第四話:力
辺りの木々が揺れ、鳥達が騒ぎだした。
「逃げんな!」
ラルラの拳が時雨の頬をかすった。
「このっ!」
続けてボディーへのアッパーが繰り出されるも、時雨はバックステップで避けた。
「…なぁ、もういいだろ?」
ため息混じりに時雨はラルラに聞いた。
「言い訳が、ないだろっ!!」
ラルラの怒り狂った叫びと共に幾つもの拳と蹴りが飛び交った。
「お前のその腐った根性、叩き治してやらぁ!!」
「…頼んだ覚えがない」
全ての打撃をかわしながら時雨はボソリと呟いた。
戦いが起こる数分前。
「さてと、邪魔者もいなくなったし…やろうぜ」
ラルラは指の関節を鳴らしながら時雨の方を向いた。
「……ふぁ」
しかし、当の本人は全くやる気がないのか、欠伸をし始めた。
「おいっ!」
時雨の余りのやる気のなさに、ラルラは叫んだ。
「…?」
「なんだ、そのやる気が一切感じられない欠伸はっ!!男ならもっとしゃきっとしろ!!」
「……で?」
時雨のその一言にラルラがキレた…。
「お前なぁ…その、やる気のねぇ根性を叩き治してやる!!」
ラルラが時雨に殴りかかった。
そして、その戦いが始まって数十分が経っていた。 さすがに、周りにいた兵達も驚きを隠せなかった。 今、あの少年が相手をしているのは、自分達の隊の隊長のはず…。
なのに、何故あの少年に一度も当たらないのか…何故あの少年はあんなにもかわし続けられるのか、と。
そしてそれは、クラルトも同じだったのだろう、たまらず葵達に問いただした。
「あの少年は一体なんなんだ?」
「何っていわれても…」
「僕らが知りたいくらいですよ」
葵達の表情も又、驚きに満ちていた。
「だが、キミらと彼は知り合いだろ?だったら知らない訳がないだろう?」
「し、知り合いと言われましても…」
「あたし達が時雨と知り合ったのは、つい最近だし…ねぇ」
同意を求めるかのように、葵は鷹紀の方を向いた。
「えぇ、そうです。それに、僕達だって驚いているんですよ。いろいろ事にね…」
一方、その頃…時雨達二人はと言うと…。
「なぁ、なんであんた俺に戦えなんて言ったんだよ」 今だに戦いが続いていた。
「はぁ!?お前の根性を叩き治す為!だろ!う、が!」
「それ、は、今、の理由だろ?最初の理由だ、よ」
殴るラルラ、避ける時雨。
それは、次第にラルラのイラつきを高めていった。
「最初の理由だぁ?んなもん、忘れたわっ!!」
ラルラの渾身の一撃が放たれた。
「…無責任だろ」
しかし、時雨はそれを軽く避けるとラルラとの距離をとった。
「…だいたい、あんたと戦って何のメリットがある…」
そう言いながら時雨がラルラの方を見た瞬間だった。
時雨のすぐ目の前にラルラが右腕を振りかぶっていた。
「いけない!!避けるんだ!!」
その時、クラルトが時雨に叫んだ。
「…っ!!」
時雨自身も危険だと感じ取ったのか、今までより遥かに速い反応速度でそれを避けた。
そして、ラルラの右手の平が時雨の後ろの木に当たった。
瞬間、その木は吹き飛んだ。
森の奥の奥へと、周りの木々を薙ぎ倒しながら。
「隊長!!」
瞬間、クラルトが叫びながら焦った様子でラルラの元へと駆け寄った。
「一体、何を考えているんですか!ただの少年に向かってプシュケを使うだなんて!!」
「いや〜、つい」
詫びれた様子も無いラルラにクラルトは怒りをあらわにした。
「つい、じゃありません!一歩間違えば、あの少年を大怪我させていたのかもしれないんですよ!!分かってるんですか!!」
「わ、分かったって。…悪かったよ」
クラルトの怒鳴り声に焦った様子でラルラは謝った。
「だいたい貴女はいつも…」
だが、それでも許す様子の無いクラルトはラルラを説教し始めた。
「ねぇ、あのクラルトって人が言ってたプシュケって…あれ?」
端からそのやり取りを見ていた葵は、先程ラルラが吹き飛ばした木の方を指した。
「多分…そうだと思うけど…。プシュケって…いったい…」
考え込む鷹紀に華音がこっそりと話しかけた。
「あ、あの…皆があの二人に気を取られている隙に…に、逃げませんか?」
華音のその提案に葵は大きく頷いた。
「そうだよ、今がチャンスだよ!行こっ!」
「は、はい」
こっそりと逃げ出そうとする二人だったが、その腕を鷹紀が掴んだ。
「玖潟先輩?」
不思議そうな眼で葵は鷹紀を見た。
「今、ここから離れるのは止そう」
「な、何でですか?」
鷹紀の言葉に華音は問いただした。
「今、僕らは何も分かっていない。ここがどこなのか、日本なのか日本以外のどこかなのか。その為にも、情報が必要なんだ」
「その為に、あんな得体の知れない連中について行くっての!」
「…他に方法があるか?」
「時雨!?何で、あんたがここに?」
時雨のいきなりの登場に葵達は驚いた。
「…あれだけ口論していれば、見つからずに来れる。それに、兵達もあの二人を抑えるのに必死で、こっちに気付いていなかったからな」
時雨は淡々とした口調で喋った。
「でも、だからって…あんな連中に…」
「葵君、今、僕らが欲しいのは情報だ。情報が無ければ何も分からないし、行動も出来ない。なら、少し危険な賭けかも知れないが、彼らについて行くしかないんだ」
鷹紀の説得に葵は渋々頷いた。
「華音君もいいかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「悪いね、せっかく提案してくれたのに」
「い、いえ、いいんです」 少し悲しそうな表情をしなから華音は答えた。
「さて、じゃあ…まずは、あの二人を止めて…」
そう言い、鷹紀は先程二人がいた方を向くと、目の前にラルラとクラルトの二人がいた。
「うわっ!」
驚く鷹紀。
「何だよ、化け物を見たような反応しやがって」
「まぁまぁ、隊長。君達の会話は少しだが聞かせてもらったよ。ついて来てくれるなら話は早い、君達を案内するよ。我らが王の住む城、ファヌエル城へ」




