怨念の果てに
いよいよ問題のファントムとの対面です。
館の中は整然としていた。
死霊の壺は地下室にあるとのことだったが、一応一階部分は調査しておいた。
「なあ、死霊の壺からでてきた不死者は、いったいどうやって外に出るんだろうな。」
マルスの疑問は一階部分を調査した時になって初めて出ていた。
「それは・・・・。ここがこうだから、地下室から直接出る通路があるのじゃろう。第一ここは高台になっておる。地下室と言っても、この屋敷の地下全体かもしれんしの・・・・。」
言っておいてなんだが、わしらは何をしているのかわからない間抜けを演じておるようじゃった。
「こういっちゃなんだが・・・・」
「いったん外に出ようか。」
わしはマルスの発言を遮って、外へと向かっていた。
屋敷の階段を下りるころ、新しい不死者が召喚されたようで、ぞろぞろと会談したから歩き出しておった。
「なあ、前から気になってたんだが、アイツらってなんでここから出るんだろうな、ああやって出ていくのが当たり前のように動いているのって、なんでなんだろうな。」
マルスの疑問は的を得ていた。
確かに言われてみるとそうだった。
しかし、さっきの会談で、仕入れた情報を基に考えると、それは納得がいくものだった。
「例の死霊が壺を管理していると言っておったじゃろう。あ奴の意志じゃろうな。自分が外に出れないことに対する願望が、そのまま伝わっておるのかもしれん。たしか、あの本ではゲルマンという名と、ヴィンター公爵の名が出ておった。それを探しておるんじゃろう。こじつけかもしれんが、奴はカレンという固有名詞に反応しておった。村の名前とも一致しておる。そういう情報がもし奴のもとに届けられておったとすると、関係ないとも言い切れん。」
地縛霊としては動けないのかもしれない。しかし、イリバーの言葉も気になる。
少しばかり強くして置いた・・・・か。
それは、あの地縛霊と接触を持っていることを意味する。
「とりあえず、あれは破壊しておこう。」
わしは先を行く不死者を火球の魔法で吹き飛ばしておいた。
そのころには、地下室の入り口らしき階段のところが、不死者の残骸であふれていた。
「手際が良いの。その調子で頼むとしようかの。」
そう告げて、その通路に明かりをともす魔法をかけていた。
「おお、まだまだいるな。」
マルスはうんざりしたように、機械的にそれを粉砕していった。
通路はただ一直線だった。もともとそういうつくりなのだろう。何の罠も仕掛けられてはいなかった。
ただ、帰りにはこの上をまた通って帰ることになるのかと思うと、うんざりとした気分になっていた。
「明かりが見えてきたぞ。」
マルスの警戒する声が聞こえた。
「一応魔法はかけておこう。」
マルスとわしに上位保護結界と上位魔術防御結界対邪悪結界を展開しておく。
「まあ、お主にはいらんかも・・・・・。」
わしの軽口は、マルスの警戒するしぐさにさえぎられた。
そっとその場所に近づいて、同じ景色をみた。
「あ奴は何をしておるんかの・・・。」
わしの問いには答えず、マルスはじっと奴を見ていた。
地縛霊は壺に向かって何かを囁いていた。
どうでもよいことなのかもしれんが、何かを伝えているような気がしてならなかった。
「盗聴」
わしは聞かなければならない気がしてならなかった。
「ああ、カレン。カレン。どこだ・・・・カレン。」
「おのれ、ゲルマン、ヴィンター公爵め。」
「ああ、カレン。カレン。どこだ・・・・カレン。」
その繰り返しだった。
「どうも生前の何かにとらわれているのは確かなようじゃ。まあ地縛霊なのだから、そうなのじゃろうが、あの身なり、平民であることは間違いないじゃろう。ヴィンター公爵にカレンという自分の嫁さんがどうにかされたと言うあたりかの。直接の実行犯がゲルマンとかいうものか?」
これまでの情報からわしはそう判断した。
それほどまでに、地縛霊の様子はもの悲しいものだった。
「同情しても仕方あるまい。なにせ、もう昔の話だ。真相を知ったところで何かできるわけでもないだろ。」
そういう割に、すぐに行動しないマルスだった。
「お主、言動と行動が一致しとらんが・・・・。」
わしの声に反応したマルスは、取り繕うような笑顔を見せて歩み出た。
「まあ、それもロマンを感じたからさ。」
剣先を地縛霊にまっすぐに突きつけて、マルスは宣言した。
「嫁さんの仇の貴族によみがえってまで復讐するという気持ちだけは、ロマンを感じる。だが、それに無関係なものを巻き込むのは感心しない。せめてもの情けだ。俺の手であの世に送ってやる。あの世で嫁さんと仲良く暮らすんだな。」
マルスの剣が放たれた。
空間を切り裂き、断末魔の悲鳴をはっした地縛霊は、何かをつぶやいていた。
「まだ、消えるわけには行けない。カレンを守るんだ。」
わしの耳にはまだ魔法の効果が残っていた。
地縛霊のつぶやきは、その想いの強さだった。
体のほとんどを消滅しながらも、地縛霊は壺にしがみついていた。
どんどんその存在がなくなって行く。
その時わしは思いの強さというものを思い知った。
奴は壺の中に自分自身を突っ込んでいた。
避けた空間は元に戻り、壺の中に入った部分以外が消滅していた。
「なあ、デルバー。これって、あれだよな。」
マルスには次におこることが分かっているようじゃった。
「まあ、壺の中から出てくるんじゃろうの。」
わしは、マルスが考えているであろう展開を予想して口に出していた。
「そうだよな・・・・。」
マルスはそっとため息をついていた。
壺がふるえ、周囲の怨念らしきものをいきなり吸収し始めた。
それは今までわしらが倒した不死者からも発していたのであろう。
かなりの時間、その壺はその禍々しい気配を吸収していた。
「これは、今のうちに攻撃した方がいいのかな?どう思う、デルバー」
剣先でマルスは壺を示していた。その目はわしを試しているようでもあった。
このまま楽に終わる結末と困難になるかもしれないが、原因そのものを根絶やしにする方法の選択を迫られた気がしていた。
マルスに言われたことを、その時に思い出していた。
助けたその後のことを考えたことがあるのか
この選択は、わしにとって、その回答だった。
「いや、待とう。ちょうどよい。上の魔法陣が集めた怨念をそのまま吸収させて、この古代王国の研究所そのものの価値を亡くすのにちょうどよい。」
「まあ、困難にはならないだろうけど、お前のその選択にはロマンを感じる。」
マルスはとてもうれしそうだった。
「まったく、そのロマンというのはなんだかわからんが、困難な状況を打破することに意味があるのだという理解にしておくぞ。」
壺の動きがやみつつあった。
その動きを注意深く観察する。
研究所の主の言葉が正しければ、怨念を吸収しきった壺は割れるはずだった。
「ロマンはロマンだ。それを説明する言葉なんてない。人によって違うのだから。」
不敵に笑うマルスだった。
その時、突如として壺が真っ二つに割れていた。
その中からは、闇が出てきていた。
「何が出てきたかと思ったら・・・・」
マルスは先ほどと同じく、空間を切り裂いていた。
そして確かな手ごたえを持って、それは切り裂かれていたが、突如としてその傷跡は修復されていた。
「怨念の数が多すぎるのか」
マルスはそう言うと、同じ攻撃を5度ほど連続して繰り出していた。
「ちっきりがない。」
マルスは忌々しく、そうつぶやいていた。
「面倒だな。建物がちょっと壊れるかもしれんが、デルバー、何とかしてくれ。」
そういうとマルスは剣を鞘に戻して、目を瞑っていた。
「天照光舞斬」
マルスの声がした時に、鞘が一瞬光ったと思ったが、その後には、闇が粉々に千切れていた。
「いったいなにがおこった?」
わしには何も見えなんだが、何かが起こったことは確かじゃった。
あれほどあった闇が、今は少なくなっていた。
「ちっ、これでも消しきれん。どんだけ怨念が固まってるんだ。」
マルスは吐き捨てていた。
「まあ、繰り返せば何とかならんか?」
わしは単純に聞いていた。
「ん?まあ、やれと言うならやるけど、その前にここがもつかな・・・・。」
マルスは天井部分を見上げていた。
屋敷の地下を支える構造物までマルスは切り刻んでいた。
重みに耐えきれなくなったように、突然天井が降ってきた。
「分解」
わしはわしらの上に降り注ぐ天井に向けて魔法を唱えた。
すっぽりと空いた空間部分にわしらはいたが、元地縛霊の闇の上には大量のがれきが積み重なっていた。
「まあ、この程度でどうにかなるもんでもあるまいが・・・・。」
闇は再び集まり始め、元の地縛霊の形となっていた。
「のう、お主。」
わしは一歩前に出て、地縛霊に語りかけていた。
「お主の求めるカレンとやらは、もうここには存在せん。お主の仇であるゲルマンとヴィンター公爵もとっくの昔に死んでおる。お主が聞いたカレンというのは、全く別人じゃ。お主は覚えておらんのか?」
わしはここに至るまでの情報をもとに一つの仮説を持っていた。
これは、わしにとって仮説の証明になる行動。
このわからず屋にわかってもらうには、こうするしか方法がない。
わしの推測がただしければ、お主はもうここにいなくてもよいはずなんじゃ。
「お主が死ぬ最後、お主はカレンの死を見たはずじゃ。カレンを守れなかった自分を知っておるはずじゃ。」
続けて叫ぶ。
「ゲルマンとヴィンター公爵もおそらく報いを受けておる。ヴィンター公爵直系の子孫は今途絶えておる。今のヴィンター公爵家は、傍系から養子をとって繋いでおるんじゃ。もはや、お主が果たす目標は失われておる。」
さらに叫ぶ。
「お主の怨念が生み出した不死者は、この付近の村を襲っておる。お主はお主の手で、お主のようなものを作っておるんじゃ。お主はゲルマンと同じことをしておるんじゃぞ!」
推測に推測を重ねたにすぎん。
しかし、ここに至るまでには様々な人や人ならざる者からの情報があった。
それらをわしは繋ぎ合わせた。
「カレンが?しんで・・・?そうだ・・僕が・・カレンを・・」
苦しそうに言葉をつなげていた。
「守るのなら、最後まで守り通せ。ここにはお前のカレンはいない。お前は死後の世界を生者の世界に無理やりつなげた。さあ、俺が引導を渡してやる。さっさと逝ってカレンを守ってやれ。」
マルスが剣を構えていた。
マルスを凝視していた地縛霊は目を瞑ってそれに応じていた。
「お主の名を聞いておこう。」
わしは、この地縛霊の名を知らなかった。
「アドルフ」
マルスの剣が地縛霊を切り裂いた時、そうわしに告げていた。
「アドルフか・・・。奇しくもお主を封印した者もそんな名じゃったな。」
カレンという司祭といい、アドルフという魔術師といい、何か言い知れないつながりがもたらしているのではないかと思えてしまった。
「ただの偶然だ。このあたりでは珍しくない名だ。」
マルスの言葉は、それ以上は考えても仕方がないことを意味していた。
「そうだな。過去を見ても仕方がないことだ。わしらは未来を進むとしよう。」
わしの言葉に、マルスは目を丸くしていた。
「言うな。デルバー。その言葉にはロマンを感じる。未来を進むか・・・・。」
真顔のマルスに、逆にわしが照れくさくなっていた。
「もういいじゃろう。早く帰らんと、あの村も大変なことになっておるかもしれんしの。」
わしの言葉に今度はマルスが驚いた。
「デルバー。おまえ、あの村の様子見てたんじゃないのか?」
しげしげとわしを見ていた。
「お主、それは魔術師に対する偏見ぞ?魔術師は覗き見るもんじゃない。」
わしは少し憤慨して見せた。
「いや、お前も見ただろ?屍食鬼、木乃伊男、骸骨兵士だけでなく、塚人もいただろ。あの壺は一定数同じものを生み出すって・・・おれは塚人をここで余り倒してないが、確かにいたぞ。」
マルスの話は驚きじゃった。というかわしは見ておらん。
「お主が前で倒しておったんじゃ。わしが見てるわけなかろう。そんなのがおったんなら先に言え、ばかもの!」
わしはウェンディにわたしたお守りを頼りに、視界を飛ばしていた。
「なんと、お守りがなくなっておる。あの娘。使いよったか。マルス、つかまれ急いで飛ぶ。」
わしは言い知れぬ不安に押しつぶされるようじゃった。
「瞬間移動」
わしが飛んだのと同時に、屋敷は跡形もなく崩れ去っていた。
見ていなかったことを後悔するデルバー先生でした。