告げると、残りの生ける死体を片づけるように杖を掲げていた。
「「余計なことすんな!おっさん」」
罵声が2つとんできた。
事もあろうに、戦っている少年からもだった。
もうどうでもいいわ。
わしは少女に向き合っていた。
「なんだかわからんが、おぬしの兄はすっかり戦闘に魅入られておる。足は大丈夫かの?」
さっきから一心不乱に兄の様子を眺めている少女は、わしの言葉は耳に入っていないようだった。
まったく、どいつもこいつも・・・もういい。
とんだ道草になったものだ。
わしはそう思いながら、また目の前の戦いを見ていた。
しかし、その体は疲労しているはずが、どんどん動きが様になっていた。
そこの20体ばかりは確かに少年が倒したのだとわかる動きだった。
前と左右の三方向に、絶えず注意を払い。一方をけん制しながら、必ず1対1に持ち込んで、とどめを刺す。
決して周りを囲まれないように、時には地面に横たわる生ける死体の体を利用して、時には木を利用して、確実に相手の頭を破壊していた。
手に持つのは、短剣を木の棒に括り付けた手製の槍。
貧相な武器だった。
しかし、木の上の少年の助言により、ここに来た時よりもさらに動きが洗練されていった。
「おい。おぬし、名はなんという?」
思わず木の上の少年に尋ねていた。
「おっさん。人に名前を訪ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんだぜ。」
ニヤリと笑い、わしの非礼をついてきた。
うかつだった。
「おお、すでに名乗ったと勘違いしたわ。わしは宮廷魔術師デルバー。おぬしは剣聖マルスで間違いないな?」
お互いに会話したことはないが、見知った顔だ。
王国御前試合2年連続優勝者。剣聖マルス。
「うん。しってる。」
あっさりとした返答だった。
最後の生ける死体にとどめを刺した少年を確認したマルスは、木の上から飛び降りて、わしに笑顔を向けていた。
「で、その宮廷魔術師様が、こんな田舎に何の用だ?」
マルスの瞳の奥に、言い知れない光が宿っていた。
「わしは、自分の目的を果たすためにやってきた。まあ、今は休暇というものだ。おぬしこそ、冒険者として活動していると聞いたが、ここで何をしておる。」
自分の目的をはぐらかすようにして、マルスの目的を訪ねていた。
「まあ、俺も休暇みたいなもんだよ。ただ、依頼はうけている。このあたりで最近不死者が多発しているみたいだ。魔術師ギルドから冒険者組合への依頼だ。何かあるのかもしれないが、俺としては、このあたりを適当に調査して帰るつもりだ。こいつに出会ったのも、まあ偶然かな?妹を助けるために体を張る兄にロマンを感じた。それが理由だ。」
マルスは聞いていないことまで話していた。
「そうか・・・。なら、この子たちを村まで送り届けるまで面倒を見ないか?わしはいくところがあるのでな。」
用事がないなら、任せて問題ないだろう。
何せ剣聖。体は少年でも、力はすさまじい。
それに、面倒見がまあまあいいのも分かった。
「おじ様。私たちの村に来てください。私のお礼がまだ済んでいません。」
立ち去ろうとするわしのローブを少女がしっかりと握りしめていた。
「お嬢さん。わしは何もしておらんよ。お主の兄はマルスの教えがあったとしても、自分で状況を克服した。それにお主も、わしにおぶさったとはいえ、自らの意志で、ここに来ておる。お嬢さんとお主の兄の意志が、今を導いたにすぎん。」
正直お礼されるいわれはなかった。
「私をおぶって、はこんでくれました。」
少女の目は真剣だった。
「はっ。おっさん。気に入られたな。その子の料理はうまいらしいから食ってけばいいじゃないか。どうせ野宿になる。不死者の森で一夜明かすよりも、いいだろう?気にするんなら、そのままおぶって村まで連れて行ってやれ。」
そう言えば、マルスは少年とおかずのやり取りをしていた。すでにそういうことになっているということか。
「わかった。では甘えるとしようかの」
少女の頭に手を置き、わしは背中を見せていた。
ついに出会いました。