死霊魔術師の研究室
いよいよ内部に潜入です。
そこはイリバーの言うとおりの場所だった。
死霊魔術師の研究室。
その場所にふさわしい場所だった。
「おい、この標本はドラゴンか。これは巨人。これは・・・・?」
マルスが興味深そうにのぞいていた。
そこには魔獣、幻獣、神獣のみならず、巨人、妖魔、人間、妖精の標本があった。
そしてマルスがみていたもの、悪魔族と天使族の標本まであった。
「それは、悪魔族と天使族じゃ。このような標本までそろえるとは、狂気の沙汰じゃな。いったい何を研究しておったのか・・・・。」
死霊魔術師の考えはいつもわからん。
生命の神秘、その秘奥を垣間見るのだといつも聞かされる。
その心理の一つとされる自らの不死化、真祖への転生。その更に奥があるという。
「まったくわからん。」
わしのつぶやきは、マルスの耳に届いていた。
「おい、デルバー。いい言葉をおしえてやろう。」
相変わらず、簡単に不死者を破壊しつつ、マルスは背中で語りかけていた。
「下手の考え休むに似たり・・・だ。」
「まあ、お前はお前の見たことを理解するようにすればいい。あれこれ考えるより、見ることを増やせ。そうすればおのずと見えてくることもあるだろう。」
またマルスはどこかの表現をもちだしていた。
それがなんなのかはよくわからんが、言葉の持つ意味は理解できた。
「そうじゃな、それを知ったところで、これからの行動が変わるわけではないか。何せ古代王国期のものだ。直接聞くわけにも・・・・・。」
わしはそう言って、何が待ち構えているのかに思い至った。
「マルス。おぬし、この世界以外のものを切ることができるのか?」
できる気がしていた。
兄弟子は、マルスの剣をよけていた。
「簡単なことだ。俺の本気の剣は次元を超えて切ることが可能だ。」
とんでもないことを簡単に言ってくれる。
それがどれだけの事か分かって言っておるのか?
「さすがは剣聖というわけか。」
わしはそう言わざるを得なかった。
「なんだ、お前までそういうのか?俺は俺だから切れるんだ。剣聖だからじゃない。あの爺さんは無理なんだぜ。人の努力をそのカテゴリーでひとくくりにすると、その人の努力が報われないぜ。気を付けて物を言うんだな。」
マルスは憤慨していた。
わしは、驚きに目を見開いておった。
13歳の小僧だと思っていたが、いや、そう思わないこともあったが、少なくともわしよりもずっと年下の子ども扱いしておった。
しかし、この男の言葉は、それをはるかに超越していた。
その発想は子供では絶対にできないはずだ。
何がそうさせた?
出会いか?
別れか?
それは経験からくる言葉なのか?
「お主、中身はすでに大人じゃの。」
わしはそうとしか言えんかった。
わしの声に、不死者の破壊を一時中断してまで、わしの方をみたマルスは笑顔で短く告げていた。
「お前には、本当に驚かされるよ、デルバー。お前の目は真理を見る目のようだ。」
そして何事もなかったかのように不死者の破壊という作業を繰り返していた。
鼻歌交じりに作業するその背中は、本当にうれしそうだった。
「よし、開けるぞ。そろそろ最下層まで来たんじゃないか?」
マルスは今から玄関を開けて遊びに行くような感じでそう告げていた。
「まあ、そうじゃろうな。そろそろ終わりにしてもらわんと、わしが不死者に同情しそうになるわい。」
この玄室まで至る廊下、部屋、階段、そしてまた廊下、部屋、階段。いくつも繰り返してきたが、そのすべてに破壊された不死者が転がっていた。
そのすべてを、マルス一人で片づけていた。
「同情するなら、お前も参加しろよ。」
マルスは無理な注文を言ってきた。
「おぬしが前におるんじゃ、わしに出番はなかろう?」
ため息をついて、そう答えた。
「まっ、それもそうか。じゃあさ、今回はお前に譲るよ。」
そういって扉を開けたその先には、腐った体をだるそうに持ち上げた屍龍がいた。
「ほら、どうぞ。」
マルスは気軽に道を譲っていた。
「まったく。」
わしはこんな時に子供の面を見せてくるこの男に、ため息しか就けなかった。
ゆっくりと迫るその姿を前にして、わしは詠唱を始めた。
「英雄の御霊、勇者の御霊、天上の宮に集いしあまたの御霊。我、汝の魂を召還す。我は王の代行者なり、集い来たりてわが敵を討て。」
「天槍乱舞」
無数の魂の輝きが光の槍となって屍龍の体を貫いていた。
数千、数万の光の槍は屍龍の体を包み、焼き払い、破壊しつくしていた。
「ふむ、まだ開発中の魔法じゃが、威力調整と範囲縮小が課題かの。」
思わず研究室にいる時のように自分の魔法に感想をつけていた。
そんなわしを見るマルスをみて、気分が一気に急降下した。
うかつじゃった。
わしの前にはマルスがおった・・・・。
「おまえ、自分の魔法が好きなんだな・・・・。」
あきれ顔のマルスだった。
「まあ、ほれ、中の掃除もおわったじゃろ?」
マルスを抜き去り、かろうじてそういう事にしておいた。
もはや圧倒的なつよさのマルスでした。
そして、我らのデルバー先生は、やっぱり魔法大好きなおじさんでした。




