研究室の主(中編)
怪しげな主と遭遇します。
警戒しつつも、少し高台になっている屋敷の門の前で待つ人物に、わしたちは近づいていた。
男と思ったそれは、実は女のようだった。
「そんなに警戒しなくてもいいわぁ。あたしもあなたたちの戦いみてて思ったわぁ。ようやく、ようやく、王子様が現れたわぁ。」
目の前にいるのは文献で見る不滅の隠者に他ならなかった。しかし、女性というのは見たことも聞いたこともなかった。
そして、なぜかわしだけを見ていた。
ん?
ちょっとまて・・・・
「おい、マルス。なぜ後退するんじゃ?」
わしはマルスの行動を見逃さなかった。
「いや、俺には用がないのかなと思って・・・・。」
明らかに避けている。
そういう態度だった。
「ねえ、こっちでお話ししましょう。あたしの王子様ぁ」
不滅の隠者はやっぱりわしに話しかけていた。
「む、お主何を考えておるんじゃ?」
わしは杖を構えて殺気を込めて言い放った。
「ええ?もしかして、あたしを攻撃するの?無駄よぉ?それよりも久しぶりにお話しなーい?あの貧相な真祖は一方的に話すだけでつまんないんだものぉ・・・・。」
重大な発言だ。
「お主、イリバー・・・その真祖と何を話した?」
つい、言ってしまって後悔した。
不滅の隠者は舌舐めずりしながら、その半透明な体をくねらせ、手のひらを上に向けたまま、小指から順番に折り曲げて、手招きしていた。
瞬間わしの背中が悪寒に見舞われた。
なんだこれ、恐怖なのか・・・・。
「なんだかすごい展開になってきたな、デルバー。選択だぞ。情報を取るか・・・身の危険を回避するか・・・・。どうする?」
マルスは笑いを押し殺しながら、そう尋ねていた。
「ほらぁ・・・お話ししましょう。ねえ。はやくぅ」
不滅の隠者は、淫靡なしぐさを繰り返していた。
だから、その半透明な体では・・・。
「本人は一生懸命なんだ、付き合ってやれ。」
またしても適当に言ってくれるマルスだった。
「ええい、仕方がない。」
わしは情報を得ることにした。
「魔術師デルバー、特殊な性癖に目覚める。よし、書いておいたぞ。」
マルスは短剣を使って、地面に書いていた。
「おぬしな・・・。」
わしは水で消し去っておいた。不敵に笑うマルスを連れて、不滅の隠者の招きに応じていた。
庭には、みごとな・・・・不死者の首が植えられていた。時折うめき声をあげながら、わしらの方を見ていた。いや、見続けていた。
「あれ、地面にうまってるの?」
マルスが不滅の隠者に尋ねていた。
「ええ、そうよ・・・坊や。」
不滅の隠者は絶対にマルスの近くにはいかなかった。おそらく感覚で分かっているのだろう。
マルスは自分を滅ぼすことができるのだと。
不滅の隠者
その体は半透明のことから、すでにこの世界のものを必要としない、真祖とは別の存在。不滅性は変わりないが、真祖が人の生き血を欲するような感覚は無いようだ。
このようなところで存在し続けられるのがその証だった。
その不滅の隠者が潜在的にマルスを恐れた結果が、対話という手段を選んだということか。それも、同じ魔術師であるこのわしに。
相当狡猾な奴と見た。
わしは一層警戒心を持って、用意された椅子に腰かけていた。右手では杖を握り、左手はマルスの障壁をいつでも出せるようにしておく。同時展開はまだ3つまでしかできないが、それでも自分とマルスに障壁を展開し、攻撃を同時にしてマルスに戦いをするチャンスを作ることはできる。
無防備に座るマルスを見て、わしはあきれながらもそう準備していた。
「でも、あの龍たちを倒してくれてありがとう。やっとここから出られるわぁ。ここの主を倒したまではいいんだけどぉ、あの龍たちがあたしを解放してくれないのよぉ。あ。まだ名乗ってなかったわねぇ。あたしはミ・ク・ル。年齢は・・・あっ。内緒よぉ。」
いや、聞いてないから。それよりも重要な話が出た。
「ミクルさん。ここの主を倒したとは?」
わしは、丁寧に尋ねたつもりだった。
しかしなぜかそっぽを向かれてしまった。
「ミクルよぉ。」
笑いを押し殺したマルスに、肘で小突かれた。
「ではミクル。改めて聞くが、ここの主を倒したとは?」
もう、やけだった。
「その通りの意味よぉ。ここはもともとはあたしの土地。それを勝手に研究室にしたあの偽物を次元の彼方に吹き飛ばしてやったのよぉ。趣味の悪い標本とか作ってたみたいだけど、あたしはこの屋敷に封印されてしまってねぇ。あの真祖があたしを解放してくれたから、ご褒美にここの主を吹き飛ばして、好きなものをあげたわぁ。欲のない真祖だったわぁ。人の話を聞かない貧相な奴だったけどねぇ。たしか、何とかの壺とかいうガラクタよぉ。」
重要な情報だった。
「その壺、死霊の壺というものか?死霊を呼び出すと言うが、ガラクタなのか?」
古代王国期の魔術師にとってはガラクタなのかもしれない。そう思いつつ、確認していた。
「そうそう、そんな名前だったと思うわぁ。だって、呼ぶのが低級だけだしぃ。それにある一定数同じものを呼び続けるのよぉ。しかもたちの悪いのわぁ、周りの怨念を吸い尽くしたらわれちゃうのよねぇ。もう、壊れるのは嫌なのぉ。」
驚異の事実に、わしの口はだらしなくあいていたのだろう。不滅の隠者は笑顔でわしに告げていた。
「警戒心のない顔もいいわねぇ」
屈託のない笑顔じゃった。
しまった。
全く愚か者じゃった。
慌てて警戒心を呼び起こしていた。
その時、隣マルスが笑い転げていた。
「おい、マルス。」
思わずわしはマルスを叱咤していた。
「あらあら、また警戒されちゃったわねぇ。もう、この、わ・か・ら・ず・や。」
指を振りながら、不滅の隠者に片目をつぶられた。
何の意味がある?
何かの魔法か?
わしは急いで自分の姿を確認していた。
「おい。デルバー。お前、世間知らずもいいとこだな。女性に対してそれは失礼だぞ。」
笑いながら、マルスはわしに注意していた。
何という事だ。わしの知らない分野だったとは・・・・。
落ち込むわしの肩に、マルスは笑いを押し殺して、手を置いていた。
失意のデルバー先生でした。