カレン村の惨劇
舞台はカレン村に切り替わります。
「来たぞー。大軍だ!」
その第一報がもたらされていた。
「女子供を礼拝堂に。1班から3班で警戒。4版から10班で迎撃する。デルバー様から頂いたゴーレムを前面にだしていくわ。」
カレンの凛として張りのある声が村の広場に響いていた。
「足止めの罠は作動してます。奴らの速度は落ちてます。森から横一列です。」
村の見張り台から大声で伝えてきていた。
「必ず、二人一組で行動。各自訓練を思い出して。」
カレンの声が、全員の注意を喚起していた。
「大丈夫。どんなのが来たって、私たちは勝てる。」
カレンは自分自身に対して告げるように声を張り上げていた。
「おお!」
男たちがそれにこたえていた。
今、村は一丸となって、未曽有の危機を乗り越えようとしていた。
戦況は有利に働いていた。
デルバーのゴーレムは強力な援軍として期待されていた。
しかし当初、不死者はゴーレムを目標とせず、素通りしていた。
生者に反応する性質が災いして、ゴーレムはただ、単一的に不死者を攻撃するものとなっていた。
しかし、ヤンがゴーレムの頭にまたがった時、状況は好転していた。
不死者はヤンを目指してゴーレムに群がるようになっていた。
ゴーレムの腕の一振りが、次々と不死者の群れをなぎ倒していった。
そのままヤンは前進し、ただ一人不死者を引き付ける役目を担っていた。
いつしか村人たちは、自分たちが戦わなくてもよい状況になったことに気づいていた。
「第2波が来る。急いで柵を。」
見張り台から緊急を告げる声が聞こえてきた。
しかし、村人たちはヤンとそのゴーレムを頼りにしてしまっていた。
事実、第2波の不死者の群れも、ヤンのゴーレムで粉砕していた。
そして、第3波も同様に撃退していた。
疲れを知らないゴーレムは、どれだけ動いても問題なかった。
そして、第4波が撃退された報告が上がった。
もはや村人たちは、自分たちが戦うということを考えなくなっていた。
そうして、悲劇の種は十分その土になじんでいった。
「大丈夫?お兄ちゃん。もうやめよ?だめだよ。あんな無茶しちゃ。」
ウェンディはゴーレムから落ちるように降りた兄を支えていた。
「大丈夫だよ。まだやれる。俺だって何かの役に立ちたいんだ。それに、いざとなったらマルス様たちに教えてもらったことをするまでさ。」
ヤンはしびれる手を確かめながら、ウェンディの肩をたたいていた。
「ちょっとみせて。」
ウェンディは無理やりヤンの手を取っていた。
その手は血まみれだった。
ゴーレムは、もともと騎乗を意図して作られた形ではなかった。
ヤンは、その不安定な場所で、ゴーレムの動きを妨げないように、落ちないようにゴーレムにしがみついていたのだった。
マメができ、擦り切れた手のひらと足は痛々しいものだった。
「治療するわ。」
ウェンディは宣言した。
「だめだよ。ウェンディ。母さんが言っていたろ。非常のときまで使わないようにって。今はまだ非常じゃない。こんなの、つばつけておけば大丈夫だ。」
ヤンはあわてて止めて、精一杯のやせ我慢をしていた。
「わたし・・・そうまでして自由になりたいとは思わない。一生この村で過ごしたっていい。それに、おじ様が言ってたわ。原因を取り除くことで、この村の戒めはなくなるかもしれないって。だから、お兄ちゃん。治療させて。」
涙目のウェンディを、ヤンは両肩をつかんで宣言した。
「いいか、ウェンディ。絶対なんてものはない。最悪、戻らない可能性だってある。マルス様は言っていたよ。最後の最後は自分の力だけが頼りなんだって。」
ヤンの目は真剣だった。
「でも、おじ様は言ってたわ。信じて待っていてほしい。必ずこの村の戒めを解決するって。」
ウェンディはお守りを握りしめていた。
いつまでも見つめあう二人を、無情の声が引き裂いた。
「来たぞー。ゴーレムを頼む。」
見張り台からの声はすでに、ゴーレムを動かすことが前提となっていた。
「じゃあ、行ってくる。」
ゴーレムの背中に飛び乗り、その首をしっかりと捕まえたヤンは、言われたとおりの言葉を発し、ゴーレムに前進を命じていた。
2体のゴーレムはその命令を忠実にまもり、不死者の群れに突っ込んでいった。
「なんだあれ?」
それに気が付いたのは、おそらくヤンが最初だったのだろう。見張り台から警告の声は出ていないようだった。
黄色い光を発している見たことのない不死者が、ゆっくりと遠くを歩いて行った。
それは、ヤンのゴーレムに見向きもせず、村の方に歩いていく。
「なんだかやばい気がする。」
ヤンは自らの感覚を信じ、大声で危険を告げていた。
まだまだヤンの周りには、大勢の不死者であふれていた。
「なにかくるぞ!屍食鬼のようなもの1体だ。大丈夫。動きは遅い。」
見張り台の男はヤンの叫びを聞いて、該当する方向だけに一応の警告を発していた。
一応警戒していた村人は、その黄色く光る不死者に対して、訓練通りの攻撃を仕掛けていた。
左右から同時に襲い掛かる。
2対1の確実な戦いかた。
これがこの村に伝えられた、動きの遅い不死者に対する戦い方だった。
外見上は黄色く光っているだけで、動きや様子は屍食鬼だった。
必殺の確信をもって放った攻撃だったが、黄色い光の屍食鬼は全く手ごたえがなかった。
ゆっくりと、攻撃したものを見つめ、素早くその手を伸ばしていた。
「エドモンド!」
村人の警告の叫びだった。
しかし、その叫びは悲鳴に置き換わっていた。
エドモンドと呼ばれた村人は黄色い光の屍食鬼に串刺しにされていた。
ゆっくりと手を引き抜き、エドモンドを解放する。
しばらく痙攣を繰り返していたエドモンドはやがて動かぬ体となっていた。
「エドモンド・・・・・。」
剣を構え、仲間の無念を晴らすべく、黄色い光の屍食鬼に向き合った村人はそこで恐るべき光景を目撃していた。
エドモンドの体から、黄色い光の屍食鬼と同じ光が現れていた。
そして、エドモンドはゆっくりとその体をおこしていた。
もはや、生気もなく、焦点も定まらないエドモンドは黄色い光を発しながら、先ほどまで共に戦った村人に、突然襲い掛かっていた。
村人は懸命に防戦するも、恐怖と知人に対する攻撃の罪悪感で、体の反応が遅れていた。
しかし、エドモンドは何の躊躇もなく、村人を串刺しにしていた。
そして、新たな仲間を加えたエドモンドたちは、街の中央にゆっくりと歩いて行った。
村は恐怖に包まれていた。
先ほどまでの友人が、突如襲い掛かってくる。
その知らせが巡回中のカレンのもとに届けられたのは、かなりたってからのことだった。
「塚人ね。そんなのまで出てくるなんて・・・」
そう言ってカレンは自分が相手することを宣言していた。
「塚人には通常の武器は効きません。魔法の武器か、信仰系魔法でないと刃が立ちません。遭遇したら、まず逃げてください。塚人に殺されたら、塚人になってしまいます。まず、礼拝堂に避難してください。」
移動しながら、警告を発していた。
そして、その位置と数を確認していた。
「そんなに増えたの?」
カレンは驚きの目で、報告した村人を見ていた。
「俺も出よう。俺の剣は魔法の剣だ。」
カレンの横に戦士が並んだ。
「あなた・・・。じゃあ、手分けしましょう。」
そう言ってカレンは片方を夫に任せて、自分は数が多く目撃された方に歩いて行った。
「よし、大体片付いたな。まだ持ってくれよ。」
ヤンは自分自身の手を見ながら、言い聞かせるようにつぶやいていた。
「まただ、あの黄色いの。今度は群れている・・・。なんだかとっても嫌な予感がする・・・。」
ヤンはそのまま、その集団の向かう先にゴーレムを歩かせていた。
村の中心部に至る道では混乱が起きていた。
「あなた、あなた、目を覚まして!」
「だめだ、メアリー。ああなってはもう駄目なんだ。」
泣き崩れる婦人と、何とかこの場から引き離そうとする男が、ともに襲われていた。
「おとうさん!あとうさん!」
必死に呼びかける子供が、その父親におそわれていた。
中央部にある礼拝堂付近まで、塚人の群れはその数を増やしながらやってきていた。
「解邪」
カレンの凛とした声が響き渡っていた。
その一言で、数体の塚人が塵となっていた。
「なんだかきりがないわね。解邪」
カレンは立て続けに、呪文を繰り出していた。
その額に汗がにじんでいた。
もう限界に近いのだろう。
荒い息を整えるように、カレンは最後の1体に呪文を唱えていた。
「解邪」
これで、終わったと言わんばかりに、カレンはその場で座り込んでいた。
「お母さん。大丈夫?」
ウェンディは心配そうにカレンの汗を拭いていた。
「うん、ありがとね。でも、もう魔法は無理かもね。お母さんへとへと。」
無理して笑っているのがありありとわかる笑顔だった。
ウェンディに支えられるようにして立ち上がったカレンは、その先に見たくないものを見ていた。
「あなた・・・・・それに、なんていう塚人の数・・・。」
新手の塚人の大集団だった。
その中には、かつての夫の姿もあった。
「いやー!おとうさん!!」
駆け寄ろうとするウェンディを抱えて、カレンはたぶん最後の魔法を放っていた。
「ごめんなさい。あなた・・・・・。解邪!!」
涙を流しながら、その呪文を唱えていた。
あっさりと崩れて灰となった夫の姿に、カレンは気力のすべてを奪われて、その場で崩れ落ちていた。
「お母さん!お父さん!いやー!!」
ウェンディの悲痛な叫びは、それを聞き届けるものを探すかのように、周囲に響き渡っていた。
しかし、無情にも新手の塚人の大集団は、ウェンディに迫りつつあった。
その時だった。
塚人の集団の側面から、家をぶち破ったゴーレムが現れていた。
「大丈夫か?ウェンディ!」
ヤンの叫びと共に、塚人の集団が薙ぎ払われていた。
ゴーレムから飛び降りたヤンは、ウェンディのもとに急ぐとともに、ゴーレムは暴れるままにさせていた。
ヤンはウェンディの肩をつかんでゆすり、意識をしっかりさせていた。
「ウェンディ、どうした、なにがあった?」
母親が倒れているが、死んでいるわけではない様子に安堵したヤンは、もう一度ウェンディに尋ねていた。
「お父さんが、お母さんが・・・」
泣いているウェンディの指さす先に、父親の剣を見つけたヤンは、優しくウェンディを抱きしめていた。
「大丈夫だ、ウェンディ。大丈夫だ。」
繰り返しウェンディに告げるヤンは、怒りの瞳を塚人に群れに向けていた。
「お兄ちゃん。もう大丈夫。私、もう泣かない。お母さんを守る。」
ひとしきり泣いたウェンディは、覚悟の瞳をもって、ヤンにそう告げていた。
「わかった。そこでお母さんを守ってくれ。」
ヤンはウェンディを解放すると、塚人の群れをにらんでいた。
「ゴーレムの拳は効いてないのか。魔法の武器しか効かない相手なんだな・・・。」
父親の剣が目に入ったが、ヤンは腰の後ろにつけていた、自分に扱いやすい長さの剣をにぎっていた。
「マルス様。この剣、使わせてもらいます。」
そう言って、腰から剣を引き抜いた。
青白い炎を刀身に浮かべたその剣は、新しい敵を目の前にして、喜びに振るえるかのようにその炎をたぎらせた。
「ゴーレム。盾となれ。」
ヤンの短い命令と共に、ゴーレムはその位置を変えていた。
2体のゴーレムがさながら守護像のように立ちふさがり、その間を抜けてくる塚人をヤンが切り裂いていた。
ヤンの一振りで、塚人は瞬時に灰となってく。
マルスの教えに従い、決して包囲されないように、ゴーレムをつかった作戦だった。
「必ず守って見せる。」
ヤンの決意の咆哮に、ゴーレムもまた反応するかのようにたくましい腕を振り上げていた。
頑張れ、ヤン。