兄弟子
そこにいたのは、デルバーの目的となる人物でした。
その声、その姿、その言い回し。
兄弟子だ。そうに違いない。
「おや?デルバー。感動で言葉が出ないのかえ?残念だよ。感動の再会なのに。昔っからそなたは周りの雰囲気を見るのが下手だったねぇ。」
煙が晴れる。
現れたその姿を確認し、わしは力の限り叫んでいた。
「イリバー。いったいどこで何しておった!」
わしの叫びをあろうことか、耳に栓をして受け流していた。
「デルバー。そなた、阿呆かえ?兄弟子とはいえ、そなたとは縁を切ったはずぞ?なぜそなたの許可がいるような物言いをされねばならんのじゃ」
肩をすくめるイリバーの姿に、余計に腹が立っていた。
「許可はいらん。じゃが、おぬしはまずやらねばならないことがあるじゃろう。お師匠を殺しておいて、その償いをせぬとはなんたることだ!」
わしの声にマルスが一瞬反応した。
「おやおやデルバー。そなた、まだそんなことを言っておるのかえ?師匠は我の血肉になることを望んだのだぞ?かのものの知識、技量、その他はとても役に立っておる。さすがは我らのお師匠様だ。年をとっても、エルフ。その血の味は生娘のようであったぞ。」
舌なめずりを隠そうとしない兄弟子は、真っ赤な目でわしを見つめていた。
「おのれ!痴れ者が!」
わしはあらん限りの憎しみを込めていた。
「分解」
わしのオリジナル魔法。これはさすがに抵抗できまい。
一瞬にして灰になった兄弟子を、哀れだとは思わなかった。
「油断するなデルバー。まだいる。」
マルスの警告がその深刻さを物語っていた。
「おお、いきなりご挨拶だ。しつけのなってない弟弟子をそなたはどう思う?剣聖。」
一瞬にして復元したイリバーは、マルスに向かって問うていた。しかし、本当に話しかけているわけではないのだろう。
軽薄に笑うその姿は、見るに堪えないものだった。
「こそこそ隠れてみているだけの誰かさんといい勝負じゃないか?大人じゃないな。」
マルスよ。そこはわしをかばうもんじゃ・・・・。
わしの心は残念な気持ちでいっぱいだった。
「しかし、真祖ってのは本当に不死なんだな?」
マルスは感心したようにつぶやいていた。
「そうか。まあ、そういうことにしておくかえ。そなたらの相手をするのも飽きた。デルバーも気がすんだだろうし、ここらで退散するとするかえ。我はこれでもいそがしいのでな。」
そう言って消えようとした兄弟子は、何かを思い出したように、わしに話しかけていた。
「そうだ、いつぞやの借りがあったでな。ここで返しておこうかえ。デルバー。」
そう言ってイリバーは地下を指さしていた。
「ここは古代魔法王国期の死霊術師の研究室でな。中には死霊の壺というのがある。その壺から大量の不死者が湧きだしておるのじゃ。はよう止めんと大変なことになるぞ?残念ながら我の望んだものはできなんだ。代わりのものを置いておく。せいぜい頑張ることじゃ。お主にはちと難しいかもしれんがのぉ。おお、そう言えば、何やら封印されておったのを解放しておいた。カレンがどうのと未練がましかったので、少しばかり強くしておいた。楽しんでくるがよかろう。」
そうやって何でも見下した態度を取る。
「イリバー。貴様の思い通りになると思うな。貴様が元凶か!」
わしの問いは、叫びとなっていた。
「おいおい、デルバー。そなた阿呆になったかえ?魔法陣を見たじゃろ。我は、怨念を集めたにすぎん。まあ、死霊の壺はつこうたが、それもあの存在を見るためだ。我を高みに誘うもの。その姿をまた感じることができれば、我はまた一段と至高の存在に近づくのだ。」
両手を上げて、自らをたたえていた。
「まて、イリバーおぬしの目的は何じゃ。」
それだけは確認しておきたかった。
真祖となり、師匠を殺し、その血を吸い、物言わぬ躯と化して、わしを襲うように仕向けたのは、いったいなぜか。
「ふはははは。デルバー。そんなこと決まっておるぞ。我が望みは至高の存在となること。生きる者に死を与えるものではなく、生きていないものにも死を与えるもの。真の死の王。魔術の奥義にして生命の神秘を超えた先にある、その頂に至るのがわが望み。邪魔立てする者には慈悲を持って死を与えよう。デルバー。次あった時は、かわいいそなたも例外ではないぞえ」
イリバーの笑い声は、奴が消えた後もわしの耳にいつまでも響いていた。
「おい、いつまで呆けている。デルバー。あれにどんな思いがあるかしらんが、少なくとも、ここに来る前と後では状況が違うはずだ。それくらいは年をとっても覚えているだろ?」
マルスの言葉は辛辣だが、今それどころではないことは確かなことだった。
イリバーの残した言葉で気になることが3つあった。
一つは死霊の壺というもの。
一つは何か置き土産があるというもの
そして最後に封印を解放したということ。その解放されたものはカレンという名を告げたことだった。
「例の死霊が解放されたようじゃな。それに、そこには何かが待ち構えており、ついでに言うと、この大量の不死者の騒動は、その死霊の壺が原因ということか。」
マルスにそう告げる。
しかし、魔法陣改竄の件は言う必要もなかった。
「それは、あの頭のいかれたお前の兄弟子のせいなんだろ?この地に怨念を引き寄せる何かをしたということか。何もせずに、壺だけでこれだけのものを作るのは難しいだろう。」
マルスの直観はまさしく核心をとらえて離さなかった。
「本当におぬしは物事の本質をよく理解するの・・・。」
感嘆のつぶやきだった。
しかし、それをマルスは否定した。
「物事は、見ているものがいるからそう変化するともいえるんだ。お前がそう望むから、そうなる。お前が兄弟子を追いかけるから、兄弟子の方はお前に何かしようと待ち構えるのだと言える。見るというのは本質的に変える意思を持っているんだ。さっきのは最後の警告だろう。これ以上は相手をしないぞというな。俺は本質を理解しているんじゃない。おまえたちのやり取りを見てそう感じただけだ。」
マルスはそこでため息をついていた。
「俺はただ、この世界を傍観しているに過ぎない。」
どこか悲しげな姿だった。
「とにかく行くぞ。俺は傍観者だが、自分の目の前で起こることに無関心ではいられない。この剣はそのためにある。俺の剣はロマンのために振るうのさ。」
何かを振り払うように、剣を一閃して見せた。
そしてそのまま礼拝堂にある隠された入口に向かっていた。
「この底抜けのお人よしが・・・・。」
わしはその背中になぜか哀愁を感じていた。
デルバーの中で何かが変わろうとしています。




