報告書とその後の話(最終話)
デルバー先生の報告書です。
今回の調査において、不明な点はいろいろあるが判明したことを報告する。
まず、ラトヒ地下にあった古代王国期の死霊時魔術師の研究室は、主要施設の調査団の派遣を依頼する。
研究室の上部施設には様々な標本が展示されており、回収により今後の研究価値は高いと考えられる。しかし、人道上見過ごせないものも多数存在するために、記録と保存には注意された方がよい。
また、下部施設も確認でき、そこは広大な地下空間の中にあったことを報告する。
この空間もまた、魔法的に処理させており、研究価値は高いと考える。
ただし、今回の調査において地縛霊、屍龍と遭遇したために、一部施設は崩壊している。なお、同時期に起こっていた不死者の大量発生においては、その原因となる死霊の壺を発見、破壊に成功している。
なお、補足ながら、本件に関しては剣聖マルスの助力があったことを付記しておく。
そして、この古代王国期の研究室の真上に位置するラトヒの街については、その街自体が巨大な魔法陣となっており、歴史的にその姿を変えていると考える。
最新の魔法陣は、集積の魔法陣であり、不死者の大量発生と何らかのつながりがあると推測する。
研究室の主である不滅の隠者はすでに消失しており、封印されていた別の不滅の隠者はいずこかへ逃走した。この研究室の主導権争いの結果、そうなったものと記しておく。
なお、本件に関して真祖の関与が大きく疑われているが、その行方は不明である。
最後に、周辺地域への影響に関して報告する。
ダヤの街は当初、屍食鬼、木乃伊男、骸骨兵士といった不死者により攻撃をうけ、行政府要人は逃走。街の警備隊長が臨時に指揮をとっていたが、その範囲は街のみであった。
その結果周囲の村には冒険者組合が独自に冒険者を派遣していたが、南に位置するカレンの村では塚人の襲撃もあり、多数の犠牲者が出た模様。
村長の夫をはじめ、村の大半のものが行方不明となっており、塚人となり解邪されたものと推測する。
村は、壊滅的な被害を受けたために、村としての機能を果たせなくなった。村長は残った住人をつれて、ダヤの街に移住。現在その指導力を見込まれて、街の指導者補佐として辣腕を振るっている。
今回の不死者大量発生事件に関して、初動対応および、監視体制、対応に関して王国として多数問題を抱えていると判断する。
改善すべき点は、これらの情報が冒険者組合のみが管理して流通させた点にある。
冒険者組合の情報網に王国の警戒網をつなげ、状況に応じた聖騎士の派遣を早期に決定すべきと考える。
特に、不死者に関してのみ言えば、教会からの助力があることが望ましい。
問題の早期発見と早期対応を可能とする魔術的な情報網を早期に確立することが、アウグスト王国宮廷魔術師の責務と考える。
以上。王国歴166年7月31日
報告者、王国宮廷魔術師付与術師室筆頭補佐 デルバー=ノヴェン
来訪を告げる声が聞こえ、デルバーはため息をついて、その報告書を閉じていた。
「真実というのは、えてして誰にも伝わらずに埋もれていくものじゃな。わしが、それを行うとは・・・。」
真実を記すことができない自分もまた、それに関係しているのだとデルバーは痛感しているようだった。
「おや、デルバー様、何か見ていたんですか?」
幼児を連れた女司祭が、デルバーの家を訪ねていた。
「ん・・10年前の記録をな・・・。それより、大きくなったの。このあいだまでほんの赤子じゃったのに。」
デルバーは目を細めて喜んでいた。
「ほれ、わしのことは覚えておるかの?ほれ、ほれ、言うてみい。」
デルバーは幼女の頭を優しくなでていた。
「そこには、孫がかわいくて仕方がないという感じのおじいさんがいました。」
剣士風の男が解説するようにはなす。
「おい、そんな説明はせんでよい。大体わしはまだ40だ。爺扱いするでない。」
鼻息荒くデルバーは男をにらんでいた。
しかし、一転して真面目な顔つきとなっていた。
「それよりもお前たち。本当に良いのじゃな?」
デルバーはもう一度2人に確認していた。
「はい。この子の中にそれだけの可能性があるのでしたら、デルバー様の元で修行させるのがよいかと思いました。」
剣士風の男は笑顔でそう言っていた。
「それに、この子の望みでもあるのです。」
女司祭は幼女の頭に手を置いて、優しくなでていた。
「デルバーおじさま。わたし、魔法使いたいの。それでね。それでね。いーぱい、困ってる人助けるんだ。おとうさん、おかあさんみたいに。」
体を目一杯つかって、自らの希望を表現していた。
「おう、おう、そうか。そうか。わしの修行はきびしいぞ。まずは、この中から、一枚札を引くがよい。」
手品のように、デルバーは幼女の目の前に札を出していた。
その様子を、目を輝かせて、幼女は見ていた。
「すごーい。どうやったの?わたしもできる?」
これ以上広がらないと言うほどその目を広げて尋ねていた。
「ん。できるとも。ほれ、引くがよい。」
デルバーは再度幼女に札を見せていた。
「んーとね・・・・。これ。これがいいの」
幼女が札を引いた瞬間、その札は大きな花束になっていた。
「わー。」
目の前で展開された魔法の神秘に、幼女は目を輝かせていた。
「ふむ。召喚術かの。しかも、これほどとはのぉ」
デルバーは満足そうに首を縦に振っていた。
「デルバー様。それは?」
女司祭は一連のやり取りを不思議そうに眺めていた。
「これはの、その者の魔力適正を計るものじゃ。この子は召喚術に秀でた魔術師となるじゃろう。しかも、これほどの花束は見たことがない。この子の将来が楽しみじゃの。」
愛おしそうにデルバーは幼女を眺めていた。
「そうですか。」
女司祭は、どこかさびしそうな表情だった。
「お主の想いも分からんでもない。魔法はいいようにも悪いようにもできる。だから、わしはその両方を教えておる。その上で、決めるのは本人だ。お主たちの時もそうじゃっただろう。わしは道を指し示す。そのあと歩くのはあくまで本人じゃ。」
デルバーは幼女を見ながら話していた。
「マルス様にも同じように言われました。あの時も、そして今も。」
剣士風の男は遠くを見ていた。
「ヤンよ。実際お主はどうじゃった。自分で道を決めて、そして、ウェンディと家族となってこの子を育てておる。それは間違いなくお主たちの意志じゃろう。わしは、あの時お主たちが村を出て、独り立ちできるように2年ほど手を貸したにすぎん。マルスも同じじゃろう。」
真剣なまなざしをデルバーはヤンに向けていた。
「でも、デルバー様はその間も、それからもずっと私たちを見守っていてくださいました。この指輪、そういうものだとお聞きしました。」
ウェンディは自分たちの指にはめている指輪を大切そうに見ていた。
「なっ、お主、それをどこで?」
デルバーはいつになく、うろたえていた。
「あー。それは内緒だって言ったじゃないか・・・。気づかないふりでいようって。まったく。」
ヤンは頭を書きながら、ウェンディを困った表情で見ていた。
「あら。私は反対しましたよ?ちゃんとお礼は言うべきです。デルバー様、マルス様が教えてくださいました。それに、ずっと見られているのではなく、見守ってるのだと。正確には、心配や、恐れや、不安といった感情を指輪が感知してデルバー様に知らせるのだと聞いています。」
ウェンディは指輪を触りながら、そう告げていた。
咳払いをして、デルバーは自身の狼狽を打ち消すように話し始めた。
「わしはあの時学んだんじゃ。何かをするという事は、その後のことまで考えることが必要だと言う事。そしてまた、それがどうなるか見届けることが必要なのだと。」
改めて、咳払いをしながら、デルバーは二人に告げていた。
「過去のことを言えば、わしが先に村のことを優先すれば、お主たちはあのような目に合わなんだ。それは確実じゃ。しかし、あのことがあったから、おぬしたちの今があるともいえる。何が良くて、何が悪いのかは、正直わしにはわからんのじゃよ。」
そして、宣言するかのように、デルバーは話し始めた。
「まあ、人の営みにおいて、わしが何かをできるとは思っておらん。決定はその人にある。ただ、わしはそのものを見続けることはできるんじゃよ。わしが見守ることだけは、わしの意志でできるんじゃよ。だから、わしはすべてを見て、考えておる。仮に今が悪いとしても、その先に幸福が待っているのであれば、そのまま見守ろう。もし仮に不幸しかないのであれば、それを指し示そう。わしが見ることで、そのものに選択する機会ができるのであれば、それが一番だと思うとる。だから、以前からこの子も見ておるよ。」
愛おしそうに幼女の頭をなでていた。
「のう、メルクーア。これからも、よろしくの。」
デルバーはいつまでも、いつまでもメルクーアの頭をなでていた。
ヤンとウェンディの子供がメルクーアとなります。ここからデルバー先生はメルクーアに魔法を教えていくことになります。
この年は、現在の辺境伯領を解放した年です。マルスが辺境伯になるのはこの後になります。
王国歴175年の出来事でした。
今回の出会いの物語はこれで終了となります。
デルバー先生は、見守ることの重要さをこの時に認識したと言っても過言ではありませんでした。
そしてその後のことを面倒見て、その後にまでつなげるようになりました。
では、このあたりで、デルバー先生の話はいったん終了します。
ありがとうございました。